第十七話 Sランクミッション! 姉のパンツを盗め!
パソコンの画面を見て、アイスケは度肝を抜かれた。
そこに映っているのは、目鼻立ちが整った美肌の美女。小顔で首や腕も細いが、胸はふくよかで、その上に乗っかるキリッと細長い顔の三匹の猫。
「誰!?」
「山中さん」
「超別人じゃん!!」
「アイちゃんがそうしろって言ったじゃん」
「まさかここまでとは………」
想像以上、いや想像を遥かに超えた、まさに最高の出来だ。本物より二十歳くらい若く見えるし、細いし、猫もイケメンになってるし、でも乳はそのままという難題な注文をこんな短時間でこなすとは。サインのところも、ハートマークに「もえこ」の字で上書きされている。
「兄ちゃん最高!!」
「もっと褒めて~」
「よっ! やり手編集者! いい子だなぁ~よしよし~」
「ふあ~」
ミントの顔をふにゃふにゃと撫で回す。
これなら、それなりの価格で売れるかもしれない。今日の依頼、家宝までは届かなかったが、報酬ゼロというわけでもなさそうだ。
たくさん撫でられたミントは満足気にパソコンの方へ向く。
「あ、さらにね。さっそくオークションに出したらもう返信もきたんだ」
「はぁ!? もう!?」
アイスケは絶叫する。
「どんな風に出したんだ?」
食い入るように画面を見てみると、
『ニックネーム もえこ
こんにちは~♡ モデル目指しています二十歳の大学生、もえこで~す♡ 猫飼ってま~す♡
たくさんの人に応援してほしいなぁ♡ と思って、ブロマイド作っちゃいました~♡
買ってくれた人には、もえこのファン第一号として、たっぷり可愛がってあ・げ・る♡』
「いやもえこやべぇよ! モデルというより怪しいお店のおねーさんみたいだよ! 兄ちゃんのネカマっぷりすげえな」
「ありがとう」
「いや褒めてないし! っていうか、これ大丈夫? 通報されたりしない?」
「大丈夫大丈夫、ここのオークションセキュリティガバガバらしいから」
「それこそ大丈夫なの?」
「で、十万で出品したんだけど」
「十万!?」
「そしたらこんな返信がきたんだ」
ドキドキ画面を覗いてみると、
『ニックネーム ハアハアモブおじさん
も、もえこたん可愛いねぇハアハア。
おっぱいも大きいねぇハアハア。
おじさんさっそくファンになっちゃったよ。
でも、十万はちょっと高いかなぁ?
もうちょっと値切ってもらえるとおじさん即買っちゃうかも、ともえこたんの谷間を見ながらおじさん返信待ってますハアハア』
「いや完っっっっっ全にやべえ変態オヤジじゃねーか!! もう犯罪臭しかしねーよ!! もえこの乳ロックオンされてるよ!!」
「そうなの、こいつ変態オヤジのくせに値切れとか腹立つからさぁ」
「いやそこじゃなくて」
「だからこう返してやったんだ」
アイスケはうんざりしながらも、画面を見た。
『ニックネーム もえこ
え~、モブおじたんのケチ。ぷんぷん!
だったらしょうがないなぁ~。
もしお買い上げいただきましたら、もえこの愛用のパンツもおつけします♡』
「おいもえこおおおおおお!! いや兄ちゃんんんんんんん!! 何取り返しのつかねー取り引き始めてんの!? もうこれ援交じゃん!! 何か原形分からなくても山中さんに申し訳なくなってきた…………」
満面の笑みの山中さんを思い出すのも辛い。
「そ、それで、返事は……?」
聞くと、ミントはグッと親指を立てた。
「見事落札したよ。さ、アイちゃん。あとはパンツを用意するだけ」
「ねーよ!! どこにあんだよ女子大生のパンツとか!! うち男ばっかだし、あるとしても女子中学生のパンツしか…………ハッ!」
こくん、とミントは鷹揚に頷く。
まさか、そんな、おぞましい手段を。
「今ココちゃんとユメちゃんお風呂でしょ。今がチャンス!」
「いや無理っ! 死ぬよっ! 見つかったらあの凶暴姉妹にめった撃ちにされるよ!! っていうか姉ちゃんたちのパンツじゃ女子大生には無理があるし………」
「ロリ巨乳型女子大生って追記しとくから」
「やめてええええっ! その単語トラウマだからああああ!」
「アイちゃん」
ミントが肩をぽんぽんと叩く。
「金になるなら何でもするって、言ったよね?」
ああ、やはりこいつは性根の悪い悪魔だ。
アイスケはその寒気がするほどの冷笑を見て、確信した。
右、左、後ろ、敵なし。
アイスケは四つ子部屋の前で周囲を隈なく見渡した。
姉のパンツを、盗む。
これは今までのどんな依頼よりも危険度の高い、Sランクミッションだ。
見つかれば、半殺し。しばらくはゴミを見るような目で見下ろされ口もきいてくれないだろう。
だが、オークションはすでに落札してしまった。もう後に引けない。
アイスケは意を決して、ドアノブを捻った。
ぎぃ、とドアの隙間から覗く。
四つ子部屋、人の気配、いや悪魔の気配なし。
最終確認、右、左、後ろ、確認。
いざ、突撃!
