第十六話 誰でもいいから金をくれ
「「「「ただいま」」」」
憔悴しきった顔の四つ子が帰宅する。
ふらふら、ふらふら、千鳥足で靴を脱いで廊下を渡る。街をぶらつくゾンビ軍団のように。
「おかえりなさい」
青いエプロン姿のベリーが出迎えた。
「あれ! ちょっと、アイスケ! 服ボロボロじゃないですか! あとで繕ってあげますから、リビングに置いときなさい」
「ありがと…………」
「ところで、社長夫人からの依頼はどうでしたか?」
「聞かないで…………」
力ない返事に、ベリーはぽかんと口を開けた。
ドアノブに手をかけようとしたら、手洗いうがいが先でしょう! と注意され、しぶしぶ洗面所へ向かう。
「……………………」
鏡を見ると、四つ子はみんなやつれた顔をしている。青白い顔色に、眉間のシワ、不機嫌な子供のようにへの字にひん曲がった唇。
「ぷふっ」
それがあまりに似ているものだから、四人とも一斉に吹き出した。けらけらとお互いの顔を見ては、指を差して笑う。その笑い声に釣られて、またどっと沸く。家に帰ったら、悲しみなんて呆気ないほど吹っ飛んでしまったのだ。
リビングに入ると、キッチンからスパイシーないい香りがした。
「今日はカレーですよ」
大きな鍋におたまをかき混ぜながら、ベリーは言った。
「っしゃぁ! もうお腹ペコペコだぁ~」
「ユメもー!」
「いやお前はバーベキュー食いまくってただろ!!」
「もう消化しちゃったもんね~! それにバーベキューよりベリーお兄ちゃんのカレーの方が美味しいもん!」
ベリーがくすくすと笑った。
我が家では、カレーは週三のペースで出る。
ベリーが人界に来て最初に覚えた家庭料理らしい。今では彼自身で好みのスパイスを調整していて、正直言うと、そこらのカレー専門店に負けないくらい美味しい。
「まだみんな帰ってきてないので、お前たちは先にお風呂にいってらっしゃい」
「は~い! ココロちゃん! 一緒に行こ~!」
「いいけどちょっとでも噛み付いたら裸のまま追い出すから」
「え~!」
ユメカとココロがバタバタと階段を上る。四つ子の部屋は二階の突き当たりにある。
アイスケは上る前にふと思い出して、リビングを覗いた。
「そういえばベリー兄ちゃん、今日は神社のタヌキ退治だったっけ?」
お供物をくすねるタヌキを追っ払ってほしいという依頼が神職さんからきていた。
ちょうど非番だったベリーが引き受け、朝一番に神社に向かったのだ。
「ええ、すぐに終わりましたよ。ちゃんとこらめして、獣避けの線香も焚いておいたので、もう来ないでしょう」
「そっか。ちなみに依頼料は…………?」
ベリーは困ったように眉を下げる。
「僕も期待してたんですけどね。所詮タヌキ避けですから、お小遣い程度しか」
「あーマジか………」
「そこの引き出しに保管しているので、あとで確認しといてくださいね」
「了解。ラム兄ちゃんは?」
「相変わらず研究室にこもってますよ。まぁ夕ご飯の時には引きずり出しますから」
「あー、あの極秘の………ハッ!」
言いかけて、口を押さえた。
「極秘?」
「な、何でもねー!! 部屋行くわ!」
慌てて階段を駆け上った。
あの様子だと、ベリーも知らないようだ。魔法知識を覆す最高傑作を生み出すかもしれない、極秘の研究のことを。応援すると約束したわけだし、結果が出るまでは兄弟の間でも黙っておいた方がよさそうだ。
だが、少し気になる。
「開けるな危険」の貼り紙が貼られた研究室の鉄扉の前まで行き、二回ノックをしたが、無反応。
そーっと中を覗いてみると、
「はは、ははは、あははぁ、いひひひひひっ」
何やら紫じみた煙をもくもくと漂わせて煮えたぎる鍋を掻き混ぜながら狂笑する悪魔の姿が見えたので、そっと扉を閉じた。
見なかったことにしよう。
「見て見て〜! ココロちゃん! こないだ新しく買ったパジャマ!」
「へえ、フリルのフード付きね。なかなか可愛いじゃない」
「えへへ~! ココロちゃんのは~?」
「私はこれ」
「わ~! 可愛い~! 黒とピンクの組み合わせ、ガーリーでココロちゃんに似合う~!」
「でしょ」
姉二人はタンスの前でキャッキャと騒いでいる。あのハートやリボンが縁取られた、ファンシーなタンスとクローゼットと鏡は、姉二人専用のもので、男子禁制の姉妹ゾーンとなっている。
だが四つ子は四人一部屋なので、間取りも余裕がなく、うっかり侵入しては怒鳴られたりすることもしょっちゅうだ。
兄のユウキがスマホを見てへらへらしている。ちらっと覗くと今日一番のトラウマだったスイカおっぱいの写真が見えた。ツッコむのも面倒くさいので、これも見なかったことにしよう。
