第十五話 フォルネウスの予知
重たい風が窓を叩いて、ガラス戸を揺らしていた。
ピクッ、と双子の肩が跳ねて、裂けんばかりに目を見開く。
「…………フウちゃん!」
「ああ!」
ガッ、と椅子を蹴り倒して立ち上がる。
「やばい瘴気の魔獣だッ!! 全員ここから出ろッ!!」
フウガの叫びが食堂全体に響き渡った。
「…………へ?」
封を開けたばかりのうめえんだ棒を片手にひまりは唖然としていたが、その場の誰もが、その声の主を見た瞬間、わあっ、と波のように出口まで押し寄った。
アイスケも小さな体を機敏に立ち上がらせた。
「ひまりちゃんも行って!! 兄ちゃんたちは魔獣を感知できるんだ!!」
「感知って……」
「第二王妃はフォルネウス!! これ言ったら分かる!?」
はっ、とひまりは息を呑む。
フォルネウス────魔獣の森とも呼ばれるヨルムガンドの森に生きる、魔獣使いの一族。
ひまりの広範な悪魔学の知識に、その言葉は深く刻まれていたようだ。
「あ、アイスケくんは!?」
「おばちゃんたちがパニック起こしちゃってるから、俺が連れてくるよ!! ココロ!! ユメカ!! ひまりちゃんを頼んだ!!」
響くくらいの大声で指示を投げると、アイスケは受付の方へと疾駆した。
背後でひまりが名を呼んだが、振り返ることはなかった。
「ユメカ!! あの子はアンタに頼んだわよ!!」
「ココロちゃんは?」
「あのおチビが一人で体張れるわけないでしょーがっ! 肝心な時にユウキもいないし、私が行くしかないでしょっ!!」
「分かった! 無理しちゃダメだよ!!」
ココロとユメカは冷静に会話を交わしながら、それぞれの方向へと駆けた。
言い出しっぺの双子は、動かない。
敵への怯えなど、露ほども感じさせない雄々しい表情で。
「おばちゃん!! 落ち着いて!! あーそれ以上鍋ひっくり返さないで!! 今ならまだ間に合うから!!」
受付の奥を突き抜けて、厨房で取り乱すおばちゃんたちに、アイスケは順番に背中を押していった。可哀想なほどに震え慄くおばちゃんには、ポンポンと背中を軽く叩いてやって、鍋を踏んですっ転んだおばちゃんには、手を引いて起こしてやる。
厨房は悲惨な光景だが、何とか全員のおばちゃんを人海の方へと避難させた。
「バカアイスケ!! アンタも逃げんのよ!!」
厨房へと顔を出したココロが、怒気を帯びた声を飛ばす。
眉を吊り上げ、猫目を一層尖らせた姉の顔を見た途端、胸が支えられたような安心感が沁み渡る。
「?」
不意に、姉の顔が二重になる。
頭が揺れる。
足がぐらつく。
「うっ──わぁっ!!」
転ぶ前に、ココロに押し倒され、身を包むように覆い被さった。
刹那、破砕音と共に、厨房の窓が砕け散った。
轟々と重々しい地響きがしたあとに、再び破砕音が連発して金切り声の大合唱のように耳をつんざく。
「ねえ、ちゃ………」
目を開くと、豁然として眼前に姉の顔が広がる。
唇を噛み、目尻にシワを寄せ、頭から血が滴る姉の顔が────
「姉ちゃん!!」
「………うるさい。こんなの、擦り傷にもならないっての」
ココロは痛覚も押し殺したような強い唸り声を振り絞り、身を起こした。
血塗れの背中を自ら揺さぶると、幾多に刺さったガラス破片を振り落とした。まるで、ホコリを払うような軽い身じろぎで。
「姉ちゃん、ごめん……」
「いいから。それより………」
昂然と厨房を出た姉に続くと、その惨状にアイスケはギョッとした。
全面に割れた窓ガラス────ではなく。
ライブ演出のファイアボールの如くメラメラと浮かび上がる黒い瘴気。
「唯一の休息の食事中に邪魔するなんて、ほんっと、魔獣って空気が読めないわね」
食堂の長机に、我が物ヅラで居座る、巨なるトカゲを睨んだ。




