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第六十三話 守の謀略

 運ばれたのは、病院の救急科の一室だった。

 どうやら五時間以上も眠っていたらしい。

 ざっくり裂けた尻尾の魔障も直ちに治癒され、今ではぶんぶん振り回しても痛くも痒くもない。


 タッチの速い足音が迫り来て、次に顔を見せたのは意外な人物だった。


「守さん………?」


「目が覚めたか」


「何で………?」


「何でって、守さんが危機一髪に来て下さったから、お前は助かったんですよ!」


「え………」


 視界が消える前に、最後に水色の何かが横切ったように見えた。あれは、守の水竜だったのか。


「あ、ありがとう………」


「礼を言われることではない。パトロール中にアヴィスの幻術と出くわすとは思ってもみなかったがな」


「アヴィス………」


 呆然と呟いたあとに、ハッと息を呑む。


「ひまりちゃんは!? ひまりちゃんはどうなったんだ!?」


 アヴィスの亡霊と融合してしまった彼女は、すでにあの時、煌 ひまりという人格を失っていた。そこまで堕ちてしまったら、あの子は、今───


「シャドウに取り憑かれた子供の顔を見た時は、思わず目を疑ったが…………」


 守は険しい顔つきさらに引き締めて言った。


「アヴィスの幻術を破った時には、ひまり様はもう姿を消していた。今のあの方には、超過した魔力が宿っている」


「そん、な………」


 あの青く燃え上がる瘴気が思い浮かぶ。

 ひまり自身と最後に顔を合わしたのは、あの屋敷のテラス。河原での襲撃までに、一時間も経っていない。

 あの直後に、シャドウに意識を奪われたということか?

 だとしたら、一人の人物が頭に過った。


「凛さんは………?」



「ここだッ!」



 ゆらり、と扉の端から顔を出した凛。

 いつもの威勢はあるが、顔の血色が悪い。

 ふらふらと足取りもおぼつかなかった。


「ちょっと、ちょっと………まだ動いちゃ駄目だよ………瘴気抜き(セイントヒール)したっていっても魔力もほとんど残っていないんだから………」


 その後ろから伏見の細い腕が伸びて、ふらついた体を支えた。

 だが凛は手負いの獣みたく「ふーっ!」とその手を強く振り払う。


「だからスタードロップを寄越せと言っているんだモヤシヤブ医者!!」


「あれは非常時に使う霊薬だから…………本来は自然回復が」


「今がその非常時だ腑抜け!! この軟弱騎士がッ!!」


「もう悪口のオンパレードやめて………」


 神樹の根元に生えた星屑苔ほしくずこけを調合した霊薬、スタードロップは、飲み下すだけで魔力を即時に回復できる、魔法使い、悪魔共々にとっての万能薬だ。戦争時には携帯を義務付けられるほどの必需品だったらしい。


