第二十八話 お嬢様だってキックしたい
「あ、あなたはっ! みっ、みっ、未来の魔王様!」
「いや俺末っ子だから継ぎませんしなれません!」
無理難題な未来像を想像すると、秒速でツッコんでしまった。
黒血もろくに扱えない人界育ちの第八王子が、未来の魔王など、来年でなく百年後の事を言っても鬼は笑うだろう。
しかしこの子はどうだろうか。初めに未来の騎士と堂々と名乗った、満月の双眸を輝かせる勇者の一人娘、煌 ひまり。
さらにどういうことだろう。こんな可愛らしく気高いお嬢様が、パンツ丸出しになって器物損壊未遂を臆面もなく曝け出すとは。
ひょっとして自分は、超人気アイドルに隠された裏の顔並みに、見てはいけないものを見てしまったのではないか。
「あっ、あっ、改めまして、あの時はありがとうございました!」
ひまりはツインテールを回転させ、ぺこりと頭を下げる。
「そして、ごめんなさい………凛さん……私の、お世話係の人が、警戒してしまって。皆さんに、攻撃まで………」
「あーいいよいいよ! そりゃ、あの状況じゃ警戒されるし………翡翠を汚しちまったのも俺たちの原因だし。うぅ………アレって、結構な値だったりする?」
「いいえ、そんな。原石の三分の一もありませんし、たった八十万なので」
「はちじゅッ!?」
「すぐに新しく調達できましたので。だから、お気になさらないでください」
そのにっこり笑顔に、はい! と無垢な子供のように返事するほどアイスケの神経は腐ってはいない。
恐怖と罪悪感と安心感が入り混じって、か細い吐息が漏れた。
「それにしても、おかしいですね………」
ひまりは怪訝そうに自販機の方を向く。
「この前に車の中で見た方は、成功していたのに………」
「なに? また庶民の日常体験?」
「はい!」
「てっきり勇者一家の闇を目の当たりにしちゃったのかと………」
「煌一族は先祖代々光属性ですよ?」
「いや、そうじゃなくて…………じゃあ、今度は何やらかしちゃったの?」
何したの? とは聞かない辺り、この子の大胆な行動には不整脈を起こしかねないほど驚かされることが分かってきた。
なのにこの子はまた、褒められた幼稚園児のようにえっへん、と胸を張った。
「車で町を移動していた時に、見えたんです! 高校生さんらしき庶民の男の方が、このじとう……はんばいき、を蹴り上げて、下の取り出し口からジュースを取って豪快に飲んでいらっしゃったことを! こんな盛りだくさんの飲料水が格闘ゲーム感覚で飲めるじどうはんばいきをぜひ私も利用したいのですが、なかなか難易度が高いですね…………あなたは、得意ですか?」
「うん色々と間違ってるねぇ! どうしてそうなった!?」
「やっぱり、力の入れ具合が足りないのでしょうか? 分かりました………勇者の娘の名にかけて! 渾身の力を振り絞ります!! えええいっ!」
「ストップ! ストップ! 勇者の名が泣いちゃうよ!? パパ大泣きだよ!? お父さんはそんな子に育てた覚えはありません!!」
「ひ、ひまりのパパはパパだけですぅ! だ、第一あなたはパパと会ったことも…………ハッ! もしかして、あなたは………ひまりの、生き別れのきょうだい………?」
「ややこしいややこしい! マジな目で言わないで! ごめん! きみが冗談通じない人種だということに若干気付いていながら失言でした! そこは謝ります!」
むう? とひまりは無心な顔で首を傾ける。
やはり無垢なのはこの子の方だ。といっても神経が腐ってるわけでもなく、もっと並外れた、天然の、無自覚な方だろう。
ふう、とアイスケは息を吐く。
「よろしいですか、お嬢様。自動販売機、略して自販機というものはですね。お金を入れて中の商品を購入するという、完全有料のゲームでございます」
これ以上面倒ごとにならないためにも、アイスケは流暢に分かりやすくかつ執事風に説明した。
ひまりは先生の話を聞く子供みたいにうん、うん、と頷いていた。
「なるほどなるほど………勉強になります。王族生まれでありながら、やはりあなたは庶民の鑑! 立派な庶民代表ですねっ!」
「ウン、ハイ、もうそういうことにしときましょう」
「では、車の中で見たあの庶民の方は………」
「それは庶民より前に不良という類に入ります。支払い義務に反するルール違反者、一種の犯罪です」
「はっ、犯罪!?」
ひまりは頭を殴られたように目を見開いて、へなへなと腰を抜かしてへたり込んだ。
「み、未来の勇者であろう者が、は、は、犯罪に手を染めてしまうだなんて…………」
青白い顔で項垂れて、歯をガチガチ鳴らしながら震えている。
「わ、私はもう、聖剣を握る資格の剥奪どころか、人としての道も外してしまった…………! パパ、凛さん、ごめんなさい! 犯した罪を償うために、せめてもの責任を持って一人で自首してきますっ!」
「待って! やめて! 笑われるから! 違う意味で勇者の名が広まるから! ネタにされちゃうから! いったん落ち着こう! ねっ!?」
怯えた兎みたいに逃走しかけたひまりを、アイスケは全身全霊で取り押さえる。
本当に馬鹿正直というか、この子のリアクションはバリエーションが豊富すぎて、見ているこっちも忙しい。
「大丈夫! 実際きみはタダ飲みしてないし、何も知らなかったわけだしさ? 蹴っちゃった自販機さんにごめんなさいすればもう終わりっ」
「じ、自販機さん、ごめんなさい………」
「はい! よくできました〜」
パチパチと手を叩いて大げさにも褒めてやる。
とにかく世間知らずなお嬢様の暴走を食い止めたことに一安心…………と、アイスケは胸を撫で下ろす前に考えた。
世間知らずなお嬢様。
煌一族で、勇者の一人娘。
そんな女の子と、今、二人っきりだという身に覚えのあるシチュエーションを。
「あのー…………お嬢様、つかぬことを伺いますが………」
アイスケは冷や汗に塗れた青い顔でにっこりする。
「お世話係の方はお近くで?」
「いいえ。騎士団本部での用事が退屈だったので、こっそり一人でお散歩に来ましたっ!」
「うおおおおおおいっ!! あの鬼執事だけじゃなく本部の三十万人の騎士まで動かしちまってるじゃねーか!!」
「わっ、よく凛さんのあだ名を知っていましたね! でも、あんな優しい凛さんが鬼呼ばわりされるなんて、何だか不満です………」
「優しいのはきみに対してだけだと思うよ!? 出会った初っ端から聖魔法ぶっ放してくる気性の荒さというか警戒心の塊というか溢れる殺気というか、何というか、うん。ごめん、そのあだ名は何となく分かる」
「凛さんが怖いってことですか?」
「はい怖いです。今の状況も怖いです」
「安心してください! 携帯の電源もバッチリ消してきましたし、今回は翡翠も離さず持っています! これでのびのび自由時間を満喫しつつも、前のような失態は起こしませんっ!」
「家出スキルが上がってきてる………」




