075.入城
◇◇◇◇◇
前日に夜営地としていた洞穴を発って数時間後。
ルネ達は、子猫達の『虹の道』を使って王都ポイポイキングダムに辿り着いて……
【ガシャーンッ!】
電車ゴッコ形態こと、子猫列車で、盛大に王城の窓をブチ破って場内に突入した。
「な、何事ですにゃ!」
そうなると、当然のように城内が騒然となる。
集団が形成される中、その郡衆を掻き分けて、一匹の白毛の老猫が顔を出す。
老猫は、床に転がっている六匹の子猫と冒険者の姿を見て状況を即座に理解した。
「大臣(あせ) ただいまにゃ!(あせあせ)」
「おおっ、アニィ王女様、よくぞご無事で!」
【ガチャッ】
アニィは、大臣こと白毛の老猫アードレイに、再会と同時に手錠を掛けられた。
「もう、勝手な脱走は許しませんにゃ!」
「大臣は、イケズにゃ!(あせあせ)」
アニィは、そのまま玉座……ではなく簡素なイスに座らされ、縛り上げられた。
「相変わらず、一国の王女とは思えない扱いだな」
「ハツカさんの拘束からも、楽しそうに脱出していましたね……」
「で、届け先は、ここで間違いないようだな。これはミィラスラ王国からの書簡だ」
コウヤは、ある意味、見慣れたアニィの扱いを無視する。
そして、アニィをフェイロイ王国に送り返す際に認めてもらった書簡を大臣に渡した。
対してルネも、これが普通、と自然に受け入れていた。
それは数日とは言え、アニィに手を焼かされた者達だからこそ分かる大臣の対応。
アニィに対する哀れみは、あるにはあったが、だからと言って同情の余地は無かった。
そのコウヤ達の反応が、大臣の心を開かせた。
「我輩の苦労を分かってもらえるとは……同胞に会えて感無量ですにゃ」
「よほどアニィを言い聞かせるのに苦労しているんだな」
「迎えに来ていた子猫さん達も、どちらかと言うとアニィさん側ですし……ね」
「まったく嘆かわしい事ですにゃ……」
「キャハハ、キャハハ!」
そして懲りた様子もなく、イスを揺らしながらアニィは陽気に笑っていた。
「あー、それで済まないが、急いでるんで、いくつか早急に聞いて欲しい事がある」
「アニィ王女をお連れ頂いた御仁の話しであれば、お聞きせぬ訳にはいきませんにゃ」
大臣は、受け取った隣国からの書簡に一通り目を通すと『二人』を別室へと案内する。
そう、この場にはコウヤとルネの二人しかいなかった。
「いまの私の体力では、途中で付いていけなくなります」
ハツカは、前日からの回復が思わしくない事を訴え、この行軍を辞退していた。
その代わりにと、一定の安全が確保された洞穴で回復に専念する事を伝える。
それなら、とルネも残る事を宣言したが、それをハツカが制した。
ルネは、パーティのリーダーとして、受けた依頼の責任を負わなければならない。
コウヤは、シロウ捜索の助力を提案した以上、交渉をしてもらわなければならない。
その二人に対して、ハツカだけは、交渉の場で負うべき役割は無い、と。
「私一人なら身は守れます。あと、シロウが近くに現れたなら捕まえておきます」
ハツカは、食料と調薬を残していってくれるなら数日は大丈夫、と言った。
最終的に、二人に説得されたルネが、その言葉を信じて王都に向けて出立する。
こうして訪れた王都で、コウヤと大臣を中心とした話し合いが始まる。
これまでの経緯と今後についての会合。
まずは、コウヤから以下の内容を大臣に伝える。
・ミィラスラ王国から受けたアニィに関する依頼内容。
・送還時に遭遇した黒爪狼と命名した新種の人狼種の事。
・仲間の冒険者が一人行方不明、もう一人が、その近辺で治療兼待機している事。
「子猫種は、人狼種との間で狩場の不可侵条約が結ばれているらしいな?」
コウヤは、ここで新種の人狼種である黒爪狼の事を問題にして話を進める。
「ですにゃ。これは由々しき問題ですにゃ。ズルズルと荒らされては大変ですにゃ」
大臣は、当然のように危機感を持ってコウヤからもたらされた情報と向き合う。
それはそうだろう。あのアニィや子猫達ですら怒り心頭だったのだ。
この王国を実際に支えている大臣が、この問題を見逃すはずは無かった。
「センさん、そっちでは、この問題を、どの程度まで把握しているにゃ?」
「私の監視網には、人狼達の反応は無かったにゃ。オマエ達の方では、どうかにゃ?」
「長官、ウチらの所にも、犬達の反応があったって報告は入ってないにゃ」
「う~ん、それなら、一体どこから沸いて出たにゃ?」