部屋に入りドアを閉めると、素早い足取りかつ音を立てずに、床を歩く。
「よしっ」
姉妹ゾーン、侵入成功。
(お。みかんの香り)
布団にいる時でもほのかに感じる甘酸っぱい香りが、ここでは一層濃い。
そういえば、柑橘系のアロマは疲労回復効果があるとか何とか姉二人は言っていた。
(ってそんなことよりも!)
酸っぱさなのか、緊張感なのか、無意識に込み上げてきた唾液を喉に押しやった。
ピンクと白の色合いにハートのつまみが縁取られたラブリーなタンス。
ここに今回のミッションのターゲットが。
十万の取り引きの決定打となるブツが。
汗ばんだ手をズボンで拭い、すー、はー、と大きく深呼吸をする。
「失礼しまーす………」
と大胆な行動を丁寧な口調で調和したつもりで、引き出しを開ける。
下から二番目。ココロがお風呂前によくここを開けていたような………。
(ビンゴ)
そこには一面のブラジャーと、パンツの山。それぞれ分けて並べて綺麗に整理されている。
ちなみにココロに狙いを定めたのは、彼女の方がおしゃれに敏感であるからだ。その分、バレた時の制裁も致命傷だが。
(う、わぁ………)
これは姉の。凶暴姉貴の。色気のかけらもないペチャパイ姉貴の。
そう心に言い聞かすが、こんなに大量の女の子を下着を前にしてはやはりドキドキが止まらない。
とりあえず適当に白い肩紐をつまみ上げてみる。
(ちっちゃ!……………もうノーブラでもよくね?)
なんて口で言ったら後ろから刺されそうなくらいの失言だが、姉のブラジャーの面積は子供の拳すら隠し切れないくらい狭く平べったい。
これはAカップにすら届いてないのではないか。
(うえぇ! こんなんも着てんの?)
サイズは小さいが、薄地のレースで透けた黒いランジェリーのブラジャーを手に持って、アイスケはギョッとした。
いつも隣で不機嫌な猫みたいに澄ましているココロが、服の下ではこんなセクシーな下着を着ているのか…………。
(って想像すんな! キモい! 俺キモい!)
それに今のターゲットは、Aカップ未満のブラジャーではない。
アイスケは左手前側のパンツエリアの方を物色する。
小さなリボンが飾る純白なもの。ピンク色の下地に黒いハートマークがぎっしり詰まったもの。フリルがいっぱいの苺柄のもの。
(ど…………どれも女子大生には無理がある!! まずサイズがちっこい!! 姉ちゃんケツまで幼女体型だよ!!)
がむしゃらに漁っていると毛糸のパンツまで出てきた。サイズはゆったりしているが色気はゼロ。論外。
(くそーっ! やっぱユメカ姉ちゃんに……!)
アイスケは息が詰まる。
トン、トン、トン。部屋に近づいてくる足音。
(やべっ!)
とにかく隠れなくては───と衝動的に身体が動いて姉のクローゼットの中に身を潜めた。
(って俺のバカ!! 何でここに隠れた!?)
手には苺柄のパンツ。
この状態で敵の巣に潜り込んでは自首しているのと同じようなものだ。
タコ殴りの刑の執行が足音と共に迫ってくる。
ドクッ、ドクッ、と恐怖が激しく胸の底で蠕動する。
ガチャ、とドアが開いて、足音は部屋の中に入った。
おそるおそる、アイスケはクローゼットの隙間から覗いてみる。
ふわふわの綿菓子のような髪が目に飛び込んだ。
姉ではない。兄のユウキだ。
(なぁ~んだ、ユウキ兄ちゃんかぁ)
ホッと胸を撫で下ろす。
ブラコン兄の彼は、いつもアイスケの味方だ。
姉二人とのいざこざの時も、よく間に入って取り持ってくれる。
きっと事情を話せば理解してもらえるだろう。
(優しいお兄ちゃんでよかった!)
