第五十六話 切れた音
「お嬢様!! お嬢様!! ドアを開けてください!! お嬢様!!」
凛の叫びと激しいノックの音が鳴り響く中、少女は暗闇に蹲っていた。
父からの手紙が、倒れた箱から散らばっている。
封を開けて拝読したが、一枚も返事を出さなかった。
居場所も、道も、すべて決められた苛立ちによる反抗のつもりだった。
それでも父は、その反抗すら無視するように、手紙を送り続けた。
もう何も、見たくない。
薄暗い中がむしゃらに手紙をつかんで、グシャリと紙を潰しながら、箱に詰めてタンスの下に投げ込んだ。
「アイスケはもう帰らせました。すべては私が仕組んだことです。どうか奴を責めないでください…………」
もう、どうでもいい。
「ですがお嬢様!! どうかお一人で抱え込まないでください!! 凛がいます!! 凛をお傍においてください!! お願いします!! お嬢様!!」
もう、黙ってほしい。
煮えくりかえる凶暴な感情に身体が疼いて、ドアを叩き開けた。
「出てってくださいッ!!」
息が、苦しい。
「凛さんだって思ってるんでしょっ! ひまりが弱くて可哀想だって!!」
頭が、痛い。
「何にもできない哀れな子だって!! そうやってひまりに近づくものも、ひまりがほしいものも、全部危険だって決めつけて奪っていくんでしょっ!! 今までだってそうだった!!」
そんな悲しい目で見ないで。
そんな辛そうな顔を見せないで。
「お嬢様…………私は」
「やめて………」
「例えこの先一生、お嬢様に恨まれても…………お嬢様を縛るものは…………どんなに美しい鎖だって、斬ってみせます」
「やめて!!」
もう、そんな残酷なほど優しい言葉は、やめて。
『このままじゃいけないって! 誰か助けてって! そう思ってるはずだ!! そう叫びたいはずだ!!』
あの少年も、この世話係も、遠き父も、何もかもが優しすぎた。
心の奥底まで踏み込んでくるほど、情が深すぎた。
この凛の燃える眼差しが、少年の熱い言葉が、眩暈がするぐらいの熱が、何もかも焼き尽くしてしまいそうで、怖い。
『こいつらはあたしたちの大切なもの、ぜーんぶ壊すつもりだよ? ねえひまり。あたしのひまり。それでもあんたはこいつらを選ぶの?』
「ひまり、は………」
『消えちゃうよ? なくなっちゃうよ? またあの寒い寒い思いをするよ? 凍えちゃうよ?』
「ひま、り、は………」
『ねえひまり。ねえねえひまり。あたしを捨てるの? あたしはいらない?』
「………………いらない」
ぷつん、と、胸の中でずっと張り詰めていた細い糸が、繋ぎ止めていた最後の一本の糸が、切れた音がした。
「凛さんなんかいらないっ!! 手紙なんかもほしくないっ!! もうみんな必要ないっ!! ひまりが………ひまりがほしいのはっ! ひまりがずっとずっとほしかったのはっ!! ママだけだよっ!!」
衝動的に駆け出した足。名を呼ぶ声。青く染まる視界。重く揺れる頭。けたたましい嗤い。青。青。青。青。青────
意識が薄れる中、最後に脳裏にちらついたのは、一瞬だけ視界に走った、凛の、泣き顔だった。




