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第三十五話 ドアを開けば

「純くん………」


 まだ顔も知らない少年だけれど、このドアを通して聞こえる泣き声は、確かに、あの頃の自分と重なった。


 アイスケは爪が食い込むほど拳を握る。


「純くん、きみは勘違いしてるよ………」


 激情に駆られて声が裏返りそうになるのを抑えて、はっきりと、力強く言い放った。



「きみは、何にも悪くないっ!」



 ひっ、と少年の嗚咽が聞こえた。


「いじめられたきみは、悪くない。勉強も、サッカーも、夢を抱えて頑張ったきみは、とっても素敵だよ。壊したのはきみじゃない。きみをいじめてたヤツらだ!!」


「ぅっ、………」


「些細なことなんかじゃない。人の心を傷つけることが、人の大事なものを奪うことが、そんな当たり前のように許されていいはずがない!! そんな身勝手な権利なんて、誰にもない!! あるわけがない!! あってたまるかっ!!」


「で、も……ぼく、は、にげた………」


「逃げて何が悪い!! そんな腐った環境で、誰も正されずにきみだけが苦しめられる理不尽な場所なんて、捨てて正解だ!! 逃げることは弱さじゃない!! きみの命と心を守る一つの道だ!!」


「み、ち?」


「そうだよ。きみは止まってるだけで、まだ道の中にいるんだ!! これからいくらでも進める!! 負けてなんかいない!! 何にもない人なんて、何にもできなくなることなんて、あるはずがないんだよ!! きみはできる!! 少し手を伸ばせば、きみはこのドアを開けられる!! 開けてほしいんだ!!」


「………なんで?」


「もうきみの悲しい声は聞きたくないから。お母さんだけじゃない。俺も、きみの笑った顔が、見てみたいんだ……」


 ドアに手を触れ、額を当てる。


 ハッピーエンドの形なんて、分からない。

 彼の道は、彼しか選べない。


 でも、消えない傷を負ってなお助けての一言も言えない少年を、自分を責め続けて涙の雨を降らす少年を、闇の底から抜けたいのに動けずにいる少年を、このまま闇に飲まれて消えそうな少年を見殺しにするほど腐ったヒーローでいたくない。


 だからこれは、依頼や使命よりも、そう、同じ、ただ自分の一つの願いだ。


「僕は………悪くないの?」


 しばらくの沈黙のあと、純くんは淡々とした口調で問うた。


「そうだよ。きみは悪くない」


「いじめていたやつらが、悪いの?」


「そうだ」


「ほんとう、に?」


「あーもう! まどろっこしいわね!!」


 痺れを切らしたのか、ずっと黙っていたココロが静寂を突き破るように怒鳴った。


「あんたも賢いんだから分かるでしょ? 被害者と加害者、捕まるのはどっちかって。聞いてたらあんたのお母さん、生ぬるいくらい優しすぎる方よ。いじめの加害者なんて、裁判起こして賠償させたってまだ足りないってぐらいだし。私だったら顔面タコ殴りして逆整形させるわね」


「ユメだったら腕の一本食べちゃうかも。でも悪い人のお肉まずそ〜」


「俺だったら、足の腱でも切っちゃうかな?」


「ぼっ、暴力での解決はダメですぅ! 私の満月眼で、全身を浄化させましょう!」


「いやひまりちゃんのが一番の暴力だわ」


 息つく暇もなく捲し立てる兄姉とひまり。言っている内容は物騒だが、みな純くんの強い味方でいたいという意思表示が揃っていた。


「どうする? 純くん。きみがドアを開けないと、魔王の子が容赦なく暴れ出しちゃうよ? 今ならもれなく、勇者の娘もついてくるしね」


 ここにいるのは前例のない、無敵のチームだ。

 一人じゃない。それが最大の武器になることを、伝えたくて。


 とん、とん、と重い足音が聞こえて、アイスケは瞳を見開いた。


「そんなの、必要ないよ」


 鍵を開ける無機質な音。ぎぃ、と、長く閉ざされていたドアが、ゆっくりと開かれた。



「復讐なら、僕一人で十分だから」



「へ…………」


 その場にいる全員が、息も止めて凍りついた。


 初めて対面した少年は、血の通っていない真っ青な顔で、全身に青白い霧のようなものが漂っていた。


「きみたちには感謝するよ、ありがとう」


 青い唇が、不自然に頬を上げるように嗤っていた。



「ようやくトロくせーこいつの殺気を開放させてくれたからなァッ!!」



 少年と思えない野太い声が叫喚し、刹那、アイスケの腹に青い拳が刺さった。

 ぐにゃりと内臓が曲がる音、遅れて骨が軋むような重い痛みが走って、血を吐いた頃には、体はもう吹っ飛んでいた。


 自分の名前を呼ぶ声。

 それもすぐ遠ざかり、アイスケは廊下の突き当たりの窓ガラスに背中から体当たりして、屋外のアスファルトに身を投げられた。


 一瞬で何が起こったのか、思考が回らなかった。


 ただ腹の激痛に咳き込んで、口に広がる錆び臭い味を吐き出した。

 痛み。それだけでなく、視界がぼやけて、くらりと頭が垂れる。酸欠のような強い倦怠感がじわじわと体を蝕むようだった。

 だけどアイスケは、パーカーを捲って己の腹を見た時に、重たい瞼が開いた。


 波紋のように広がった、群青の痣。


「……うそ、だろ………?」


 単なる内出血とは言えない。

 本来ディアボロスならば黒く染まるはずだ。


 おぞましい可能性が、うっすらと脳裏に過ぎった。


「魔障…………」


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