センと呼ばれた子猫とその副官が、大臣の傍らに突如現れる。
その立ち振る舞いは、いままで目にした子猫とは、まるで違う。
一見すると、のほほん、としているが、身のこなしが非常に軽い。
そして、サラリと言ってのけた言葉から、王国全域を監視している事が分かる。
また、交わされた短い会話から、大臣からの信頼が厚い事が窺い知れた。
その事から、お子様の国と呼ばれているが、意外としっかりした国防の意識が窺える。
ならば、とコウヤは、これを好機と考えて、ルネに一度視線を送って話を切り出した。
「そこでだ、おれ達の仲間が行方不明になっているのが、その黒爪狼を見かけた地点だ」
「ですので、狼と一緒にシロさんも探してはくれませんか?」
これまでの時間、本題に入れなかった事への焦りが蓄積された結果だった。
ルネは、その想いを一気に爆発させて、ここぞとばかりに身を乗り出して訴えかけた。
「あっ、すみません。お話の最中に割り込むような事をして……」
「いや、構わないですにゃ」
ルネが我に返って、自身の行き過ぎた行動を謝罪する。
しかし、毎回アニィのムチャ振りに付きあわされている大臣は平然としていた。
「そうですにゃ……」
そうして、しばらく思案したのち、大臣は一つの答えを導き出した。
「早急に子猫軍から黒爪狼の討伐隊を出しますにゃ。その時に一緒に捜索するにゃ」
「ありがとうございます! コウヤさんもありがとうございます」
大臣からの協力が得られた事で、ルネはホッと胸を撫で下ろす。
「(なんとかこれで、ルネ達への面目は保たれたな)」
その思いは、両者の間でハッタリを交えて交渉していたコウヤの方が大きかった。
コウヤとしては、早急にアニィの護衛を済ませてしまう事が最優先だった。
そうしなければ、不確定要素が多い中で、魔物が闊歩する場所に留まる事になる。
死亡率が高まっている選択肢を減らす為に、コウヤは王都への送還を提案した。
しかしながら、ただそう言っただけでは、ルネが承知しない事も分かっている。
そこで口実として持ち出したのが、シロウ捜索の手を借りる、と言う名目だった。
今回のような話の持って行き方をすれば、交渉の成功率は高かった。
しかし、今回の事にしても、途中で失敗の可能性はあった。
それは子猫達が、いきなり王城に突っ込んで行った事。
最悪の送迎となり、話を聞いてもらう事すら出来ないだろう、と一時は諦めた。
しかしながら、なぜか今回は上手く転がった。
そうでなくとも、話を聞いてもらえない。
いきなり投獄されて、数日間拘束される。
はたまた、問答無用で殺される、と言った可能性もあった。
しかし、この提案をした時のルネには、そこまで想像するだけの余裕はなかった。
今回の結果は、あくまで結果論としてしか語れない運である。
ともあれ、コウヤは、この幸運に感謝した。
「それと、欲しい物があるんだが良いか?」
「何ですかにゃ?」
コウヤは、子猫軍の派遣までの時間を使って、次の手を模索する。
「子猫達が使っていたカードはあるか?」
「コウヤさん、こんな時に何を言っているんですか!」
コウヤは、プレイングカードの入手を目的としてフェイロイ王国に来ていた。
それを知っているルネだからこそ、非常時に、そんな事を言い出した事を非難した。
「まぁ、待て、おれが言っているのは『凱旋』の事だ」
コウヤは、子猫達が使っていた集団帰還魔法の有用性を説く。
「あれが使えれば、洞穴に残ったハツカとの合流やシロウ発見後の離脱に使えるだろ?」
「た、確かにそうですね」
「ただ、子猫達が手持ちを切らしていた。だから、その補充が可能なのかを知りたい」
「ふむ、アレらですがにゃ。それについては我輩では分かりかねますにゃ」
「あれは、カブトさんの領域にゃ」
どうやら子猫達の武装は、カブトと言う子猫が用意したものらしい。
「その子猫とは会えるか?」
「構わないですにゃ」
「博士の所に行くのかにゃ(あせ) アニィも一緒に行くにゃ!(あせあせ)」
「「「「「にゃー!」」」」」
コウヤが大臣の許可を取っていると、拘束から抜け出したアニィが案内を買って出る。
それに続いて子猫達も、ワイワイと追従した。
その事から、カブトと言う子猫は、かなり慕われ、重用されている事が窺える。
内政部門の大臣、国防部門の長官、開発部門の博士。
こうしてコウヤ達は、フェイロイ王国の中核を成す子猫達との邂逅を果たしていった。
 




