第八十五話 終焉
アイちゃん、アイちゃん。
闇の中で、名を呼ぶ声が木霊のように響いた。
アイちゃん、アイちゃん。
彷徨い、もがいて、あがいて、声の方へと近づいた。
アイちゃん、アイちゃん。
愛おしいその声の方へ、まっすぐと駆けていった。
「アイちゃん!!」
鮮明に響いた兄の声。
くちゃくちゃに泣き笑う顔。
体を抱きしめる熱い腕と、耳を引っ付けて聞こえる胸の鼓動。
周りを囲む傷だらけの家族の顔。
瑠璃色の森。
天空を貫いてそびえる神樹。
霧が晴れて、澄み切ったおいしい空気。
遠くの、泣き声。
血塗れになりながらも、何もかも見透かしたように柔らかく微笑む凛に、そんな彼女に自分と同じように抱かれるひまり。
泣きじゃくって、しがみついて、小さな子供のような涙声で、ごめんなさい、ありがとう、そんな純朴な言葉を、何度も何度も復唱し、何度も何度も顔をすり寄せた。
凛の笑みは凍りついた花のように静かに咲いているけど、その瞳から、雨粒のような涙を落とした。
微笑みながら、涙が流れた。
止めどなく、流れ続けた。
まるで、いたずらな魔法にかけられたように。
その背後の木から底光りする曙色の朝日が、灰青色におぼめく空に激しく輝いた。
長い夜が明けた。
待ち侘びていた光を浴びた。
少女の泣き声が空高く響いた。
鬼が笑って、キスをした。
夢に描いたハッピーエンドの景色は、一晩中走った重い体には痛いくらい現実味を感じさせた。
ヒーローは帰還して、悪魔の血が乾いて、騒々しい風が止んで、戦いは終焉を迎えた。
末っ子の少年は、いつもと変わらぬいたずらっぽい笑みを兄姉に向けた。
「ただいま」
最強の兄姉は、いつもと変わらぬ不敵な笑みを末っ子に返した。
「おかえり」
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