第二十六話 助けての声
スマートウォッチの小さな画面をタッチすると、緑の光線が冴えて、光の波面から文字が鮮明に浮かび上がる。
四つ子はおっ! と目を光らせた。
至急依頼要請が四件もきているのだ。
この場合、依頼人も気が急いでいるので、唐突な無茶振りをされることも時たまにあるが、報酬も即表示されるという見どころもある。
「これじゃあ今日は仕事に飢えることもなさそうだね」
「さっそく内容拝見しますか!」
「じゃあ、先着順に読むね」
「おうよ! どんとこいっ!」
「D地区在住三十代男性。
アパートの壁が薄くて迷惑しています。何とかしてください」
「お、おう………可哀想だけど、そういうのは大家さんに言ってもらわないとなぁ」
「話し声や咳払い、テレビの音、全部筒抜けです。他にも、隣の住人がポテチを皿に入れる音、ポテチを噛み砕く音、ガムをクチャクチャ噛む音、スープを啜る音」
「隣の住人クチャラーじゃねーか」
「何かと一日中食べてるので夜も眠れません。こないだ、我慢できなくて壁ドンしたら、ゲップの音だけ返ってきました」
「きたねぇっ!」
「もう隣のクチャラーが許せないです。壮大な復讐をしたいです」
「何か目的変わってない!?」
「まず、クチャラーの家に侵入し、ありふれる食べ物すべてに下剤を仕込んで、一日中トイレにこもらせてその無様な呻き声を聞きたい………衰弱したところで、二度とクチャクチャできないように歯に接着剤を塗りたくって縫い付けて、目の前でヤツの好物ののり塩ポテチを片っ端から開けて食ってみせるまさに生き地獄!! そんな復讐劇にぜひ協力し」
「ハイ却下! クチャラー以上に危険な匂いがするのでブラックリストに追加!! 次!!」
「K地区在住二十代男性。
彼女が好きすぎて辛いです。何とかしてください」
「ハイ出たのろけ」
「彼女は美人で、とっても優しいです。地味で冴えない僕にはもったいないくらい素敵な女の子です。こないだも落ち込んでいた時、キミなら大丈夫だよって励ましてくれました。可愛い笑顔で、笑いかけてくれるのです」
「ハイハイ、ヨカッタネ、オシアワセニ」
「だけど、僕は彼女に触れることができないんです…………」
「えっ、何急に重い展開」
「彼女は美人で優しい、清楚系優等生のまりあちゃんです。僕の持つギャルゲーの中でも一番の推しキャラです」
「そっちの人種かっ!」
「まりあちゃんはずっとそばにいるよって言ってくれたのに………どうして眠る時はいつも一人なんだろう…………好感度も上げてデートイベントまでいったのに…………なぜ彼女の温もりを感じられないんだろう…………こんなにも好きなのに…………今日も愛おしいキミの水着姿に画面越しにペロペロハアハアクチャクチャ」
「却下!! 二度と関わりたくないタイプなのでブラックリストに追加!! 次!!」
「G地区在住二十代女性。
彼氏がクチャラーで困っています。何とかしてください」
「クチャラーはもう勘弁だ!! 却下!! 次!!」
「A地区在住四十代男性。仮名 クチャラー大魔王」
「もうやだあああああっ! 全員口閉じやがれええっ!!」
アイスケはすでに半泣きだった。
数分前の期待もトキメキも微塵に砕け散った。
やはり世の中は腐ってやがる、純粋に目を輝かせていた自分にそんな地獄のような現実が突きつけられた。
「以上ね。で、リーダー。どのクチャラーを選ぶ?」
「選べるかっ! ギャルゲーの選択肢みたいに言うなっ! つかこれ、至急依頼なんかじゃないだろ」
「そうだね。最後のクチャラー大魔王の人も、クチャラー仲間を増やしたいっていう布教活動の協力依頼とか書いてるし」
「どんな活動だ通報されっぞ」
世の中がそんなクチャラーに溢れてたまるか、とアイスケは忌々しげにスマートウォッチを睨みつける。