「アイスケー、あんた先に入りなさいよ」
「いや、いいよ。だいぶ乾いてきたし。姉ちゃんたち先に行って」
「でも………」
「リーダー様は忙しいのっ」
きょとんとする姉たちに、ふふーんとアイスケは鼻を鳴らして胸を張った。
リュックを置いて、部屋から出る。
本音を言うとすぐにお風呂でさっぱりしたいのだが、リーダーとして先導すべき仕事が一つ残っているのだ。
向かう先は、双子の部屋………の隣、年長組の四人の兄の部屋だ。ドアをノックすると、どうぞー、とのんびりした声が返ってきたので、開ける。
いたのはミント一人だ。
布団を敷いて、その上にうつ伏せに寝転がり、カタカタとノートパソコンのキーボードを叩いている。パジャマ姿で、ボサッと寝グセもついていた。床にはスナック菓子の袋や開きっぱなしの漫画が散らかっている。朝起きて、部屋にずっと引きこもっていたことが一目瞭然だ。
「まぁ、ミント兄ちゃんに働けっていうのは、ナマケモノに走れっていうのと同じくらいの難易度だから、仕方ないけどさ………」
「え? でも俺ナマケモノよりは可愛くない?」
「自分で言うな! …………まぁ可愛いけど!」
アイスケはヤケクソにため息を吐き出す。
本当に、黙っていたら超絶美少女だ。
実質兄弟のカードを悪用するヒキニートだが。
「でも、そんな兄ちゃんにもできる仕事を頼みたい」
言いながら、アイスケは今日の依頼人、山中さんのブロマイドを兄に手渡した。
「え? 何これ。十八禁? ダメでしょ中学生がこんないかがわしいもの持って」
「そのいかがわしいのが今回の報酬だったんだよ!」
「えぇ、うわぁ、可哀想に………でもこれを俺にどうしろと?」
アイスケの瞳が、欲望に燃える。
「何としてでも金に変えたい」
そんな物騒な宣言を表明した末っ子に、ごく、とミントは喉を鳴らした。
「兄ちゃん、編集とかコラ画像とか得意だろ? 原形が分からないくらい加工しまくって、ついでに猫の方も、あとサインも消して。そんでいい感じの巨乳の美女ブロマイドにしてオークションに売りたい」
「アイちゃん…………そんな裏社会の人間みたいな手口を使うなんて…………」
「金になれば何でもするんだよ…………」
「天使みたいな可愛いアイちゃんが………こ、こんな悪魔みたいな子になるなんて!」
「いや元から悪魔だから!! 一家の存続のためなら多少汚い手も使うんだよ! とにかく頼んだぞ!」
はぁい、とミントは覇気のない返事をする。
少し心配だが、兄の腕を信じよう。今日の丸一日つぎ込んだ四人の努力を、決して無駄にはしたくないのだ。
「たっだいまぁ~!! 愛しの双子ちゃんが帰って来たぞ~!! ヒュ~ッ!」
コウガの馬鹿でかい声は二階まで突き抜けて届いた。
アイスケは跳ねるように反応して、急いで階段を下りて、リビングを駆け抜け、玄関の方へと出迎えた。
「おかえりー!! 聞いたぞ! 工場の袋詰めのバイト、即日採用されたんだってな! すげーぞ兄ちゃんたち!!」
「へっへっへ~! 俺とフウちゃんにかかればこんなの余裕だぜぇ!!」
「シフトは決まったのか!?」
「即働いてほしいって言われてさぁ!」
「えっ! 今日から入ってたのか!?」
「おうよー! 天才だろぉー?」
「天才天才! 時給いくら!?」
「じきゅー? フウちゃん、じきゅーって何だっけ?」
「千二百円」
「せんにゃくえん! じきゅーせんにゃくえん!」
「おぉ~! 結構するじゃん!」
「一時間もしねー内にクビになったけどな」
「そっかぁ! クビになったのかぁ! ……………へ?」
アイスケは口を開けたままフリーズする。
フウガは噛みつくような目で、あ? と睨んできた。冗談でもない顔だ。
「へ? へ? 何で? クビって…………っていうかコウガ兄ちゃんは何でそれで上機嫌なの?」
「へぁあ?」
コウガはオウムが呻くような素っ頓狂な声を上げる。
「え………えっ! 俺らクビになったの!?」
「ああなったよ。なったのに全く分かってねーでハイテンションなクソバカに一から説明すんのも面倒くせーから、そのままチーズバーガーやけ食いしてゲーセン行ってクレーンゲーム不発しまくって帰ってきたんだよ」
「何そのアホみたいに無駄な出費!? ヤケになりすぎだろ!!」
「えっ! えっ! でもクビとか言われてねーじゃん!! もう来なくていいよってしか言われてねーじゃん!!」
「コウガ兄ちゃん………世間ではそれをクビって言うんだよ」
と、救いようのないアホに優しく教えてやる。
「えっ! マジで!? 何で!? 何でクビになったの!?」
