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第七十五話 ベヒモス

 また、瘴気が濃くなった。

 青瘴気ではなく、魔獣の大量発生による影響だ。

 同族には大して害はないが、アイスケは凛のことが気にかかる。当の本人は、相変わらず涼しい顔で走っているけれど。

 そしてまた、主役はお姫様ポジションに戻っているわけだけれど。


「……………?」


 地響きがして、五人は足を止める。


「うぁっ!」


 雑木林の奥から、脳天まで目玉をつけたアルゴスが、木々を踏み倒して顔を出した。


「目を見ちゃダメだよ!」


 兄の注意に従い、アイスケは目を伏せた。

 その冷静な言い振りからして、少なくとも今の兄にヒプノミラーは無効なのだろう。


 ガルルッ! と身の毛もよだつ獣の吠え声。

 ヘルハウンドの黒い足が見えた。視界に入り切らない、おびただしい数だ。


 フシュッ! と風を切る音のあと、獣の足が崩れ落ちる。


「!」


 一瞬体が浮くほど、地が上下に揺れ動いた。


 その血塗れの地面を砕き、踏み寄るゾウのような太い足。

 おそるおそる顔を上げると、アイスケは息を呑んだ。


 杉の木のような毛深い尾と胴体に、長くくねった鼻。細長い弓形の紅い目が、下瞼に何重ものシワを寄せて不気味に嗤っている。

 それも、四頭。残酷なまでに、死角はない。


「暴食のベヒモスか…………!」


 凛は忌々しげに歯噛みした。


 暴食──人々はそう呼ぶが、同族が食われることも言わずと知れる。

 あの空に頭突きする巨体は、巨獣のツノごと丸飲みするだろう。

 そう、こいつらは、同胞を食うことも惜しまない怪物なのだ。

 その同胞と仲睦まじく並んでいるというこの真意は───


「ヒプノミラー………」


 キュッと四頭の瞳孔が揃って開く。


 刹那、鉄板をへし折る金属音の如く咆哮が四方八方から襲い、一斉に隠していた牙を剥き出しにした。


「私とユメカはこっちの二頭仕留めるから!」


「うん!」


「ユメカ、足止めお願い!」


「おっけ〜!」


 ブシュッ! とユメカが砲弾の如く黒血を二発発射して、二頭のベヒモスの片足に命中させた。


 粘り気の強い足枷が出来上がると、その隙にココロが地を蹴り上げて、ブチュッ! と怒張した黒い血筋が荒らかに破裂し、黒血が螺旋する暗黒の拳を振り上げる。


「うるぁっ!!」


 ベヒモスの頬に拳打を浴びせ、重い衝撃音。

 風穴が空き、ぐにゃりと半身の肉が歪んで、分厚い皮が剥がれる。

 巨体が横に転倒する前に、ココロはスケボーに乗るように半回転し、その曲がった鼻をキックした。

 反動でスピードを跳ね上げ、一直線、二頭目のベヒモスの額に鉄拳をお見舞いする。


「アイちゃん、つかまっててね」


 ユウキがアイスケを抱いたまま、筋の張った指の腹を噛んだ。


 シュッ! と風を掻っ切る音。


 漆黒の巨大ブーメランが宙を飛び、瞬でベヒモスの首を二頭まとめて刎ねる。


 巨獣の死体が血飛沫と一緒に地に落ち、激しく揺るがした。


 凛は瞬きも忘れるほど目を開いて、悪魔兄弟の制裁を目の当たりにしていた。


「ぅあっ!」


 轟! と突風が吹き荒れる。


 ずしん、ずしん、と嫌な地響きに眩みそうな目を開いた。


「うげ…………」


 ベヒモスが、四頭。


 まるで時を巻き戻したかのような、新鮮な記憶のままの光景。


 だが、同胞の死体が転がっているのも事実。体が風で冷えていくように、無限の禁術が踊り続ける中、時は刻一刻と進んでいる。


「むぅ! しつこいよ〜っ! 空気読んでよ〜っ!」


「空気読む魔獣なんているわけないでしょ。ユウキ、任せたわ」


「了解」


 ココロに促され、ユウキは再び指を噛んだ。


 瞬間、肉を引き裂く。


 ベヒモス───ではなく、その巨体の前に翼を広げた鳥の肉を。


「なっ!」


 弾けた肉片を、ベヒモスは食い千切る。骨も臓物も噛み砕いて、鼻をくねらせ満悦そうに咀嚼した。


「バケモノめ!!」


 ブーメランが空に踊り狂う。

 だがハエのようにたかる鳥の大群が、まるで自爆機のように自ら突っ込んで、血の花火を咲かせた。その血肉さえ、ベヒモスは一滴残らず食らいついた。


「盾になってんのか!?」


「たぶん、アルゴスの眼力で操られてるんだろうっ………ねッ!」


 四頭のベヒモスが鼻を仰け反り大口を開け、四つの瘴気玉を放った。ケルベロスのものとは明らかに攻撃範囲が違う。ユウキが自分の腕にがぶりつき、巨大ブーメランが多重の盾となって解き放たれた。


「ぐっ!」


 が、重いようだ。

 兄の顔が今までにないほど苦渋に満ち、腕が小刻みに震えている。


 獣の吠え声が全身になびいた。


「くッ! こいつらッ! 邪魔ッ! なのよッ!」


「う〜っ!」


 さらにヘルハウンドの群れがベヒモスを守るように立ちはだかった。

 殴っても、蹴っても、血を浴びせても、死体の数の分草むらから湧き出てくる。

 ココロとユメカが奮闘しているその前を、凛が風を逆らって突き進んだ。


「皮膚は硬いだろう、がッ………」


 巨体を引っ掴んでよじのぼり、瘴気に肌が焼けながらも凛は手を離さない。



「ここを潰すッ!!」



 ベヒモスの鼻根を蹴って、鬼は夜空に舞い上がる。

 闇に揺らめく銀光の大太刀を垂直にして、殺意の漲る怒張した腕を振りかざしその眼球をぶっ刺した。


 ぐちょり、と粘膜が破け、涙のように血を流してベヒモスは幼げに鳴く。


「はぁあああッ!」


 縮小した瘴気玉を、ユウキは吠えながら押しやり、ブーメランの鋭利な先端が傾いて斜めに切り裂いた。


 轟! と爆発した瘴気が撒いて、衝撃波が一周した。


 血の雨が降り、風が鞭打って、黒煙が立ち込める。ヘルハウンドの吠え声が遠くなり、吹っ飛んだ。

 姉二人の悲鳴が耳をつんざく。

 アイスケは目を瞑りながら、兄の胸に蹲るしかできない。


「ぅ、ぐ………」


 衝撃が止み、うっすら目を開いて兄を見たが、息を荒げながらも、第二形態は解かれていない。姉二人も同様、ぐったりとした顔で背中を合わせているが。


「凛、さん………」



 凛は───転げ落ちたベヒモスの足の横に、血を吐いて突っ伏していた。


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