第十八話 凛の決意
電話が繋がったのは、四度目にかけた四コール目だった。
「お嬢様!! お嬢様!! ご無事ですか!?」
凛は校内を疾駆しながら、スマホを耳に当て、声を激した。
『凛さん………はっ、はい! 大丈夫、です』
聞こえた。尊き主の、ほのかに甘い声が。
それだけで、胸にぽっかり空いていた穴が塞がった気がした。
「学園外へ向かわれているようですが………教師と共に避難されているのですか!?」
と、GPS画面の中に動く点をなぞるように視線を動かす。
しかし、お嬢様の足でこの速度は速すぎる。教師の手で運ばれているのか………つまり、容態が良くない!?
「お嬢様ッ!! この凛がすぐに向かいますッ!!」
凛はさらに声を激した。
お嬢様は少し驚いたように息を呑んで、
『だ、大丈夫です! いっ、今、その………助けてくれている人が、いて………』
「誰です!?」
『えっと、その………』
えへ、とお嬢様は照れ臭そうに笑った。
『アイスケくんの、お姉さんです………』
ぶちり、と額に癇癪筋が張った。
「直ちに向かいますッ!!」
一言叫んで、凛は電話を切った。
はあ! と苛立だしげにため息を吐き出す。
学園の教師に保護され、避難している最中──そう答えたならば、まだ胸がすく思いであった。
だが、相手は魔王の子だ。
確かにお嬢様のことでは深い恩がある。
が、あの野蛮な兄弟に、お嬢様を護衛できるほどの良識は考えられない。
自分がしっかりしなくては。
いかなる状況でも主を救い出すことが己の使命だ。
視界に埋まる魔獣の群れを前に、凛は決死の覚悟で頷いた。
大太刀の柄を握りしめ、鞘に収める。
(秒殺だ)
掌をかざすと、空の太陽よりも勝る一閃が瞬いて、烈烈たる光が全方面に羽ばたいた。
辺り一面に広がる黄金の光が、淀んだ霧を飲み込み、掻き消す。
ジュゥゥゥゥ、と焼きごてで押し潰すような焼ける音と、醜い呻きを最後に、悪魔の大群は、千切れた尾だけに成り果てた。
闇を打ち消し浄化する聖魔法にして天性血統、月詠。その力を与えれし者は勇者の血統、煌一族のみだが、凛は煌の人間ではない。
煌の遺伝子を組み込まれた、かつて起きた酷い研究の中の実験体であった。
「ひっ………!」
唐突に、魔獣ではない声が、それも、高くあどけない声が耳に走ったので、凛ははっと息を呑んだ。
声の方へ辿る。池を越えた、校庭にそびえ立つ楠木の後ろに、小さな人影が見えた。
まだ七、八歳くらいの、幼い少女だった。
凛の顔を見ると、ひっ! とまたビクつく。
「こんなところで何をしている。教師から保護されていないのか?」
「ぁ、あっ……」
少女は辿々しい声を出して、震える唇を開く。
少しだけ、お嬢様と重なって見えた。
「先生はっ………いたん、だけど………」
少女はようやくして言葉を紡いだ。
「警報がっ………なる、前に……友達のっ………りこちゃんが…………飼育小屋へ、行くっていってた、から………」
「飼育小屋? どこにあるんだ?」
「A棟の………近く………」
「なっ………!」
ファイアドレイクの出所である。しかも凛の向かう目的地とは反対方向だ。
「なぜ教師に言わなかった!?」
ひぃっ! と少女は涙目で慄く。
むぐ、と凛は唇を噛み締めた。
怖がらせるつもりはなかったが、どうやら自分は無意識に圧を出してしまうようだ。
「お前も、友達も、教師とはぐれたということか………?」
「あっ………はい…………パニックに、なっちゃって………先生にも、言えなくて………でも、りこちゃんとっ………電話も、繋がらなくて………心配だから………助けに行きたい……けどっ! 魔獣が、多くて………どう、したら、いいか………」
「ちなみに聞くが、お前とその友達のランクは?」
「D、ランク…………」
ランクの最底辺。完全に避難勧告対象である。
凛はこめかみに手を当てて、重い息を吐いた。
こうしている間にも、GPSの点滅は動いている。だが、それが校内の中にいることには変わりない。
見下ろすと、少女は今にも泣き出しそうに、潤んだ瞳をして、震える小さな肩を抱きしめている。
(優先すべきはお嬢様ただ一人………私には、お嬢様だけが………)
『凛さん………凛さんは優しい人です。鬼さんなんかじゃありません。だから、その優しさを、ひまりも誇れる優しさを、凛さんも誇りに思ってくださいね』
いつの日か言われた、主の言葉が、頭の中で鮮明と蘇った。
くっ、と歯噛みして、凛は、痛いくらいに拳を握る。
爆発しそうな胸の鼓動に当てて、握りしめる。
胸の奥を掻き乱すような血みどろな激情に、目前の少女の嗚咽がなびくように響いた。
熱く、痛い喉に唾を押しやる。
低く、重い声が喉から口へ這い寄る。
「……………案内してくれ」
ふぇ、と少女の目が見開く。
「その、友達のところへ、案内してくれ。敵なら私が瞬殺する」
(お嬢様を、頼んだぞ、ファミリーズ…………)




