第十六話 脳筋チームVSトカゲヤロー
「こい、つは………」
赤土を焼いたような赭色の皮膚。窪んだ瞼から突き出たギョロギョロ泳ぐ紅い目玉。大型犬と同じくらいの図体だ。
詳細は知らなくとも、これが生物界の常識を超えた獣型の悪魔、魔獣であることが見て分かる。
幸い、荒れた食堂に残されたのはアイスケ、ココロ、双子のフウガとコウガの四人。他は皆避難済みだ。
「ねえ! こいつ何なの?」
ココロの問いに、魔獣使いフォルネウスの血を引く二人は、頭から湾曲のツノを突き出し、口から鋭い牙を伸ばして、ビュン! と空気を鞭打つように先端が矢印の尻尾を振るった。
獰猛な悪魔に変貌し、得意げに鼻を鳴らして、
「「覚悟しやがれ!! トカゲヤロー!!」」
「分かんねーのかよッ!!」
魔獣使いとしての知識は欠けるが、双子は声を重ねて指を噛み、血が滲んだ爪下から化け物じみた黒い鉤爪を伸ばす。
どうやら、天性の黒魔法、王族ディアボロスの黒血は旺盛に漲っていたようだ。
野蛮に地を蹴って、俗称トカゲヤローの方へと肉薄した。
ザグッ!! と双方から交差するように、トカゲの胴体に鉤爪が貫く。
ぐぇ、と喉を潰したような呻きが出た。
「…………ったく、やばい瘴気っていうからこっちも本気で身構えたっていうのに…………全員無駄足だったんじゃないの?」
そう、ココロが呆れたように髪を掻き上げ、兄弟らも拍子抜けしていた、その時───
ゴッ! とトカゲの死体から煤の混じった黒煙が噴いた。
兄弟らは顔を逸らして咳き込む。
舌を一撫でしてすぐに、ひりつく瘴気の味がした。
ゆらゆらと割れた窓の方へ煙が棚引いて、煤塗れになった長机を視界に捉えた時────兄弟らは目を瞠った。
亡骸となったはずのトカゲが、原形をなくして、尻尾だけが打ち上げられた魚のように跳ねていたのだ。
「何これ………気持ち悪っ!」
顔を渋めるココロの背景、厨房の入り口から、そろそろと足音が這い寄った。
「おい、あれ!」
受付カウンターの上で、いかにも爬虫類らしい不気味な睥睨で対峙する、もう一匹のトカゲ。
同じ赭色の皮膚に、同じ紅いギョロ目で、だがさきほどとは僅差な違い────尾の先に灯る、火。
それも一瞬、トカゲはバルーンのように両頬を膨らまし、口から火炎の巨弾を放った。
「わぎゃぁっ!!」
視界を塞ぐ黒い炎の波。
襲いくる熱気に叫んだと同時に、ココロに軽々と抱き上げられ、四人揃ってバネのように跳ね上がった。
アルミホイルのガスホースを取っ手にぶら下がり、四人は揺らめく黒い海を見下げる。
ココロの台詞は撤回だ。
全員避難させたことが、命を繋ぐ賢明な選択肢であったのだと。
「!?」
熱風が上まで波打つ。
天をも焦がしそうな黒炎の海から、また、ファイアボールが噴き出した。
天地がひっくり返ったように、炎天が下ならぬ上へと焼け付くような熱気が襲い、目を瞑る。
今にも飲み込まれそうな炎のジワジワとした音が迫り、さらにシャッ、と舌を巻き上げたような鳴き声が、耳障りな合唱をした。
一匹の一発で、この威力。
双子の兄の予知は至当なるものだった。
「………………っ!」
熱気が若干弱まり、目を開いた時、
アイスケは、灼熱の中の蜃気楼を目の当たりにした。
放射状に広がる、無数のトカゲという地獄絵図を。
「………増え、た」
そう解釈しようには、あまりに突発的で数も多すぎる。
炎の海が、トカゲの海と化したのだ。
幻術か、現実か、欠片ほどちっぽけな魔力量のアイスケには、判断しかねる。
だから、最強無双の兄姉の顔を伺った。
「分身、ね………」
ココロの毅然とした言葉が、答えとなった。
「初めに現れたヤツも、分身だった。おそらく炎系の黒魔法で自在に増やせるようね」
「なら本体は、さっき噴いたヤツか」
ココロとフウガは視線を巡らすようにして敵を睨む。
