第四十八話 拷問部屋で鬼執事と
ありとあらゆる凶器が、刀掛けから壁一面に飾られているのだが、まるで威嚇する鎧武者のような不気味な殺気が漂っている。
シンプルな椅子とテーブル、ベッドはあるものの、とても人の寝床とは思えない。
「あの………ここは………?」
「私の部屋だ」
「わぁ! ステキなお部屋ですねぇ! 虫が出てもティッシュいらずで瞬殺だぁっ!」
「変なお世辞はよせ。あと虫なら素手で潰せる」
「ひょぇ…………」
なるほど。大太刀を挨拶代わりに振りかざす鬼執事の部屋ならば、これほど殺伐としても違和感はないというか、むしろお似合いの部屋だと思う。
「隣にお嬢様のお部屋がある。この屋敷のセキュリティは万全だが、万に一つでもお嬢様に危機が迫った時に応じて、不届き者への仕掛けも徹底しなければな」
「仕掛け………?」
「すぐに分かる」
シュッ、と背中の大太刀を宙に振りかざして、凛は言い張った。
持ち主の背丈も越える二メートルもの大太刀は、風を切る音の厚みからしてもかなりの重さだ。
それを眉一つ動かないほど痛痒の感じない顔で、玩具を扱うかのように軽々しく持ち上げる様は、相当戦闘慣れしていることが見て分かる。
「そこに座れ。貴様にいくつか聞きたいことがある」
言われた通り、アイスケは四角いソファチェアに腰をかけると、凛も向かいの椅子に座った。
出来るだけ機嫌を損ねないようにしよう、と鬼の睥睨を浴びながら思った。
「まず一つ目だ。あの蝮の王子は貴様自身も詠唱については無知と聞いたが、それは本当か?」
「蝮の王子って………ラム兄ちゃんか。えっと、俺の歌のことだよね?…………うん、正直言って、シャドウの存在を知ったのも今日が初めてだし、何もかもが未知すぎて俺もまだ現実についていけてないところです………」
「つまり、無意識で詠唱を唱えていたと?」
「うん………そういうことになるのかな…………ひぎゃぁッ!」
神速の矢が耳の横に突き刺さって、みっともない悲鳴が上がる。
「嘘ではないだろうな」
「おおお俺は正直者ですぅ!! 何この尋問に見せかけた拷問!! 人間不信にもほどがあるでしょっ!!」
「人間ではない貴様は悪魔だ」
「うっ………」
それに関してはぐうの音も出ないが、隠し武器まで忍ばせて問いただすことが正当な質問と言えるのか。よく見渡せば、数多の凶器の柄には黒光りするワイヤーで繋がれていて、いつ切っ先が飛んでくることやら。
やはりこの女、岩のように硬い警戒心の持ち主だ。
「まぁいい。次の質問だ。騎士団から聞いたところ、貴様の家には借金があるらしいな。いくらだ?」
「えぇ………そんな痛いとこまで突いちゃう?」
「いいから答えろ」
「……………三千万です」
「………何だ、意外と少ないな」
「えっそうなの!? 何か明らかに富豪の金銭感覚超狂ってない!?」
「いや、貴様らの方がよっぽどだろう。王族からして三千万など菓子を買う程度じゃないか?」
「どんな純金で塗り固めたリッチなお菓子だよ!? こちとら十円の駄菓子で大満足ですぅ!!」
「そうなのか………? 確か鬼畜王子の三歳の誕生日に、魔王命令で三億かけて人界の菓子をすべて取り寄せたと聞いたが」
「もうディアボロス家バカなの!? くそっ! だからあいつ一番金遣い荒いのか………!」
知りたくもなかった家族の黒歴史を耳にして、アイスケは、あーっ! と髪をクシャクシャに掻きむしった。
魔王が子供にドン引くほど甘やかしていたのは噂にも聞いていたが、まさかここまでとは。あの年長組の兄たちのエゴイスティックさにも、生まれた環境を恨むしかない。
「では、最後の質問だ」
凛は、少し声を低くして言ったので、アイスケは顔を上げて向き直った。
「お嬢様のことを………どう思っている?」
「え………」
これはまた、分かりやすいようで、意図が読めない質問。
ここへ呼ばれたのはおそらくひまりと接点があるからだろうと思っていたが。
(えー………どう答えるのが正解? 正直に空気が読めない子とか言ったら即目潰しされそうだし、普通に可愛いって褒めてもお嬢様を狙う悪い虫め! とか言われて目潰しされるだろうし)
アイスケはこめかみを押さえて、思い悩んだ。
一体どういうつもりでこんなことを聞くんだ? と、凛の方を見ると、顎が落ちた。
彼女は神妙な顔つきだったが、大太刀を握る手が震えていた。
彼女自身、気付いていないのかもしれない。
何せ鬼と恐れられる女だ。
だけど、確かに、その手は震えていたのだ。
「俺は………」
だからアイスケは、その鋭い眼差しから逃げることなく、まっすぐと見た。
「あの子とは、これからもいい関係でいたいと思う」
「!」
「俺とあの子が、対の関係だっていうのは、分かってる。凛さんの言う通り、下手に近づくのは、危険もあるかもしれない。予測できない、残酷な未来もあるかもしれない」
戦争は終わっても、争いは消えない。
悪魔と人間は、いつ牙を剥いて襲い合うかも分からない。
「だけど俺は、あの子の敵にはなりたくない」
「なぜ………そう思う?」
「だって、同じだから」
「?」
「あの子と俺は、同じ町にいて、同じ場所で出会って、同じ敵と戦って、同じ勝利を得た。今日もあの子と俺は、同じことで笑って、同じ困難に立ち向かった。きっと、同じ気持ちにもなった。他人だなんて思えないよ。対であってもかまわないよ。俺は、これからもあの子と一緒に笑い合えるような、そんな対等な関係でいたいんだ」
例え世間がそれを許さなくても。
そんな器の小さい世間なんて、堂々と背を向けてやる。
きっと、そういう屈しない強さも兼ね備えた狂詩曲を、自分はずっと昔から歌いたかったんだ。
世界のど真ん中で、歌ってやりたかったんだ。
「…………………そうか」
「!」
凛は、初めてアイスケの言葉に肯定を示した。
面食らっていると、彼女の方から視線が向いた。
「アイスケ、と言ったな」
「う、うん」
「依頼を申し込みたい。もし成し遂げた際には、貴様らの借金をすべて立て替えよう」
「ひゃい!?」
奇声を発したアイスケをまじまじと見て、凛は言った。
「頼む! ひまりお嬢様を、シャドウから救ってくれ!」




