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第十七話 ざわめく学園

【警告。A棟の食堂にて、上級魔獣ファイアドレイクが出現。瘴気周波数危険レベル三……ピ────大量発生。大量発生。B棟、C棟にて発生を確認。瘴気周波数危険レベル三から四へ上昇。Aランク未満の生徒は、学園外へ避難勧告対象とする。教員は直ちに生徒らへの避難指示を優先したのちに、討伐せよ。繰り返し警告──】


 対悪魔用AIの無機質な声が、全校舎のスピーカーから響き渡る。

 元より学園には、騎士団から調達された魔獣避けの電波を発する魔除けのアンテナが設置されている。

 魔除け対象となるのは上級魔獣まで含まれていた、はずだった。

 だが、上級というカテゴリーも、あくまで人間の「経験」と瘴気センサーの「察知」が噛み合わさって分類されたもの。

 その推測上の上限に対象すべてが抑圧できる、と言うと、それはそれで嘘になる。

 悪魔には、人間にも、機械にも、時には同族にも見透かしきれない「裏」があるのだから。


「どういうことですのっ………!」


 初頭部の生徒らを引き連れて駆け足する新米教師、百合子は、向かいの校舎からの棚引く瘴気を眺めて呟いた。


「ファイアドレイクは十年以上前に騎士団が封印した禁術…………それが今になって学園に解かれるなんて………!」


 淡々と流れるような放送に、体は動いても思考は俊敏に追いつけそうにもない。


 だが、今はその無機質な声に従う他選択肢はないのだ。


 シャシャ! と威嚇を思わせる鳴き声がして、正面から襲撃者は現れた。


 ひゃあ! と後ろの生徒が悲鳴を上げる。

 

 魔法学生とはいえ、まだ十にも及ばない子供だ。


 百合子は雅やな顔立ちをキッ、と引き締めて、敵を睨んだ。


「生徒には指一本手出しさせませんの!!」


 圧のかかった声を張り上げ、人差し指を掬い上げる。


 フッ、と仇敵、ファイアドレイクは宙を浮き、空中で足をもがいた。


 そのまま指を杖のように振るうと、ズダン!! と敵は地へ殴りつけられる。


 シュッ! と黒煙が撒いて、ピチャピチャと尻尾だけが無力に跳ねた。


(やはりこの分身術…………魔導書で記されていた通り…………ファイアドレイクで間違えありませんの………)


 煤の上に蠢く尻尾を見下げて、百合子は固唾を飲む。


(…………戦争時に、対悪魔用に魔法研究機関が生み出した、人工魔獣じんこうまじゅう………)


 その黒魔法も、瘴気も、紛れもない悪魔の性質。だが、それは魔界で生まれた生物ではない。


(終戦と同時に封印され、禁書は厳重に保管されているはず………それを盗み出すなんて………一体、誰が………)


 轟! と横合いの中庭に黒い炎が渦巻いた。


 わあっ! と生徒も悲鳴もかき消すような轟音と、熱風。


 百合子は熱気を押し返すように、子供たちの前に立ちはだかって、身構えた。


 ざっと三十ほどのファイアボールが上へと迸る。


 刹那、その火炎玉が赭色の悪魔の形態となした。


 百合子は目を凝らして視界を巡らす。


 チョロチョロと細い尻尾を揺らすファイアドレイクの群集。


 これらが生まれる前────黒炎が噴き出した出所の、渡り廊下に視線を縫い付けた。


 いた。尾に火を灯す、本体が。


 シャシャシャ! と魔獣の群れは口をゴム風船のように広げる。


 ゴゴゴ、と舌の上に黒ずんだ霧が圧縮されていた。


 食らえば命取りになりかねない、瘴気玉だ。


「させませんの!」


 百合子は両手を振り上げると、群集を拘束具なくして吊し上げた。


 渡り廊下の本体は、カエルの如く跳躍力で飛び跳ね、D棟の校舎へと忍び込む。


 それを横目に百合子は顔を渋めながらも、制裁の両手を振り落とす────



「百合子先生!! 後ろ!!」



 シャッ! と背後から影が迫る。


「しまっ──」


 

 ブスブスブスッ!!


 

 肉を貫く音が連なり、血飛沫が跳ねた。



 子供たちが目を瞑った。


 べちゃ、と地面を叩く湿った音。


 

 地に転がったのは、ファイアドレイクの死体。



「あっ…………」



 後方も、前方の群れも、一瞬にして死屍累々。


 その動かなくなった喉元に、黒い針の形状をした、瘴気が漂う凶器が刺さっている。


 シュシュシュシュ! と手品のように煙が撒いて、分身は尻尾へと還った。


 百合子は喉奥に張り付いた呼吸を繰り出し、大きく息を吐いた。


「ラム先生………」


 魔獣の群れを鎧袖一触したのは、蝮の王子と謳われる白衣の教師、黒野 ラムだった。指の間から黒血の針を握り、相変わらずまどろみを感じさせる淀んだ眼差しをしている。


「大丈夫?」


「はい、すみません………助かりましたの。ありがとうございます………」


「ん〜ん、無事ならよかった」


 ラムはのんびりとした口調で言ったあとに、跳ねる尻尾を見下ろした。


「………人工魔獣は言わば人間の使い魔。ヒトが仕組んだ瘴気は、ヒトが仕掛ける魔除けには無効だからねぇ」


「でっ、ですが、これは無差別に人を狙っています!! 禁術を用いたテロ行為なのでしょうか!?」


「百合子先生。気になることは山ほどですが、今は生徒の避難を優先させましょうか」


「あっ………はい!」


 ラムの子供を宥めるような言い振りに、百合子は素早く頷いた。


 その背後に、旋風の如く人影が突っ走る。


「お嬢様ぁぁぁぁぁああああああッ!! 今向かいますぅぅぅぅううううッ!!」


 武将の如く大太刀を構えながら疾駆する凛に、口を挟む隙など毛ほどもなかった。


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