こんなマニアックな内容で報酬は乏しいという、とんだ空振り三昧の依頼だ。
まだ昨日の社長夫人の山中さんの方がよっぽどマトモに思える。報酬詐欺の件では人間不信になるほどのトラウマを背負ったが。その報酬も、こちらとしては上手く利用させてもらったわけだし。
「はぁ………掲示板の方見るしかねーか」
ファミリーズの掲示板には、基本的に助っ人や相談相手を随時募集されている。騎士団では相手にされないような、個人的な悩み相談や痴話喧嘩の仲介役も多かったりする。
「でも蜂の巣駆除とかゴミ屋敷の掃除とか、安値なうえに面倒な雑用ばっかりなんだよな…………ん?」
手首が振動して、四つ子はまた反応した。
次男のラムから、メッセージが来ている。
確か彼は、実験材料の調達とか言って、四つ子が起床した頃に出かけて行ったはずだ。
内容を見ると、「この至急依頼を引き継いでもらいます。拒否した場合は四つ子ちゃんには新薬の実験体になってもらいます♪」という脅迫文だったので、背筋が凍った。
しかし、引き継ぎ、ということは、ラムが個人的に受けた依頼だ。
それを何の相談もなしにメッセージで振ってくるとは、何だか妙な話だと思う。
とりあえず下にスワイプして、依頼文を読み上げる。
「C地区在住 三十代女性。梶山 広子、さん。
息子の引きこもりを治してあげてください。
息子は中学生ですが、半年以上も部屋に閉じこもっています。何度説得しても、母親の私の言うことには耳も傾けません。食事もあまり取ろうとしないので、このままでは健康面も心配です。ラムさんから、四つ子の皆さんはとても心優しいと聞き、息子と歳も近いので、あなた方の声なら届くと思いました。どうか、お願いします」
読み終えてから、しいん、と気の抜けたような沈黙が流れた。
さらに下にスワイプすると、詳しい住所と電話番号と、五万円の報酬額がすでに表示されていた。
「まぁ、相談にしては結構な額かと思うけど………今の状況からしては物足りないかもねぇ………」
「中学生ってことは、ラムお兄ちゃんの生徒さんかな? でも、何でいきなりユメたちに頼むんだろう………」
「………これは難易度高いわよ? 繊細な年頃っていうか、まぁ私たちも同年代だけど。とにかく精神的な問題でしょ………? 下手すれば悪化することだって………」
「お母さんの言うことも聞こうともしないのに、ユメたちの話なんて聞いてくれるのかなぁ………?」
「何ボーッとしてんだ、お前ら」
憂色を浮かべる三人の兄姉に、末っ子は喝を入れるように言い放った。
「さっさと行くぞ! 同じ地区で近くの住宅街だし、歩いて行ける距離だろ」
ピンクパンダのパーカーのチャックを首元までキュッと上げる。
三人の兄姉は口を開けて唖然とした。
この炎にさえ突き進むようなまっすぐとした末っ子の瞳は、もうどんな壁を前にしても止まることはない、疾風の弓矢と見知っているから。
「……………アイスケ。アンタ、随分自信あるようだけど、これが私たちにとって初めての挑戦だって、分かってる?」
「分かってるよ」
ココロの問いに、アイスケは淡々と、当然のように答えた。
「でも、聞こえるんだ」
小さな手を伸ばして、玄関のドアノブを握る。
「その文章から、助けてっていう声が。一番大きく。だから迷わない!」
力強くドアを開けた。
清冽な風に髪をなびかせ、朝日に照らされた少年の顔は鴇色に輝き、にんまりと勝気に微笑んでいた。
小さな小さな、ヒーローの出陣だ。
三人の兄姉が、安堵の微笑を漏らした。
「行こう。アイちゃんの予感は当たるからね!」
「アイスケのは嫌な予感、でしょ!」
「でも、不幸をラッキーに変えられたら、面白いよね〜!」
四つ子は順々に外へ向かって飛び出す。
三連休は終盤を迎えたが、大儲け計画はまだまだ、これから、足りないってぐらい、始まったばかりだ。