安心したと同時に、ふと、目に見える異変を感じる。
兄が見たこともない黒い巾着袋を手にぶら下げて、男組のタンスの前にしゃがみ始めたのだ。
お風呂に行く準備だろうか。
だが、あの低い位置はアイスケ専用の場所だ。
それに何だか雰囲気が怪しいような…………顔がものすごくにたついているような。
「!?」
そこで見た予想外の場面に、アイスケは絶句した。
「アイちゃんのパンツ………ハハ………ハハハハァ………かぁ~わいぃぃ」
ユウキはタンスを開けると、小さなパンツを物色していた。
ニタニタといやらしい目つきで笑い、ハアハアと息を荒くしてパンツを嗅いでは、巾着袋に詰め込んでいる。
(姉のパンツの前に俺のパンツが盗まれてる────っ!?)
通りで最近、パンツの減りが早いと思ってた。風で洗濯物が吹っ飛ばされたのかな? と呑気なことを考えていたが、まさかこんな変態犯がいたとは。
「俺のアイちゃんはパンツまで可愛いなぁ。撫で回したくなるよ」
(キッモ!!)
「でも本当に撫で回したいのは、アイちゃんのすべすべのお尻だなぁ………この後の一緒のお風呂、楽しみだなぁあイヒヒィ」
(よし、ケツに鉄板つけよう)
「すぅー、はぁ~……」
(嗅ぐなっ!)
「ハァ………せっけんの香りもいいけど、脱ぎたてのパンツもほしいなぁ」
(おまわりサァンこっちですッ!!)
変態犯の呟きに心の中のツッコみが止まない。
「ねえアイちゃん。今日は本当に疲れたね」
(えっ、何パンツに向かって語りかけてんの。俺とリンクしちゃってんの)
「あんなに働いたのに、報酬が露出狂おばさんの写真一枚だけだなんて…………アメリカだったら裁判勝ってるよ」
(それは同意見)
「でも、アイちゃんのロリ巨乳が見れた。乳を揺らしながら水飛沫を浴びるアイちゃんが見れた。あんなに素晴らしい絶景、生まれて初めてだよ。だから、全部が悪い思い出じゃなかったんだ」
(俺は悪い思い出しかないけどねっ)
「こんなチャンスを与えてくれた神様に感謝しないとねっ」
(やめろーっ! そんなラッキースケベ引き起こす神様がいてたまるかーっ!)
心の中で声を荒げて叫ぶアイスケ。
もはや今、自分が何と戦っているのか、目的すら分からなくなってきた。
「さ、そろそろいこっか。アイちゃんに見つかったら何て言われるか…………でも顔を真っ赤にして怒るアイちゃんもかわいぃ………エヘヘ」
イケメン台無しの下卑た笑みを浮かべ、ユウキは巾着袋をギュッと握りしめて部屋を後にした。
「……………ぷはぁっ」
ようやくクローゼットから脱出し、新鮮な空気を吸い込む。
「……………こわっ」
家庭内ミステリーの現場を生で見てしまった。
それも自分が被害者の。
とりあえず、対策として引き出しに鍵をかけようと思う。
(いや、ちょっと待てよ………)
アイスケは思考を巡らす。
(俺はともかく、姉ちゃんたちのパンツが減ったらすぐバレんじゃね………?)
さきほど、パジャマを見せ合って騒いでいた姉二人を思い出す。
おしゃれ大好きな姉たちは、二人で一緒に買い物するのが日常でもあり趣味だ。服やカバン、アクセサリー、そして下着の買い物も。
そんな女子力の高い二人が、パンツ一枚減ったことに気付かないはずかない。
それに。
(俺はあんな変態兄貴みたいにはなれねぇ………)
意気消沈したアイスケは、姉のパンツを引き出しに戻すと、静かに部屋を出た。
Sランクミッション、撤退に終わる。
「あれ? アイスケ。何そんなとこで突っ立ってんのよ?」
「ひいいぃぃぃぃっ!」
アイスケはカエルのように飛び跳ねた。
パジャマ姿の姉二人が立っている。
お風呂上がりで、まだ髪が少し濡れており、シャンプーのいい香りがした。
「何よそんなに驚いて………」
「女の子に向かって失礼だよ~」
「ご、ごめん………」
さっきの自分の行動を思い出すと、気まず過ぎて目が合わせられない。
「ちょっとアンタ…………まさか」
ココロが何か勘づいたような口調で、一歩こちらに歩み寄り、ひぃ! と背筋が凍った。
(バレ、た!?)
