第八十六話 裏話
昨晩に発見された、青瘴気を纏う新種の魔獣についてのニュースです。海凪 守隊長率いる警備部隊特殊班の捜索によると、ターゲットは神樹ノ森にてゲートを通過し逃走した模様で、捕獲には失敗したようです。今までの中でも最大の瘴気周波数を示していたようですが、幸い怪我人は出ておりません。
そして、今回の事件を機に、あの天才発明家と謳われる星ノ木学園の教員、黒野 ラム氏の研究が大きく進展し、あの伝説の霊薬、エメポーションが再誕されたと騎士団から発表がありました。悪魔の亡霊、シャドウによる被害がここ数年で広まる中、エメポーションは、シャドウ本体を成仏させるという凄まじい効果が実証されています。また、憑依の段階までは、表、裏の状態に関わらず、対象に含ませることで肉体を傷つけることなく、シャドウを分離させ成仏させるという驚異的な効果も発表されています。さらに、青瘴気による魔障の治癒効果もあるとのことで、騎士団及び魔法研究機関は現在、エメポーションを予防接種化し、新たなシャドウ対策に向けて動きを示しているようです。
「一晩で何が起こったんだって話だよ………」
大型の街頭ビジョンを見上げ、若い騎士の男たちはパトロールの勤務も忘れるほど唖然と立ち尽くしていた。
「騎士団の裏事情ってやつか? どれだけ上が問い詰めても、司令官黙りこくってるらしいぜ」
「噂ではあの伏見隊長も関わってるらしいし…………怪我人の傷跡なんて容易く消しちまえるんだろ」
「怖ぇ、あの人なら仮死状態ですら蘇生しちまうんだろ? 普通に死人とか出たんじゃねーの?」
男たちは言いながらゾクっと身震いした。
「に、しても………あの蝮の王子、またとんでもねーモン生んじまったな」
「ああ………エメポーションって………もはや神話レベルだろ」
「発明したカールハインツの息子、蝮の処刑人ベルゼビュートですら調合できなかった高嶺の花だぜ」
「いくら天性の両統だからってヤバい血流れすぎだろ。もはや神に勝てんじゃねーの?」
「ハハハハッ!! 笑えねえ」
「笑ってんだろ」
男たちは苦い笑みを張り付ける。
「でもいいよなぁ天才は。これを機にまた、あの魔王の子ども、億万長者じゃねーか」
「あっ! それがよぉ、突撃部隊のヤツから聞いた話、あいつらかなり借金こしらえてたみたいでさ」
「あー、また色々やからしたんだろ」
「いや、今回は、ヤバくて、三千万」
「はぁ!?」
「たぶん、取り分からもかなり引かれただろーなぁ」
「ぎゃははははっ! カッコつかねぇ!!」
「ま、それでも儲かったんじゃねーの?」
男たちはどっと沸いた。
「あの一家の金の管理役も大変だろーなぁ」
「ファミリーズ、だっけ? 正義のヒーロー集団、でもお代はきっちりい頂きます! ってやつ。ふはっ!」
「何かよぉ、中学生の末っ子らしいぜ? そこのリーダー」
「まじ? ガキじゃん!!」
「まじまじ、見たことねーけど、きっといけすかねー生意気なガキだろーよぉ………」
「言えてる!」
「それな!」
「ハハハハ………っテェッ!!」
歪に笑う男の足元に、何かがぶつかった。
ピコンと触覚のようなアホ毛が揺れる。
ピンク色の髪が際立つ、小さな子供だった。
「コラァ!! 気をつけろよガキ!!」
男が怒声を張り上げる。
びくりと子供の肩が跳ねて、おずおずと顔を上げると、ちろりと赤い舌を覗かせて、黒目がち瞳がウルウルと上目遣いで男たちを見た。
うっ、と喉を鳴らす音が揃って出る。
「ふぇ………ごめんなちゃいぃ………あいちゃんね、とってもいちょいでたのぉ………」
猫のような甘い声に、ふるふると雨に濡れた捨て犬のように震える体。
「ごめんなちゃ………ゆるちてぇ………」
舌足らずな言葉で懇願し、縋るような眼差しで見上げる。
うぐぅっ! と男たちは火照ったように顔を赤くした。
「ま、まぁ………次から気をつけりゃ…………ふがっ!」
男の顔面に、茶色くドロドロしたものがぶちまけた。
「あ、ぁ?」
犬の糞だった。それも、かなり大きい方の。
「がぁっ!!」
「ぎゃっ!!」
隣の二人の男たちの顔面にも、クリティカルヒットする。
「に〜しゃしゃしゃしゃしゃっ!! おめでとう! 今日からお兄さんたちはうんこディア仮面に昇進だぁ!!」
子供は甘い声から一変、けたたましく笑い、隠し持っていた糞がついたビニール袋をひらひらさせた。
「リーダー様の悪口は罪が重いぜ!! 騎士様だからって容赦はしねーよーだっ!」
駆け出しながら振り返り、ゆらゆら尻尾を手を振るように揺らしながら、べーっ、と牙の下に舌を出す。
「こっ、このクソガキィ!!」
「くっせーっ! きったねぇっ!!」
「おいコラ待てェ!!」
「パトロール中に随分とはしゃいでいるようだな」
鞭で打ち据えるような冷たく鋭い一声に、糞塗れの男たちはフリーズした。
背後から、心臓を引っ掴むほどの殺気が半端なく漂っている。
ガクガクとぎこちない動きで振り返ると、そこには彼らの上司、警備部隊隊長、海凪 守が仁王立ちして、獲物を見つけた獣のようにギラつかせた目で睥睨していた。
捕われの三匹の獲物は、ひいっ! と同時に慄いた。
「「「「すっ、すっ、すっ、すみませぇぇぇぇぇんんんんんん!!」」」




