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第六十話 少女の怨念

「下手な演技だね」



 触れる前に、アイスケは低く囁いた。


 ふはっ? と、少女は脳が撃ち抜かれたような奇声を漏らす。


 その絡みつく腕を振り切って、飛び退った。


「あの子はもっとピュアでシャイなんだよ!! そんな胡散臭い色仕掛けよりも、何億倍もクソ可愛い天然記念物だっての!!」 


 声を荒げて、その子の瞳の奥に揺らぐ、暗い、暗い、影を睨み付けた。

 すると────



「ふっ………あはっ、あはははははははははははっ!!」



 少女が狂笑を上げると、轟々と青い炎を全身に纏った。

 ほのかに甘い優しげな声から一変、鈴が鳴るような、甲高くあどけない声で。


「バッカみたい!! 熱くなっちゃって!! 何? あんたひまりが好きなの? 愛しちゃってんの? でも残念〜、ひまりはあんたのことなんかな〜んとも思ってないよ? あんたのクサイ台詞よりもおんなじのあたしの方がずっといいって! あ〜可哀想ぉ〜あ〜バカらしいぃ〜あっはははははははははははっ!!」


 裂けるくらいに開いた口が嘲笑を混ぜて捲し立てて、その黄金だった瞳が赤黒く変色する。


「おんなじ………? あんたも母親への愛に飢えてたってことか?」



「分かったようにほざいてんじゃねーぞ暴君の孫がぁッ!!」



 怒号が鳴り響いた刹那、色が、消えた。



 暗黒。鼻をつく悪臭。忍び寄る嗤い。踊る骸骨。


 身の毛もよだつほどの負の連鎖が、五感を通じて襲い来る。


「こっ……れ、は…………」


 心臓を握られているようで、呼吸もままならない。


「幻術…………お、まえ、まさか」


「そっ、あたしは天性血統アヴィス。あんたのクソジジィに逆賊扱いされて殺された。あたしも、あたしのママも、手足を切り落とされて、ぐちゃぐちゃに潰されて、最後まで誰ともだっこできないまま死んだ。あーうざい。きもい。ディアボロスが憎い殺す死ね死ね死ね」


 闇の中から、凶器を振りかざすような鋭い声が乱舞する。


 幻術使いの天性血統、アヴィス。その能力はディアボロスと並ぶほどで、かつては暴君と恐れられた四代目魔王サタンの配下の貴族だった。だがとある謀反が要因で、逆賊と成り下がる。半数以上が抹殺され、生き残った者は今も魔界に忍んで反逆の時を狙っている、と聞いた。


 このシャドウの少女は、抹殺──いや、惨殺された子供の亡霊。


 ひまりとはまた違う意味で、対になる存在。


「あんた見てるとイライラする………ぶっ殺したくてたまらなくなるっ! ひまりはあたしのなのに、あたしとおんなじなのに、あんたがうざいほど付き纏って、あたしのひまりを奪おうとしてるっ! ディアボロスはまたあたしの大事なものを奪おうとするっ!」


 生ける骸骨が顎を大きく外して目前に迫った。

 アイスケは、その人外の威嚇に泰然として構えた。震える心臓から深呼吸を繰り出し、鼓動を守り、ふぅっ、と、息を整える。


「………お前の俺に対する怒りは分かるよ。俺のじいちゃんのサタンは、教科書見るだけでもゾッとするほど残虐な王だった」


 骸骨が輪になってフォークダンスし、ケタケタと薄気味悪い嗤い声を上げて肉薄する。


「だけど、ひまりちゃんはお前のモンじゃねえッ!!」


 螺旋模様を描くように回転し、尖った尾で弾き返した。


「あの子の体はあの子のものだ。あの子の心もあの子のものだ。こうやって幻術使ってあの子に取り入ったんだろうけど、それはお前の自己満足で、あの子の夢も未来も潰すことになるってことが、分かんねえのかよ!?」


「うっ、うるさいうるさいうるさいッ!! あんたなんかに何が分かるッ!?」


 骸骨が上方から垂直に白い槍を振り落とした。


 腰をねじって躱してから、逆回転し顎にアッパーする。


「ひまりはあたしに縋りついたっ! 自分の気持ちが分かるのは、あたしだけだって言ってくれたっ! ひまりは最初から、最後まで、あたしを選んだのよ!!」


 カタカタと四方からの総攻撃に、跳ね上がってから回旋させ、四つの頭蓋骨に円を描くようにビンタがヒットする。


「もう愛してくれる人はママしかいないって!! だから頼れるのはあたしだけだって!! もう誰一人邪魔なんてできない………そう! ひまりはあたしと一つになったのよ!!」


「ま、て………」


 息を荒げながら、聞き捨てならない言葉が脳裏に焼き付く。


「本当に、ひまりちゃんが、そう言ったのか………?」


「そうよ。ひまりのことなら何でもあたしが知ってるわ。あたしだけが分かるの」


 ゲタゲタゲタ! と嗤うように骨を鳴らしながら、全方位から骸骨の群集に包囲された。


 尾を伸ばそうと腰に力を入れた矢先、白い槍が先端の矢印に突き刺さった。


「があああああああああッ!!」


 電気が走るような激痛。

 少女の高笑い。

 体が、闇の底に縫い付けられて動かない。

 渦のように頭がぐるぐる回る。

 これは、幻? 現実?

 だが、この黒ずんだ血は紛れもない、本物。


「きゃははははははっ! 今度はてめぇがぐちゃぐちゃになる番だっ!! 死ねぇディアボロス!!」


 

 ガタガタゲタゲタ!! とクラッキングが鼓膜を殴りつける。


 無数の槍が飛びかかる!


 視界を埋め尽くす骨、骨、骨、骨、骨、骨──────


 一瞬だけ横切った水色を最後に、アイスケの瞼が落ちた。

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