第五十九話 闇の下の光
今日の夜空は星が一つも浮かんでいない。
神樹と同じ、美しい瑠璃色に染まっているのに、棚引く朧に覆われて、一粒の光も見えない。
いたずらな雲が月を隠し、暗い夜道を照らすのは、質素な外灯だけ。
冷たい夜風が前髪を掻き上げて、額を撫でる。
それよりもずっと寒いのは、ぽっかりと穴が空いたような、小さな胸だ。
風が心の臓まで突き抜けてくるようだった。
ここはあまりにも、寒すぎる。
だけどもう、帰る場所なんてなかった。
帰りたいとも思わなかった。
人影もなく暗い土手道を一人歩く方が、ずっとマシだった。
坂の下には、河原が見える。
あの子と命懸けで共闘したのも、ここだった。
あの子は、今、どうしているのだろうか。
泣いているのだろうか。
苦しんでいるのだろうか。
怒っているのだろうか。
もう一度、巡り会えるチャンスは来るのだろうか。
もう一度────会いたい。
「アイスケくん?」
ほんのりと甘い声に、アイスケは目を瞠る。
地上に降りた満月の双眸を光らせる、一人の少女。
「ひまり、ちゃん………?」
笑っている。
桜色の唇を薄く開いて、にこりとこちらに笑いかける。
「さっきはごめんなさい…………取り乱してしまって………」
静かな足音をたてて、土手道を歩む。
「アイスケくんの言う通り、ひまり、強がってた。寂しかった………」
森から吹く風が亜麻色の髪をなびかせる。
「ひまり、ずっと会いたかった…………アイスケくんに、会いたかった………」
月色の少女が、目と鼻の先まで来て、割れ物を扱うような優しい手つきで抱きついた。
「アイスケくん………ひまりと一緒に行こう? 遠い遠い、誰もいない、二人だけの場所へ行こう? ずっと二人で、いよう?」
甘く澄んだ声が耳元をくすぐる。
唇同士が、引き寄せられるように距離を縮めた。




