表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/136

第三十八話 最も悪魔に嫌われた人間

「どこ行ってたんだよっ!?」


 この惨状を前にしても、顔色一つ変えずに歩み寄った兄に、アイスケは噛みつく勢いで怒鳴った。


「ちょっとまぁ、話すと長くなっちゃうけど。一言で言うと大人の事情かな?」


「はぁ?」


 アイスケは拍子抜けして首をひねる。

 ラムは視線を動かして、ビクビク震えるひまりを目に捉えた。


「あ、やっぱりいた。お嬢さんいましたよー」


 と、今度は後ろを向いて、一際大きい声を放った。


 その坂道から走り来る二人の人影──



「お嬢様!!」



「わっ! 凛さん!!」


 アイスケを跳ね除ける勢いで全力疾走し、ひまりを抱きしめた燕尾服の女。

 煌家の鬼執事こと、霧崎 凛だ。


「お嬢様!! ご無事ですか!? お怪我はございませんか!?」


「私は、大丈夫です………それより」


「この悪魔どもに少しでも危害を加えられたとおっしゃるならば………この凛がヤツらの素っ首を刎ねます!!」


「そんな! 危害だなんて! アイスケくんは、自販機さんの使い方を教えてくれたんですよ!」


「じ、はんきぃ? この悪魔の小僧ッ!! お嬢様にそんな寿命を縮みかねない添加物の塊を飲ませたというのかっ!! 斬る!!」


「ぎゃあああああっ! 飲ませてませんっ! 飲ませてませんし自販機を誹謗しすぎっ!」


 弁解の余地すら与えない閃光のような速さで、凛は二メートルもの大太刀を躊躇なく振り回してくる。アイスケは体を伏せ、地に転がり、虫の抵抗の如く不恰好な動きで斬撃を躱した。髪の毛が二、三本飛んだ。


「凛さん!! やめて!!」


 ひまりが凛の手に飛びつく。


「シャドウが! シャドウが出たんです!!」


「なっ………」


 青を纏って呻く少年の存在に、凛はようやく目視した。アイスケの鼻先で刀を止め、口を開けたまま絶句した。



「あーあー託児所並みに騒がしいなぁ………で、負傷者はどこかな?」



 のそのそと夜道を歩く猫のように忍び寄ったもう一人の人影は、あの最も悪魔に嫌われた人間、「神の手を持つ者(ゴッドヒーラー)」の伏見 忍だった。


「まずそこの女性をお願いします。今回の依頼人です」


 ラムが視線を向けて言うと、伏見は膝をついて梶山さんの服を捲った。


「うわぁこれは酷い…………この魔障の広がり具合は、自ら浴びたみたいだね…………ハァ、どうして騎士でもないか弱い女性がこうも無謀な真似をするものなのかな………」


 きっと、母親だから。


 あの時の梶山さんを見た五人なら、分かる。母親なんて計り知れない器だけど、騎士でも敵わないほどの破天荒な強さを、勇気を、愛を、目の当たりにして知ってしまった。


「梶山さん、治る?」


 アイスケの僅かに震えた問いかけに、はあ、と伏見は憂鬱そうなため息をつく。



「ボクを誰だと思ってるの? キミのお父さんに右腕吹っ飛ばされても生還した男だよ? 現にボクの腕は、死んでないしね?」



 右腕の縫合の跡を見せて、にやり、と口角だけ上げて笑った伏見は、どこか挑発的で、少し皮肉を混ぜたようにも見えた。


 だけど、彼の手から白緑の光が宿った時、周囲の誰もが、彼自身も、真夜中のような静けさに包まれた。


 光はオーロラのように揺らめいて、群青の傷を包み込む。額から、首筋、上半身、脚、つま先にかけて、太く長い一筋の光が棚引いた。出所の指先が手繰り寄せるように動くと、白緑の光は音もなく波打って、額からつま先までの青い皮膚に沈む瘴気を、魚の骨を引くようにごっそりと抜き出していく。まるで筆で塗って染めるように軽快に、青い皮膚は傷一つない元の肌色を取り戻していったのだ。


「はい浄化。心音異常なし………次は?」


「は、やすぎ………」


 回復魔法の常識さえ超えた、まさに神のように神速で一糸乱れぬ手捌きに、アイスケは狐につままれたような顔になる。


 ポーションいらずの回復士ヒーラーが、神樹ヶ咲には存在する。その現実味のない噂が、一瞬で現実となったのだ。


「えっと………アイスケくん、だっけ? 派手にやられたねぇ………しかも傷口抉っちゃってるし………」


 やれやれと言ったような顔で、伏見はこちらへ歩み寄った。


「魔王の子がヒーローかぁ…………世の中も変わったねぇ………」


 ぶつぶつと独り言を呟いて、伏見はアイスケの目前で屈んだ。


「でもさぁ…………誰かを守りたいからって、自分の体を無下にするのは、あんまり感心しないよ…………? 小さなヒーローさん?」


 白緑の光をかざした伏見の目は、死んでいるように見えて、本当は誰よりも激しく生きている、まさに戦場を行く騎士のような眼差しだと、アイスケは痛みが引いてゆく中で感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