「なるほどなぁー、トカゲもうんこすんだなぁー」
黙ってろバカ、と三人のツッコみが、兄弟一アホのコウガに刺さった。
当の本人は今日一番のアホ面で首を捻っているが。
「本体を倒せば分身も解けんだよな? こん中から探せんのか?」
「アイスケ。アンタはしばらくそこに掴まってなさい」
と、ココロはアイスケの脇を抱えて、ガスホースの上にのせた。
あぁ、と末っ子は、何だか不穏な予感に冷や汗が滲み出る。
「しらみ潰しなんて」
「まどろっこしいことできかっよ!!」
「ひゃっはァーっ!! 突撃だァ──────っ!!」
三人の悪魔が吠えて、敵陣へと飛び降りた。
「うるぁッ!!」
ビキビキ、と腕に黒い血管を浮かばせ、華奢な少女の爆弾鉄拳が敵のボディーをフックして、華麗なまでにドミノ倒した。
シュシュシュ!! と煙玉を放つような音と共に、煤が飛散して、ピチャピチャと残骸の尻尾だけが跳ねている。
「らあッ!!」
「っはァー!!」
野獣の双子が十本の鉤爪を扇のように広げ、左右から疾駆する。
端から端までの敵の群れを猛き爪で引き裂き、一面に煤と瘴気が撒いた。
二人の鉤爪が行交う時、敵の頭をかけて、奇跡のダブルラリアットが炸裂する。
人外の姿で荒れ狂う悪魔の兄姉を見下げて、アイスケは絶叫した。
「頼むから!! 頼むから校舎ごとぶっ壊すなよ────!?」
恐ろしいことに、格闘タイプの脳筋しかここにはいないのだ。
すでに壁やら床やらに亀裂が入っているし。
爽やかな笑顔と戦法のユウキが死ぬほど恋しいと思えた。
シャッ! と身の毛もよだつほどの鳴き声。
ひっ、と素っ頓狂な声が飛び出る。
おそるおそる振り返ると、トカゲのギョロ目がキスできそうな距離で睨めっこしていた。
「ぎゃああああああああああああっ!!」
アイスケは大悲鳴の反動でガスホースから落っこち──そうなところを自慢の尻尾で食い止めた。
ぶらぶらと視界が反転して、眩暈がする。
「アイスケ!!」
「今行くぞ!!」
「落ちんなよー!!」
たくましい兄姉のラブコールに感涙しそうだった。
シャシャ! とトカゲヤローは二回鳴いて、距離を詰めてきやがる。
また「ひぃ!」と戦慄が走った。
自分でも分かるほど震える手。
不意に、朝のベリーの言葉が頭に蘇る。
『ディアボロスの名が泣きますよ!』
ごく、と乾いた喉に唾を流し込む。
それを決めゼリフにするのは、自分にはまだ早いかもしれない────けど、
やられっ放しは、性に合わない!
アイスケはぐるん! と前方回転し、さらに、二回転、三回転と全身に勢いをつけた。
狂った歯車の如く高速に体が回旋して、風を掻っ切る。
(今だ!!)
「にっしゃぁ────────!!」
刃のように強靭に光る尻尾を振るい、狂瀾怒濤のビンタが炸裂する。
トカゲの頭部がかち割れ、燃える隕石の如く落下した。
「アイスケ………やるじゃない!!」
「すっげぇ!!」
「アイスケーっ! かっけーぞーっ!!」
兄姉たちの脳筋らしい歓声に(言ったら半殺しされそうだが)、アイスケはにっしっし〜、と息を漏らして照れ笑い。
まさか魔法一つ操れない自分がトドメを刺そうとは、思ってもみなかった、と、干しイカみたくぺちゃんこになったトカゲを見下ろしていると、
シュッ! と黒煙が撒いた。
「へ?」
煤塗れの地面にピチピチ跳ねる、尻尾。
「本体じゃ、なかった…………?」
あれほど感じた手応えも、たかが分身相手だったというのか。
全員の表情が呆然としたままでいると、ぴょん、ぴょん、と扉の縁から赭色の悪魔が姿を見せて、尾にはゆらゆら火を灯らせて、食堂の外へと脱走した。
さらに置き土産にと、火炎の巨弾をぶち放って。
「「「「マジかあああああああああああッ!!」」」」
脳筋チームの、惨敗だった。




