第六十七話 聖地
十一人の足が、草むらを揺さぶってすり抜ける。
走るには支障はないが、青瘴気は滅することはなく、あちらこちらの木の間から靄となってなびいている。不用意に近づけば、誰であろうと命取りだ。
「いいか、今回限り貴様らに譲歩して、月詠は使わない。この意味が分かるな?」
先頭の凛が振り向きざまに言葉を投げた。
「はいはい安心してくださいよ、魔獣が出た時はファミリーズで瞬殺させて鬼姫様もお守りしますから」
「バカにするなッ!! 姫言うなッ!! 魔獣なんぞこの太刀で一匹残らず薙ぎ払える!! だが」
「一秒でも時間を無駄にしたくないんでしょう? だから俺たちの黒魔法が必要だ、と」
「…………察しはいいが言われてみれば屈辱だな………」
思考に耽る間もなく即答したラムに、凛は尻目で睨んだ。
「でも結構進んだけど、一匹も遭遇してねーよ? ホントに出るの?」
アイスケに問いかけに、ラムは眉に深いシワを寄せた。
「出るよ、その内うじゃうじゃ出る。神樹ノ森は魔界も同様、最も魔力にありふれる聖地だから。現に、体力ゼロのお前がこうやって息を切らすことなく走り続けているでしょ?」
「……………おぉ」
手の平を握って、開いて、アイスケは己の身から湧き上がるスタミナに唖然とする。
森に入ってからかれこれ二十分休みなく走っているのに、平常時と変わらぬほど静穏な呼吸なうえ、汗一滴かいてない。本来ならこの状況、とっくにバテて兄か姉におぶられているはず。
それどころか、足取りは軽くなるばかりだ。
「す、げぇ………! じゃあ俺たち最強じゃん! 怖いもんなしじゃん!!」
「バカね! 神樹の影響を受けてるのは私たちだけじゃないのよ!」
「へぁ?」
「ここにうじゃうじゃ生息する魔獣も同じってこと!」
「あ…………」
ココロの叱咤の言葉に、アイスケは浮かべたばかりの笑みが引きつる。
神樹に生息する魔獣は、魔界からゲートを通して侵入したばかりの、活きがよく獰猛な獣たち。人界のデータに載っていない未知で恐怖な存在も溢れている。この神から贈られた最強のチカラの権利が、奴らにも授与されている、ということは────完全にこちらが有利に働いているわけではないようだ。
「おいコウガ! 脳みそハト並みのアホ面になってっけど状況分かってっか!?」
「わーってるよフウちゃん! あともうちょっとで待ってんだろ?」
「あ?」
「キャンプファイヤーが」
「林間学校じゃねーよ大バカ!! あーハト以下じゃねーかクソッ!!」
相変わらずコウガは救いようのないアホだが、ここまでついてきてるだけでよしとしよう。
「……………あ、何か怒ってんぞ」
「………ああ」
ピタリと双子が動きを止めて、途端に神妙な顔つきで耳を研ぎ澄まさせた。
他の兄弟も足を止める。
「な、何だ………?」
凛が怪訝そうに踵を返す。
「「ヘルハウンドだ」」
「!」
フウガとコウガは、同時に真紅の目を見開いて声を揃える。
大地が上下に揺れ、不穏な風が木々を渡って吹き荒れた。瑠璃の木の葉が舞い踊り、カサカサといたずらっ子のように笑う。
轟! と顔を鞭打つ一陣の風が吹いた。




