第七十六話 立ちはだかるもの
「凛さん!!」
アイスケは兄の腕から飛び降りて、彼女の元へ駆け寄る。
常に握っていた大太刀も離し、その手も、指先も、爪も、魔障だらけで焼け焦げている。
「凛さん!! 大丈夫か!?」
肩を揺さぶっても、反応はない。
ぬるっとした感触にゾッとして、掌を見ると、真っ赤だ。
どこも、かしこも、血塗れだ。
皮膚が捲れ上がるほど、裂傷だらけだ。
まるで、まるでもう────
「凛さぁぁぁん!!」
「うるさあああああああい!!」
唐突の怒号にアイスケはびくりと跳ねて、ほぇ? と素っ頓狂な声が出る。
屍のようだった凛の顔が不意に上がり、ん、と喉を鳴らして何かを飲み込んだ。
「…………お菓子?」
「ポーションだバカ!!」
言われてみれば、傷口に集る瘴気が薄まっているような。
凛は震える指を伸ばし、大太刀を握りしめ、傷だらけの手に筋力を蘇らせた。
血と地の上を這い、震える体で立ち上がってみせたその狂気的な姿に、アイスケは唖然とする。
「ボーッとするな。まだ敵はわんさか残ってるぞ」
「大丈夫、なの?」
「お嬢様の苦しみと比べれば…………この程度屁でもない」
その震えは、果たして武者震いなのか。
いや、それでも、彼女の体は確かに血に塗れている。
傷口も、ぱっくり開いている。
ポーションも、致命傷には一時的な気休めにしかならない。
だが、彼女の瞳は燃えていた。
淀んだ空を睨んで、戦意を剥き出しにして。
だからアイスケも、顔を上げる。
鬼の力を信じ、心を鬼にし、ただ前を向く。
ずしん、ずしん、とベヒモスは雑木を蹴散らして進撃する。
「増え、てやがるっ………」
再び、四囲からの死角なし。
禁術とアルゴスの眼力が、酷悪なコンビネーションを発揮させている。
「先に、アルゴスを倒すのが名案だね」
ユウキが息を荒げながら言った。
「だが…………今のヤツは眼力が有り余っている…………目が合えば即刻仲間を敵に回すぞ」
「今の俺ならあの眼力に勝てる自信はあるけど」
「なら、お前が行け。私はここで魔獣どもを引き寄せる」
「あのねぇ………そんな死にかけの人を囮役に回せるはずがないでしょ」
「悪魔に配慮されるつもりはないっ!」
「見栄張ってる場合じゃっ───ないってばっ!!」
瘴気玉が四発落下し、ユウキがすかさずブーメランで受け止める。
敵側の方が優勢で、じりじりと波を打って押し寄せた。
くっ、と呻き声を漏らし、ユウキは歯噛みする。
口端から垂れた黒血が五連の刃に変わって、撃ち放たれた。
また、重い爆音。
煙たい瘴気が広がり、四つ子は咳き込み、凛は噎せ返った。
「ケホッ!………おい………鬼畜王子………連れてくるべきではなかったか?」
「うるさいな…………森の外に魔獣一匹出すわけにもいかないから、魔法陣付近の守りを徹底的に固めなきゃダメなんだよ」
「蝮の王子は?」
「アレが本気出したら君、瘴気に埋もれて即死だからね!?」
「加減のできない兄弟だな!」
「その加減が一番上手いのが俺なの!」
ユウキと凛は互いに皮肉を投げ、睨み合った。
「実際バニラ兄とラム兄連れてきてごらんよ。全員ショック死するよ!?」
「じゃああっちはどうなってるんだ………?」




