第二十四話 煌家の鬼執事
【警告。C地区南部にて下級魔獣発生。瘴気周波数、危険レベル一。近隣地域の住民は警戒体制を敷くように。繰り返し警告】
魔法騎士団の本部に警報ベルが鳴り響いた。
各地に設置した瘴気センサーと対悪魔用AIで異常を察知し、危険レベルに入るものはいち早く発信する仕組みとなっている。
司令官がマイクに近づいて、声を発した。
「突撃部隊の第十一班、回復部隊の第六班、C地区南部へ出動せよ」
命令を受けた騎士たちは敏速に駆けた。
「頑張れよ」とすれ違いざまに他の班の一声に、ハイタッチして駆け抜けた。
「すみません、魔除けの札を購入したいのですが………」
受付に立ち寄った赤子を抱いた母親が言うと、受付嬢は優しげに微笑む。
「かしこまりました。それでは奥の販売センターまでご案内いたします」
魔除けの道具だけでなく、護身用の武器や、魔力を導入した特殊アイテム、魔具、さらに対悪魔の知識も詰めた魔導書、悪魔学書など、多種多様なものを販売センターは取り入れている。魔法使いのみならず、魔法を使わない一般人も、安全な暮らしを紡ぐためだ。
「勇者班が出張に行かれてもう三ヶ月か?」
休憩室で二人の騎士がおにぎりを片手に軽食を取っている。
「ああ。各地方の瘴気周波数の調査。今回は長いな」
「増援も多くないか? あの宝坂一族がほぼ全員出動だぞ?」
「あの一族は時空間魔法の手練れだからな。遠出の出張には必要不可欠だろ」
「まぁ…………他に何もなけりゃいいんだが」
「不安になっても仕方ないだろ。下っ端の俺たちにできることは、ここで従順に指示を待つだけだよ」
「はは…………にしても今日はまだ平和な方だな。ベルも一回しか鳴ってないし」
ドォォンッ!!
平穏な空気をぶち壊す地響きが、休憩室まで響いた。
向かいの医務室からだ。
「おい………あそこって、防音システムだった、よな?」
「ああ………鬼でも暴れてんの……かな?」
「全く異常が見当たらない………だと!?」
背中にギラつく大太刀を揺らして、床に亀裂を走らせ蹴りを入れる燕尾服の女性。
勇者煌家に仕える聖魔法の使い手、霧崎 凛。
眉にシワを這わせ、目を尖らせて凄まじい眼光を放っている。
その端麗な顔が鬼の如く険悪な形相を帯び、憤怒の眼差しを突き付ける先は、青白い顔に細身で生力のごっそり抜けた白衣の男。
名は伏見 忍。
見てくれはいかにも病弱そうな優男だが、実は回復魔法のスペシャリストで、回復部隊の隊長かつ医師免許も持ち合わせている。数多の心肺蘇生を成功させてきた「神の手を持つ者」の異名で、戦争時には悪魔から何度も殺されかけたほど才能に憎まれた男だ。
今では神樹ヶ咲総合病院に派遣されることも多く、医療従事者からの信頼も厚い。
「うん………隅から隅まで検査したけど、皮膚、神経、臓器、骨、脳、どこもかしこも魔障一つもついていない。数値も正常で、魔力も一糸の乱れもない。健康そのものだよ。この前も一字一句同じこと言ったんだけどね………」
伏見はか細く弱々しい声で皮肉っぽく言う。
その傍らでちょこんと遠慮がちに丸椅子に腰をかける少女。勇者の娘、煌 ひまり。
彼女がこうして防音設備のある医務室を貸し切って身体検査を受けに来るのは、今日が初めてではなかった。
今月で三回目である。
そして三回とも異常なしと呆気ないほどの検査結果の報告に、凛は冷静にはいられなかった。
「お嬢様は四月に入ってから、お労しいほど体調を崩されている! 魔法の特訓の際には食べてもないのに嘔吐され、就寝前には立ってもいられないほどの頭痛に苛まれていらっしゃるんだ!! それが健康そのものはずがあるか!?」
