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第七十三話 涙を拭いて

「アイちゃん…………大丈夫?」


 抱き寄せられた力が緩まり、月明かりに照らされた兄の顔が目に映った。

 兄の両腕に背中と膝を抱え上げられ、ぶらん、と両足が力なく垂れる。


「ユウキにい、ちゃん………」


 半開きの目に差し込む薄い光すら眩しい。

 体には火傷一つないが、丸め込められた背中が痛い。

 締め付けられた喉がえずきそうに震える。


 だけど、兄がいる。


 みんなが、いる。

 悲鳴のあとに消えて見えなくなった、愛する家族が、確かにここにいる。

 自分は持ってない力だけど、黒い血筋を張った頼もしい兄たちが、笑っている。


 生きている!


 アイスケは兄の背中に手を回して、抱き返した。ただただ、抱きしめた。

 胸に耳を当て、どくん、どくん、と聞こえる愛おしい鼓動に、涙して縋りついた。

 髪を撫でる優しい手に、何度も擦りついた。


 悪い夢を見ていた。

 遠い声が聞こえていた。


 分からないけれど。本当はまだ怖いけれど。


 ほら、涙を拭いて、進まなきゃ。


 兄のふんわりとした笑顔が、そう囁いているようだった。



「リーダー、指示を!」



 ベリーが鳥を斬り落とし、振り向きざまに言い放った。


 兄姉たちは拳一振りで、獣を屈服させる。


 だが瑠璃の大地にこびりついた血の魔法陣から、止めどなく巨獣が召喚されていた。


 あれが、煌家が長年封じていた禁術。


 あの河原の激戦の時よりも上回る、地獄のループだ。


「凛さん!! あれどうやって止められんの!?」


「……………術者の、意思にしか操れない」


 凛は苦悶に満ちた顔で言った。


 術者────ひまりの器を奪い、この森で永遠の王座を狙う、あのシャドウの少女。


(あれ?)


 一周見渡したが、彼女の姿が見当たらない。


「お前たちの第二形態を見たあとに、すぐに茂みの奥へ逃げた……………森の魔獣は、すべて奴がッ────支配してっ、いるッ!!」


 頭上から食いかかる虎の喉を突きながら、凛は声を張り上げた。


 彼女は、最大の武器を使えない。

 いや、正確に言うと、使わない。

 煌の光は、大っぴらに扱うと無論周囲に散乱する。彼女なりの、兄弟を思っての配慮だ。

 だが、いつまでもその優しさに甘んじていては、彼女の身を削ることに変わりはない。


「っ!」


 ユウキの背後から、巨大な影が落ちた。無数の目玉を泳がせた、禍々しい巨獣────


(ア、ルゴス!?)

 


 カリッ、とユウキが唇に牙を刺した一刹那、アルゴスの巨体が居合斬りされた竹の如く真っ二つに割れた。



 津波のような大量の血飛沫を背中に被った兄は、唇を舐めながらにっこりと笑う。


「俺はアイちゃんを護衛するよ。どこまでだってついていく」


 毛先からポタポタと血を滴らせながら、にこにこと目を細めて兄は笑う。


「アイちゃんを傷つけるヤツは一匹残らずぶっ潰すから…………地獄の果てまでご一緒するよ?」


 ギュッと、痛いほど抱きしめる力に小さく呻いたが、もうこの際病みモードでもどんとこい。


 地獄の果て────そこに何があるのか、想像もつかないけど。

 辿り着く一筋の道は、もう見え始めているんだ。



「俺、ひまりちゃんに届く方法が、分かったかもしれない」



「な、に………」


「凛さん、ユウキ、ココロ、ユメカ、行こう。あの子を取り戻して、この術を止める。それまで………兄ちゃんたち、踏ん張れるか?」


 ズダァン!! と天を裂く雷鳴と共に、返り血を舌なめずりした鬼畜な兄が嗤った。



「誰に口利いてやがるクソチビ。黒焦げの焼き豚にされたくなけりゃとっとと行きやがれボケェ」



 その脅しにも近いドスの効いた返事が、黒野家らしくて笑い返した。


 

 殺伐とした森の中で、最終決戦の幕が開ける。


 曇り空が晴れて、月と星が辺りを照らす。


 もう涙は、大地と共に乾いた。

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