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第七十一話 奇跡の繋がり

 地を揺るがす咆哮と鼻をつく瘴気の悪臭に、凛の瞳が見開いた。


「っ!」


 目に沁みるほどの強烈な光のあとに、舞い込んできた光景は、まさに地獄絵図だった。



 視界の果てまで並ぶ、巨獣の大群。



 片や犬歯が首元まで伸びた虎、片や怒張したツノを生やした馬、片や太い尾をくねらせる鳥。


 その図体は、森の喬木さえ易々と超え、根こそぎ踏み倒していく。


 長年封じ込めていた禁断の兵器が、この神聖な森にて解き放たれしまった。


 魔法陣の傍らで術者は血を舐めて嗤う。


「!」


 馬が大きく顎を引いてから頭突きを仕掛けた。

 間髪入れずに大太刀を引き抜き、長大な刃でツノをへし──折れない。


「くっ!」


 押しても押し切れない重い量感が両手に痛いほど伝わり、人と人外の衝突が風を波打った。まるで鉄壁を斬ろうとしているようだ、と思う凛をよそに、背後から虎の牙が食いかかる。咄嗟に伏せて地を転がり、相打ちした二匹の奇声が鼓膜を蹴った。


 だが露ほども振り返る余裕はなく。

 巨獣は、たった数匹の範囲にとどまらない。


 上から鳥、斜め上からも鳥、四囲には紅い眼球の飛び出た狼がけたたましく鳴きながら総攻撃を仕向ける。


 一回転では仕留めきれない、と本能が告げた。


「たぁっ!」


 凛は強く地を蹴り、狼の眼球の上に足をめり込ませ、頭上の二匹の鳥の喉を引き裂き、跳ね返した。さらにもう二匹の狼が挟み撃ちに牙を剥く。


(今だ!)


 柄を握り直し、風も裂こうとばかりに振るって一回転、硬い生肉を弾く感触が生々しく手に伝わり、構わずその舌を斬り落とす。赤い血飛沫が噴いて、頭から全身に降りかかった。


「さすが鬼執事と恐れられるだけあるわねぇ。人間の力量とは思えないわ」


「………………!」



 魔法陣の血が銀光り、瘴気が湧き出て、太い一筋の霧が棚引くと、中からずしりと巨獣が生まれた。


 馬、虎、鳥、狼。どれも、凛が薙ぎ倒したものであった。


無限百獣むげんひゃくじゅう…………」


「第二次魔人戦争でも数多の騎士を食い殺した禁術……………術者以外は、フォルネウスですら扱い切れない狂いに狂った魔獣揃いだから、狂人のあんたでも退屈しないでしょ?」


「くっ! はっ!」


「それも食っても食っても減らないから………食いしん坊の鬼には贅沢なご褒美かしらね? 凛さん、いつもお・つ・か・れ・さ・ま・で・すぅ〜!」


「ふ、ざけるなッ!」


 猫撫で声でおどける少女。


 凛は荒い息と共に怒声を吐きながら、襲い来る巨獣たちを矢が突き抜ける如く敏捷さで狩り尽くす。


 斬っても斬っても、魔法陣の光は幾度も蘇った。


「バッカみたい」


 少女は笑みも消して、興醒めした様子で吐き捨てた。



「月詠使えば一発なのに。何? まさかまだ庇おうっての? そのゴミどもを」



 少女が顎で指した先は────屍のように地に伏せる悪魔たち。



 肌が焼け、血を吐き、微動だにしないその体は、死体と見間違えても不自然ではない。


 だが凛は、一際強く大太刀を振るって、少女を睨んだ。


「ゴミじゃない」


 大口を開けて迫り来る獣の喉を裂いて、駆ける。


「魔王の子のこいつらが、なぜ何の抵抗もなしに光を浴びたか、貴様には分かるか?」


 鋭利な鉤爪を掻き散らす獣の腕を斬り落として、駆ける。


「お嬢様の体を、指一本でも傷つけまいと心に誓っているからだ」


 狂風を吹き起こす獣の翼を折って、駆ける。


「私は悪魔を許せない…………奴らと人間は、交わるべきではないとこの先も思う」


 だがッ! と荒げた声を張り上げて、獣の心臓を貫いた。


「そんな悪魔でもッ! 永遠の宿敵でもッ! 私の命よりも大切なお嬢様を守ろうと誓ってくれた!! 私一人では進めない壁を前に、共に道を切り拓いてくれた!! 先も見えずに絶望していた私に、大きな希望の光をくれた!!」


 獣を斬りながら、凛は獣の咆哮に匹敵する叫びを散らした。


「こいつらはゴミなんかじゃない!! 人間の敵であっても…………昨日の敵であっても………明日あすに敵に変わろうとも…………今だけはッ!! 私の同志だぁッ!!」


 理由なんて、偶然に過ぎない。

 夢想なんて言葉は、自分にはふさわしくない。

 だが、

 この奇跡の繋がりだけは、

 少年の柔らかい笑顔から始まった繋がりは、

 たった一夜だけでもいいから、

 天を突き破りひっくり返すような、

 神をも断ち切れぬ楔だと信じたい。

 例えそれが禁を犯す歌になったとしとても、大罪人と指差されようとも、かけがえのないあるじを呼び起こす唯一の「音」となるのならば────なりふり構わず、響かせるのだと。

 そのために、その「音」を守るために、この太刀を止めることなく振い続けるのだと!


「ミイラ取りがミイラになる、って、このことねぇ………あんた、鬼なんかじゃないわ。そいつらと同じ死に急いでるだけのバカ」


 呆れるように、冷え切った少女の声が風の中で囁く。



「バカと付き合うのももう飽きた。とっとと死んで」



「ぐぁっ!」


 大地が爆破し、足場が崩れた。


 地べたに這いつくばりながら、強く握る大太刀を地面へ刺して、ふらりと立ち上がる。


「!」


 前後から、三頭の犬が口を開けていた。

 地獄の番犬、ケルベロス。

 息つく間もなく、暗黒の瘴気玉が膨張し────発射される。



 ズダァン!! と天地が逆になるような轟く音響のあとに、地響きがした。



「………………ぁ?」


 黒煙が、視界を覆う。

 瘴気の強い臭い。

 五感が、敏感に危機を探っている。


 探っている。


 今、確かに、生きている。


「あ………」


 ケルベロスが、二匹ともむくろと化していた。

 焼けた死骸から、黒い火花がバチバチ弾ける。


 煙が巻いて、目前に見えたのは、悪魔だった。


 ツノを生やし、牙を剥いて、尾をなびかせる、ライゴウ使いの悪魔だった。


 目を全開に開く。



 視界に広がるのは、頭から足まで黒い筋の張った、魔王の子たちだった。


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