眉を吊り上げて、探るように目を光らせた姉はずんずんと詰め寄ってくる。
(ちっか!)
鼻と鼻がくっつくくらいのゼロ距離に、もはや命乞いする猶予もない。
しかしこうして見ると、ココロはやや吊り目だが、つぶらな瞳の愛嬌たっぷりなユメカに引けを取らないほど目力の強い大きな瞳で、可憐な美少女と断言できる。そう言ってみたらタコ殴りからアッパー一発に減刑してもらえるだろうか? なんて甘いことを考えていたが。
コツン、と額と額が触れ合う。
アイスケは覚悟を決めてキュッと目を瞑った。
「よかった、熱はないみたいね」
「……………………へ?」
目をぱちくりさせる。
「顔色悪かったから、熱でも出たかと思ったのよ。ほら、アンタ今日びしょ濡れになったじゃない………小さい頃から風邪引きやすいんだから………無理するんじゃないわよ?」
ココロは母性溢れるような温かな眼差しで、紅潮した頬を緩ませ小さな口が綻びた。
「ココロちゃんお母さんみたい! やっさし~!」
「う、うっさい! 姉としての心配よ! べっ、別にこれくらい普通だから!!」
ココロがさらに赤くなって言うと、ユメカはキャッキャと笑った。
「……………………うっ」
アイスケは氷が溶けるようにつーっと涙を流し、ひっく、ひっく、と嗚咽が迸り出た。
「うわあああああああん!! 姉ちゃんごめんなさいいいいいい!! だいずきいいいいいいっ!」
けたたましく泣いて、二人の姉に抱きついた。
「ちょ、ちょっと何よいきなり!?」
「あはははっ、アイスケ赤ちゃん返りだ~!」
姉たちは言いながらも、頭を撫でてくれた。
その温もりに、余計罪悪感が増して、胸がチクチクするけれど、その痛みさえも包み込んでくれるようだった。
自分は、何て愚かなことを考えていたのだろう。
凶暴だけれど、こんなに可愛くて、優しくて、いつも心配してくれる、大事な姉たちのパンツを、犯罪臭溢れるハアハアモブおじさんにくれてやるなど。
絶対に、許されるものか。
アイスケは涙しながら、己の行為を恥じた。
(オークション、取り消してもらうか………)
トボトボと歩いていると、階段側の壁の隅っこに目が止まった。
一枚の布切れが落ちている。
つかみ上げると、うんこディア仮面の顔がたくさんプリントされたボクサーパンツだった。
この究極にダサいデザインは非常に見覚えがある。
「あれ~、俺のパンツどこいったぁ~? うんこディア仮面~? うんこぉ~? どこぉ~?」
階段の踊り場で、コウガが素っ裸でキョロキョロしていた。
「くっそ~、どこに落っこったんだぁ~? 早く風呂行きてぇ~よぉ~、さみぃ~よ風邪引いちまう~…………あ! バカは風邪引かねーってフウちゃん言ってた! 俺天才だから引いちまう! やっべぇ!」
コウガは裸のままどんどんと足踏みする。
「おーいコウガ!! さっさと風呂行くぞ!!」
下からフウガの苛立ったような叫び声が飛んできた。
「あーい!! ま、いっかぁノーパンでも! 喧嘩上等! ノーパン上等!」
そう大きく頷いて、ドタバタとコウガは階段を駆け下りる。
「…………………………」
「えっと…………アイちゃん?」
ミントは戸惑うように首を傾げた。
「何で姉のパンツが、兄のパンツになったのかな?」
アイスケが持ち帰った約束の戦利品は、うんこづくしのボクサーパンツ。
「いや、何か………」
アイスケは正座しながら、ぼそぼそと言った。
「一番、罪悪感湧かない選択肢かなぁって、思って」
二人はしばらくの間、並べたパンツと合成写真を眺めていた。
「………………ダッサいね」
「………………うん」
「………………コウちゃんの趣味だもんね」
「………………うん」
「………………もう、これでいっか」
「………………うん」
半ばヤケクソに頷き、こうして十万円の取り引きの準備が整った。