「嘔吐に頭痛、ねぇ…………確かに不調はあるみたいだけど………」
「だったらもう一度よく診てくれ! 貴様の出した効きもしない気休めの薬だけもらって帰れるはずもない!」
「でもさ…………全身のMRIにレントゲン、血液検査に魔力採取までして、これ以上どこを検査するっていうのさ………」
ぐ、と凛が傷口を突かれたように呻く。
伏見はうつむいて縮こまるひまりを一瞥して、重いため息を吐いた。
「ストレス、じゃないかな」
「は…………?」
「思春期の女の子でしょ。悩みの一つや二つ、あってもおかしくはないよ…………体に異常がなくとも、自律神経の乱れで嘔吐や頭痛を訴える患者なんて、こっちも吐くほど見てきたからね………」
「ストレス………?」
わなわなと凛の肩が震える。
目をぱちぱち瞬きさせ、困惑した子供のような顔をしていた。
「そ、そんな………ストレス? 私は、お嬢様の生活面に対して完璧な環境を整えているというのに………! 一流シェフの絶品かつ栄養豊富なお食事に、質の高くお嬢様好みのお召し物! 入浴の際もお嬢様のお好きなヒマワリの入浴剤に柚子も浮かばせている! そしてお嬢様に近づく悪い虫は一匹残らず完膚なきまで打ちのめして」
「そういう過保護なところがストレスになるんじゃないの?」
「ふぁッ!?」
凛の声が裏返る。
はああ、と伏見は大きなあくびをした。
「夜勤明けだっていうのに…………煌家の鬼執事を相手にしてちゃあただでさえ危ういボクの寿命が縮んじゃうよ…………キミの忠誠心は立派だけど、あんまり肩の力を入れすぎると視野が狭くなるだけだよ?」
「伏見」
不意に、凛の声色が変わる。
「あの検査も…………本当に、異常は、なかったん、だな」
怯えを隠し切れないほど、小さく震える声。
伏見は目を細めて、凛を見つめた。
「当たり前でしょ」
少し苛立つような言い方だった。
「いくら極秘の検査で、それが世界を揺るがすおぞましい可能性を秘めていたとしても、医者が嘘の結果を言うはずがないでしょ…………騎士団の誇りとか、世間からの目とか、そんなくだらないものにボクが怯むとでも思ってるの………? キミも知っての通り、ボクは望んで騎士になったわけじゃないし、戦いに酔って命を投げ捨てる騎士が大嫌いだ」
「……………………」
「だから正直に言うよ? ひまりちゃんの魔力に、影は見られなかった」
「でも、確かにあの時!」
「今のところは、の話だけど」
「!」
ヒュッ、と凛は息を呑む。
彼女を鬼と恐れる者たちからは想像もできないだろう、今にも泣き出しそうなほど、恐怖の光に揺れる瞳。
伏見は掠り声に近い小さな咳払いをした。
「まぁ、どっちの結果に転がろうが、この子の精神に関わっていることに変わりはないね………」
「私の…………せいなのか」
ふ、と伏見は小さく嘲笑の息を漏らす。
「あの石みたいに頑固で冷徹な男と、芯が強くて諦めの悪いボクの愛弟子の娘が、たかが従者のおせっかいで滅入るようなヤワとは思えないけど………」
「だが…………」
「ほら見てみなよ………もう忽然と抜け出してるじゃないか…………」
「ああ………確かに…………って、お嬢様ああああああああああ!? どこですかっ!? き、貴様気付いていながらなぜ止めないこのモヤシヤブ医者がああああああ!!」
「いや、ボクも今気付いたところで………ちょっと、刀振り回さないで、あんまり騒ぐとボク吐血しちゃうから………ウッ! ゲホッ!!」




