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第三十話 泥沼関係の幕開け

「げっ………ユウキ兄ちゃん」


 暗黒の瘴気を漂わせ、病的なほど血走った目を剥いた悪魔の襲来に、小さな二人はビクッと跳ね上がった。


「なかなか戻らないからどこぞの変質者に誘拐されたんじゃないかってお兄ちゃん心配と殺意で狂っちゃいそうだったのに…………まさかこんな堂々と浮気現場を見せつけられるなんて」


 ビュッ! と風を切る音がしたかと思うと、自販機が破裂して頭から血飛沫が飛ぶみたいににジュースが噴き出た。


「俺のアイちゃんは殺人級にそれはもう心臓の血管ブチ切れレベルに可愛いんだから、魅了させちゃうのも当然というか地球上の全生物を虜にする兵器という名の魅力を持ってるんだからそれは仕方ないんだけど…………でも」


「ひっ!」


 神速で眼前まで迫り来た悪魔が、耳元で冷たく囁いた。


「アイちゃんの一番はお兄ちゃだよね? 仮に、仮だよ? あり得ないけど仮に、お兄ちゃん以上に愛する人ができたらそいつはもう…………斬っちゃうしかないね?」


 心臓を鷲掴みされるみたいに、ぞくりとした。


 この正常な思考力も失った焦点の合ってない目は、危険レベルマックス状態だとアイスケは経験上察知する。


「あ……兄ちゃん、違うんだ、この子とは偶然会っただけで」


「偶然会っただけでそんなキスするぐらい近づくの? 何? 外国人?」


「オ〜! イエース! アイムチャイニーズ!」


「チャイニーズはそんな近づかないから。ふざけないで。アツアツの小籠包口にぶち込むよ。你做好心理准备了吗?ニーゾーハオシンリージュンベイラマ(覚悟はできてる?)」


对不起(ドゥイブチー)!(ごめんなさい!)勘弁してください!」


 いつもなら笑ってくれるはずのギャグもカウンターブローで倍返しにされた。

 ちなみに、王族たるもの語学力を身につけるべし、という魔界伝統の英才教育を引き継いだ兄たちにより、幼い頃から中国語やら英語やらを頭に叩き込まれている。根っからの勉強嫌いなアイスケは、簡単な会話や挨拶程度のスキルしか習得していないが。


「で、この女狐はなに?」


 ゆらりとお化けみたいに顔を傾けて、ユウキはひまりを睥睨した。


「女狐言うなよ、この子はひまりちゃんだよ」


「ひまりチャンンン!? 名前でちゃんづけする仲なの!?」


「ちゃんづけしたのは今日で初めてだって! だからほら! こないだ助けた勇者の娘さんの、煌 ひまりちゃん!」


「それは見て分かるよ。俺が聞きたいのはアイちゃんとどういう関係であるかってこと」


「どういう関係って…………」


 何もやましいことはないはずが、この関係をどう言葉に表したらよいのか分からない。うーん、とアイスケは視線を彷徨わせる。


 そんな末っ子の反応に、ユウキはくわっ! と鷹の目のように瞳に険が帯びた。


「やっぱりやましいことがあるんだ………そうなんだ! アイちゃんは可愛く俺にすり寄ってきながら、裏ではこの女狐と愛の逃避行するつもりだったんだね!?」


「ねーよ!! 途中でおまわりさんに捕まるわ!!」


「ひどいよ!! 俺は愛人扱いだったんだね!! お寿司の中に入ってるギザギザの葉っぱみたいに、見栄えがいいだけで並べておいて、最後にはポイするつもりだったんだね!?」


「何その例え!? 分かりやすいけど」


「この女狐が握り寿司のアイちゃんのネタの奥にこっそり潜んでやがったわさび!! 姑息に隠れてアイちゃんと永遠に密着するつもりだったんだな!?」


「あの、私わさび嫌いです………」


「は? わさびで満足できないって!? まさか裸のアイちゃんを包む海苔になりたいっていうのかお前は!! 何て欲深い女だ恐ろしいっ!」


「落ち着け兄ちゃん!! いったん寿司から離れろ!!」


「ふざけるなふざけるなふざけるな!! 女狐めお前なんかガリだ!! 華もなく隅っこに影薄く置かれたガリだ!! アイちゃんに触れられることもなく存在も忘れられゴミとして廃棄されるんだ!!」


「おいこらガリ好きな人に謝れ!」


「今すぐ廃棄してやる………この俺が………跡形もなく…………ガッ!」


 ツノに太い癇癪筋が走ったかと思うと、その脳天から黒い影が押し潰した。


「ったく、ブラコンも大概にしなさいよね………」


 ココロだった。

 奇襲担当のユウキの頭上から拳打の奇襲をかけ、殺気をくるんだ瘴気も撒いた。


「アイスケおそ〜い! 時間にルーズな男はモテないぞ〜!」


 ユメカが路上の上の看板を忍者みたいにぴょんぴょんと伝って、飛び降りてきた。


「あ、あのぅ………」


 ずっと縮こまっていたひまりが、おどおどしながらアイスケの顔を覗いた。


「あー………ごめんね? 色々と」


 アイスケは表情筋が死にかけて、ひくひくと笑みが引きつる。


「面と向かって会うのは初めてだね…………こいつらは俺を含めて黒野家の四つ子。ちなみに俺が末っ子ね」


「よ、つご」


「似てるようで似てないけど………うん、一応腹の中から一緒にいた仲です」


「す、ごい」


「?」


 ひまりはぽかんと口を開けている。

 異なる目つきの四人を見交わして。


「すごい、すごいですっ!! 四つ子ちゃん………初めて見ました! 奇跡の子です!!」


 手を合わせて、まるで宝物を見つけた子供みたいにキラキラ目を輝かせている。


 そんなに珍しいことだろうか。奇跡の子、とは聞こえはいいが、アイスケにとっては生まれた時からの当たり前なので、ちょっと大げさじゃないかと笑ってしまう。


 だけど、ひまりの目の輝きは一層増していく。


 そういえば、この子は勇者の一人娘と聞いた。

 一人っ子からしたら、大家族は未知な存在に見えるのかもしれない。


「あ、あの! 改めまして、お兄さん、お姉さん! 煌 ひまりと申します! ふつつかものですが、よろしくお願いします!」


 いきいきとしたにっこり笑顔で、ひまりは丁寧にお辞儀する。


 その下で。ツノを押し戻され這いつくばるユウキが低く唸った。


「貴様にお兄さんと呼ばれる筋合いはないっ!」


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