「凛さん………ひまりちゃんは…………」


「………………お前のせいではない。私が、止められなかったんだ………お嬢様に、私の声など、届かなかった………」


「あれが…………融合の、本質………?」


「いや………」



「あれは支配だ」



 唐突に明言を放ったのは、部屋の隅で腕を組んでいた守だった。


「シャドウが取り憑く最終段階…………もうひまり様の身体は共同のものではない。シャドウが、身も心も完全に支配している」


「くそ、が…………」


 アイスケは歯を食いしばる。

 あの人外の高笑いが、脳裏にこびり付いて離れない。 


「伏見、どけ! 私がお嬢様を探す………騎士団に嗅ぎつけられる前に………!」


「その心配はない。今のところはな」


「海凪…………どういうことだ」


「騎士団にはすでに俺が報告している」


「なっ! 貴様っ!」



「青瘴気を纏った新種の魔獣が発生した、とな」



「は…………」


 場の空気が凍りつく。


 だが守の口調は、冗談なんて微塵もなく、表情も普段以上に厳粛していた。


「今この任務の指揮は警備部隊隊長の俺が執っている。捜索には信頼の厚い数人の部下だけを送った。今も瘴気探知機を使用して巡回している」


 守は無線機を肩にかけ直し、肝を据えたような顔で言った。


「そして、この任務は失敗する」


「!」


「ターゲットがゲートを通過し逃走した、と最終報告をするつもりだ。結果、俺の変わり種の十人の部下が失敗しない限り、世間に暴かれるものなど、毛頭ない」


 十人の悪魔を横目に、守は言葉を紡ぐ。


「海凪…………お前…………」


「うわぁ………騎士団一馬鹿真面目のキミがそんなリスクの高い謀略を仕組むとはね…………」


「伏見さん、人聞きの悪いことは言わないで下さい。俺は上層部の犬でもない。ただ………」


 守は藍色の瞳を凛と光らせた。


「勇者様には返しても返しきれない恩がある。あの方の名誉を傷つけることは、例え同じ騎士であっても許さない」


「守さん………」


 見た目と同じ、精悍とした言葉遣いを振るった守。その、短い沈黙のあとに、彼の無線機が大きく鳴り響いた。

 周囲の衝動のまま回った首は、皆同じ方向を向いて。耳を最善に澄ますように、大人しやかに息をした。


「海凪だ」


『隊長! 神樹ノ森から凄まじい青瘴気が見えています!!』


「周辺に負傷者は?」


『まだ確認されていません!』


 部下の報告に、海凪は迷うことなく無線のマイクに口を近づけ、声を激した。



「特殊班に告ぐ。神樹ノ森周辺に徘徊する市民を見つけ次第直ちに避難させろ。そして、森への捜索は、ファミリーズを配置させる」



 なっ、と凛が息を詰まらせた。


 十人の悪魔を目を瞬く。


 伏見はニヒルな笑み。



「返事が遅い!!」



 打ち据えるような言い振りに、無線越しから「承知!」と焦燥の混じった声声が飛んでくる。


「うわぁ、守さんパワハラだぁ………」


「お前のサボりを大目に見てやってるだけでありがたいと思えっ!!」


「ふぁい………」


「返事ははいだッ!」


 あくび混じりのミントに怒号を飛ばす守。

 だが、無線機を肩に戻すと、鬱憤を晴らしたような清々しい雰囲気も感じさせる。


「と、いうことだ。ラム、お前の言っていた例の霊薬は本当に完成したんだな?」


 と、ラムの方へ顎をしゃくった。


「はい。何とかギリギリでしたけど。最新の魔力顕微鏡もなかなか使い勝手のいいものでしたので」


「借金した甲斐もあったということか」


「皮肉はやめてくださいよ………」


「え、何? 何の話?」


 二人の会話についていけず、思わずアイスケは口を挟んだ。


 ラムは白衣を翻したかと思うと、裏地にぎっしり並んでいる凶器と言う名の注射器を一本抜いて、くるくると手先で回してみせた。

 中の液体は────透明だけれど、神樹と同じ星屑のような光の粒が泳いでいる。


「なに、それ…………」


「極秘の研究の賜物だよ。全然極秘じゃなくなっちゃったけど」


「えっ………!」


「アイスケが眠っている間に最終実験で確証を得たんだ。青瘴気のサンプルをかき集めてもう二年半…………ずっとこの時を待ち侘びていたよ」


「じゃあ! それがシャドウを倒す鍵になるってこと!?」


「一応、肯定にはなるかな」


 何やら曖昧な返事のラムに、アイスケは首を僅かにひねった。


「じゃあ、ここは発明者である俺から作戦を提案するよ」


「さ、作戦?」


 兄姉たちが揃って輪になり始めたので、アイスケはさらに首をひねった。


「ひまりちゃんを助ける作戦でしょ?」


「えっ………」


 当然だ、と言わんばかりのドヤ顔に、困惑を隠せそうにない。

 何せ、数時間の状況を脳裏に浮かべてみれば………。

 彼らは、対立者だったはずだ。


「助けるって…………なっ、なら、何であの時それを言わなかったんだよ!? みんな無理だとか帰ろうだとか弱気なことばっか言いやがって!!」


「現にあの時の段階では無理だったし、研究室のある家に帰らないと仕様がないしね」


「ほっ、他にもひまりちゃんは敵だとか他所様の家庭に口出しするなとか!!」


「だってアイちゃん、お兄ちゃんたちの心配をよそに女の子に熱を上げて突っ走ろうとするんだもん。ムカつくじゃん」


「はぁ!?」


「ちょっとしたお仕置き」


 してやったり、というようなラムの意地悪い笑み。


 アイスケは水を被った子犬みたいにぷるぷると体を震わす。


 つまり、兄姉たちはとっくの前から覚悟を決めていたということか。

 あの口々に飛び出た捨て台詞は、すべて弟に一泡吹かせようとした芝居。


「お前ら全員役者志望か!?」


「「「「「「「「「違う」」」」」」」」」


 兄弟ミラクルなんてはしゃいでいる場合でもないのに。


 まだまだ思考回路は戸惑いがちだけど、見上げた先の兄姉たちは、一枚も二枚も上手に見えることは確かだ。

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