「全部テメェのせいだろーが!!」
フウガは烈火の如く怒鳴って、怒涛の一日について語った。
『いやぁ、こんな急な頼みなのに、すぐに来てくれて本当に助かったよ。アルバイトの二人が駆け落ちして行方不明になっちゃって、一時はどうなるかと思ったけど』
工場長はよく笑う穏和そうな小太りの男性だった。
『さっそくで悪いんだけど、まずは、そこのキュウリをニ本ずつ袋に入れてもらって、シールを貼ってもらっていいかな? もし傷んでいるものや曲がっているものがあったら、そこの赤色の箱に入れて分けておいてね』
テーブルの上にはどっさりとキュウリが山盛りになっている。
袋詰めのバイトは何度か経験している双子は、これが想像するよりもずっとキツいことを知っていた。立ちっぱなしで同じ作業の繰り返しで、根気強さや集中力も必要だ。
正直に言うと、じっとしていることが嫌いな双子にはあまり向いていない仕事だ。
だが、大儲け計画が始まった今、他の助っ人依頼を待つ悠長なこともしていられなかった。
即日採用、即日勤務、こんなおいしい話に乗らないわけがない。
似合わない白衣作業着に衛生帽子、マスクをしっかり身につけ、双子はやる気満々に頷いた。
『最初はそんなに難しい作業はないと思うけど、もし分からないことがあったら聞いてね。すぐ隣の部屋にいるから』
そう言って、工場長はくるりと背中を向けた。
『あ?』
コウガがきょとんとした。
工場長の透けた帽子の中の、ずれ落ちたカツラと剥き出しの頭皮を見て。
『こうじょうちょー! ハゲ『ああああああああああああああああああ!!』
コウガのド直球の言葉をフウガの奇声が遮った。
『ん? 何だい?』
工場長はにっこり笑顔で振り返る。すでに前もテカっている。
『こうじょうちょー! めっちゃズレ『うおおおおおおおおおおおおおお!!』
フウガは声が枯れるくらい張り上げて、禁断の言葉を封じる。
『ちょっとフウガくん、いくらマスクしているからって、食品工場でそんな大声出しちゃダメだよ』
『…………………スンマセン』
くそぅ、とフウガは小さく舌打ちする。
キッとコウガを睨んで、こそこそと耳打ちした。
『いいかコウガ。それ以上は何も言うな。絶対だぞ』
『え、でもハゲ』
『ハゲじゃねえ。アレはファッションだと思え』
『ふぁっしょん?』
『そうだ。あえてズラしてアンバランスにした奇抜なファッションだ』
『おー、なるほどなぁ』
うん、と素直に頷いたコウガにホッと息をついたフウガ。
『こうじょうちょーっ!』
馬鹿でかい声に工場長はもう一度振り返る。
『そのきばつなふぁっしょん、似合ってるぜーっ!』
『おい!』
『でもなぁ、ズラすなら縦より横の方がいいと思うんだよなぁ』
と言いながら、コウガは何の躊躇いもなく工場長の衛生帽子を剥ぎ取って、カツラを上下から左右にズラした。
つるつるの頭皮を晒された工場長は、軽い痙攣を起こし始めている。
『んぁ? 何だこりゃ』
頭頂部に、一本の薄い毛が僅かに揺らいでいる。
『やっべっ!! ひじき生えてんぞっ!』
ブチ、とコウガはそれを手荒く引っこ抜いた。
『わ、わ、私の…………唯一の毛が…………』
追い討ちをかけるように、作業着を着た三人の男女がエアーシャワールームをくぐって入ってきた。
『工場長ー、この資料なんですけど…………ってわ! ハゲてる!!』
『おっ、おい………そんなハッキリ言うなよ………ぷぷっ』
『お前も笑ってんじゃねーか…………ふはははっ』
『工場長…………月一で散髪に行ってるって言ってるけど………ぜ、絶対嘘じゃん! くふふふっ』
『やべ………笑い止まんねっ…………ぎゃはははっ』
周囲からの嘲笑に震え上がる工場長は、振り返ると、穏和のおの字も死んだ真っ黒い笑みで言った。
『二人とも…………もう来なくていいよ』
話を聞き終えたアイスケはガクッとうつむいた。
悲劇なのか、寸劇なのか、もはや判断がつかないが。
結果的に、絶好のチャンスを一瞬で逃してしまったわけだ。
「でもよ~、あのままほっといてもこうじょうちょーのハゲばれんじゃんアレ」
「バレるのとバラすのじゃ違ぇんだよ!! 最後の一本まで引っこ抜いた時点でアウトだバカ!」
「えっ、アレひじきじゃねーの!?」
べちゃくちゃ話しながら、双子は洗面所に入った。
あーあ、とアイスケは肩を落とした。
大儲け計画一日目、失敗に終わるか。
バニラは騎士団の当番だし、ラムとミントは引きこもりだし。
「アイスケ」
リビングからベリーが顔を出す。
「ミントが呼んでますよ。何かよく分かりませんが、最高の出来だとか」




