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第七十話 ウザイくらいの愛

「あーうっざ。あたし、あんたみたいな偽善者が一番嫌いなのよね」


 少女は苦い顔をして、蔑むような眼差しでアイスケを見た。


「ヒーローなんて子供の戯言よ。異なる種族や身分が同時に存在する以上、この世に絶対の正義なんてないわ。そんなもの、信じていていたっていつか必ず裏切られる。あたしが死んだように、ママが死んだように………ハッピーエンドなんて言葉だけの幻よ」



「だったらその幻を、現実にするだけだ」



 はっ? と少女の声が裏返る。


「お前の言う通りだよ。ヒーローなんてガキが憧れるだけで、本当は最強でもないし、魔法が使えないチビだって簡単に名乗れる称号だ。だけどな」


 アイスケはギュッと拳を握った。


「ヒーローが諦めちまったら、この世はバッドエンドで溢れ返っちまう。俺はひまりちゃんを助けたいし、お前の魂だって救ってやりたいと思ってる」


「!?」


「敵同士が分かち合って手を結ぶ。ははっ、あり得ねえな。まるで幻想だ。夢みたいだ…………それでも俺は、いつの日かその夢を現実にしてみせる。それが、俺の歌いたい狂詩曲ラプソディーだから」


「綺麗事言ってんじゃねーぞッ!! テメェみたいな無能なガキがいくら信じたってそんな日来るわけがねーんだよッ!!」


「そうだよッ!! 信じるだけじゃ、なッ!! だから俺は走る!! 誰もが笑えるハッピーエンドをこの手にするため、棘だらけの道だって走る!! 光がなくったって走る!! 行き止まったら遠回りしてでも走る!! 壁ができてもぶっ壊して走り続ける!! 走って、走って、走って、走って、辿り着いた先がクソッたれなバッドエンドでもッ!! そのどん底から闇雲に道を切り開いて突っ走る!! 俺がかざすのは正義なんて、そんな大それたもんじゃねえ!! 何がなんでも守りてえもんにしがみつくこのウザイくらいのありったけの愛が!! ファミリーズの絶対なチカラだッ!! だからお前が何と言おうと、どれだけ俺を否定しようと、お前自身まで否定しようと、俺はッ!! 絶対に諦めねえ!!」


 この言葉を、前にも誰かに言った気がする。

 孤独な目をした誰かたちに、叫んだ気がする。

 そのシルエットは、分からない。どんな絶望の中にいたのか、この心は悲しくなって振り返ろうとしない。


 だけど、今は、これでいい。

 前だけ見ていたら、それでいい。

 こうして家族と共にいるのなら、脳裏に這い寄る悲鳴や涙声も、血の匂いも、きっと、悪い夢だ。


「うるさい………」


 少女が冷え冷えとした声を零した。


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい」


 少女に纏う青瘴気が轟々と燃え盛る。

 まるで森に遺恨の感情をのせたように、茂みから不穏な風が吹き寄せた。


 兄弟と凛は肩の力を入れて身構える。


「楽園に王と下僕以外はいらない…………残る邪魔者は、この森の土に還れェッ!!」


 バサッ、と禁書を開いたまま大地に投げると、少女は指を噛み、赤い血を滴らせる。

 禁書の紙の上からじわじわ地へと這い、血が円状を描いて真っ赤な魔法陣が浮かび上がった。


「!」


 少女が天に手をかざすと、凛は振り向きざまに叫んだ。


「逃げろッ!! 術の封印を解く鍵は煌の月詠だ!!」


「ヒャハハハハハハハハッ!! 遅いんだよバァァァァァァカ!!」


「アイちゃん!!」


「わっ!」


 少女の指先が切っ先の如く閃いて、全身に焼き付く激痛を覚悟する前に、咄嗟にユウキに抱きしめられて、体を丸め込められた。


「むぐっ!」


 もがこうとも、比べ物にならない力で強く抱かれて兄の胸に埋もれ、視界が真っ黒に塗り潰される。



 家族の悲鳴が、耳をつんざいた。



(にい、ちゃ)



 いつか知らない遠い夢の遠い悲鳴と、重なる。



 あの頃も、たくさん、叫んで、泣いて、笑って、キスして、血が繁吹いて、飛び交う悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴────



「ぁぁぁああああああああああああ!!」



 痛みじゃなく、眩しさでもなく、ただ、脳の髄まで引きちぎられるような悪夢の恐怖に、泣き叫んだ。



 歌え 歌え


 歌え 歌え


 闇の奥から聴こえる、遠い、遠い、歌声。


 歌え 歌え


 歌え 歌え


 霧がかかるように、ぼんやりとしていて、でも、聴こえる。


(あれ、は────俺の、声だ)

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