第三十二話 庶民のティータイム
「紅茶とコーヒー、どちらになさいますか?」
「そんな、おかまいなく」
「いいえ、急にお呼びしてしまったのですから、このくらいはさせてください」
「すみません。じゃあ紅茶で」
遅れたことの謝罪と簡単な挨拶を済ませたのちに、四つ子とひまりの五人はリビングへと案内された。黒野家と比べれば家具も少なく質素な部屋だが、きちんと収納されていてよく片づけられている。
依頼人、梶山さんは、見た目の通り大人しやかで上品だが、絹糸のようなか細く力ない声に少し懸念を抱いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
グレージュのダイニングテーブルの上に、唐草模様のティーカップが置かれる。
滑らかに泡立つ紅茶を一口飲むと、やさしい甘さとちょうどよい苦味が口に広がり、体の芯から温まった。
「ぷはっ、美味しい〜! おかわりください! あま〜いお菓子もつけくれると嬉しいかも!」
「おいユメカ!」
遠慮の欠片もなく、ごくごくと飲み干して菓子まで強請るユメカにすかさず叱咤した。
それでも梶山さんは笑って、ポットから紅茶を注ぎ、クッキーを皿にのせて出してくれた。
わーい! とバンザイしたあとに、リスみたいにクッキーをかじるユメカを見ては思わず嘆息が漏れる。
「あ、あのぅ………」
ひまりはキョロキョロと不思議そうに部屋を見渡している。
「どうされました?」
「ワンちゃんはどこにいるんでしょうか?」
「? 犬は飼っておりませんが………?」
「え? でもここって、犬小屋ですよね? ワンちゃんもいないですし、依頼人さんのお家はどこなんでしょう?」
「おいコラひまりちゃああああああああん!! ここだよおおおおおっ!! ここが依頼人様の家だよおおおおっ!」
ええっ! とひまりは大きな声を上げる。
「ここが………家? こんなちっぽけな家で、人間が暮らせるのですか!? エレベーターもありませんし、メイドさんやボディーガードの方もいらっしゃいませんよ! すごいっ! これが庶民のボロ戸建て」
「ひまりちゃあああああああんっ!! もう黙ってええええええええっ!!」
入って数分のうちに営業妨害をされているこの状況、つまみ出すべきだろうか。
だが、ミスが発覚した営業マンみたいに平謝りするアイスケに、依頼人は優しい笑顔を向けた。
「ふふ………お嬢様からしては、我が家はちっぽけですものね?」
と、痛くもないように笑うのだ。
女神だ。今回の依頼人は久々の女神がきた。神々しい光に包まれて見える梶山さんに、アイスケは感慨に浸った。
「あ! ユメカあんたチョコ味のクッキー全部食べたでしょっ!」
「はふふはふ〜!」
「私まだ一つも食べてないんだけど!?」
「はふははふ〜!!」
「入れ歯取れたばあちゃんみたいにはふはふ言ってないでちゃんと喋れっ! バカユメカ〜!!」
「この紅茶………何て味気なく安っぽい茶葉なんでしょう! これぞ庶民のティータイム!」
「すみませーん、七味ありますか?」
「お前ら全員つまみ出すぞッ!!」
不作法のオンパレードにアイスケは鞭を打つように怒声を飛ばした。
いくら女神相手とはいえ、初っ端からこんな非礼を晒しては信頼もガタ落ちだ。正直言うと自分が連れてきたお嬢様が一番強烈な爆弾発言を繰り返しているので、若干そこは責任を感じているのだが。




