074.真空吸引
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「アニィは、なんで『魔空間収納』じゃなくて『真空収納』を使っているんだ?」
コウヤは朝食を取りながら、アニィの習得魔法について訊ねた。
『魔空間収納』と『真空収納』
この二つの魔法の性能は似ており、『異空間収納』と言うカテゴリーに分類される。
しかし、世間一般に知られている『異空間収納』とは『魔空間収納』を指す。
つまり、メジャー魔法が『魔空間収納』、マイナー魔法が『真空収納』となる。
その主な理由は、物語の英雄が使う異空間収納の亜種が『魔空間収納』だから。
人間は誰しも、分かりやすい実力を表わす能力の持ち主に敬意を示し、実力を認める。
ゆえに、この魔法は、冒険者のマジックバック所持と同等の効果をもたらす。
つまり、魔法使いの実力を計る実力証明魔法の一種されていた。
「先に覚えたのが、これだっただけにゃ!(あせあせ)」
コウヤの質問に対するアニィの答えは、実にシンプルだった。
先に覚えたから『真空収納』使っている。
それで不便が無いから、後から覚えた『魔空間収納』は、あまり使っていない。
ただそれだけの事だったらしい。
その後、他に『真空収納』と『吸引』を使える者がいるかを訊ねる。
すると、他にはいない、とアニィは答えた。
どちらもマイナー魔法にあたるらしく、誰も覚えないそうだ。
アニィが『吸引』を覚えていたのは、ある物を引き寄せられないか、と考えたから。
それが何かと訊ねたら、以前に取り逃した『流れ星』とアニィは言った。
「それって、国境の砦を破壊して王国に入った時の話では……」
「キレイだったのにゃ(あせ) お星様が欲しかったのにゃ!(あせあせ)」
「おい、まさか『吸引』って、単体で流星系の魔法にもなるのか?」
「それはないでしょう。ですが昨晩の魔法が、それに匹敵しかねない脅威ですが……」
ルネは過去の惨事を思い出し、ハツカは未来の惨事を危惧した。
「とにかくアニィ、すまないが、一つ実験に付き合ってくれ」
「はにゃ?(あせあせ)」
コウヤは食事を済ませると、アニィに魔法の実験を頼む。
それは『魔空間収納』と『吸引』を使った昨晩の魔法の再現。
「コウヤ、それはどんな意図で行う実験ですか?」
「昨日のような危険な事は、もうコリゴリです」
ハツカとルネは、コウヤが言い出した実験に顔を強張らせる。
昨晩、真空空間に大量の亡骸を吸い込んでいった魔法。
その威力を思い出して身を引き締める。
二人の緊張した表情からも、その身に刻まれた恐怖の度合いが色濃く出ていた。
しかしながら、コウヤは必要な事だとして、アニィに魔法の発動を頼んだ。
その結果──
「はにゃ?(あせあせ)」
「……何も起きませんでしたね?」
「まぁ、予想通りだな」
「コウヤ、これは、どう言う事ですか?」
昨晩の大規模吸引を危惧して後方に避難していたルネ達が、魔法の不発に安堵する。
それを見てコウヤが、この実験の意味を改めて説明した。
「昨晩の魔法を『真空吸引』とするが、あれはアニィしか使えない魔法と考えて良い」
「えっ? でも、元々は誰にでも使える魔法なんですよね?」
ルネが指摘したように、単体で見るなら、どちらも汎用魔法となる。
ゆえに、コウヤの言い分の方が明らかにおかしかった。
「まぁ、タネが分かればそうだろう。しかし、制御は無理だな」
「そうですね、実際、初見でアニィは自滅していましたから」
「やっちゃったのにゃ!(あせあせ)」
アニィはハツカによって救助されていなければ、自分の魔法で自滅していた。
膨大な魔力を有し、魔法を得意とするアニィですら、あの有様だったのである。
他の者が、偶発的に発動させる事が出来たとしても、使いこなす事は、まず不可能。
更に実験によって『魔空間収納』では『真空収納』の代用が出来ない事が判明した。
つまりは、『真空収納』と『吸引』の両方の使い手でなければ使えない。
そしてアニィの言葉から、その使い手も、現状でアニィしかいない事が判明している。
ここで重要な事は、他者が後発で習得しても使いこなす前に自滅の可能性が高い事。
そして、最重要事項は──
「これで他の者が『魔空間吸引』なんて魔法を暴発させる事が無い、と証明された事だ」
こればかりは『真空吸引』の存在を知った以上、確認をしておく必要があった。
「なるほど、そう言う意図での実験だったのですね」
「街中で、あんな魔法が引き起こされたら大変ですよね」
「と言う訳でアニィ、今後は間違っても、この二つの魔法を組み合わせて使うな」
「混ぜるな危険、なのにゃ!(あせあせ)」
コウヤが、最も知りたかった事は、この魔法の可能性と脅威度。
マジックバックなどの異空間収納内には、生物を入れられない、とされている。
言い換えれば、あれらの空間は、生物が長く生存する事が許されない環境下。
昨晩、あのまま真空の空間に吸い込まれていたら、全員終わっていただろう。
アニィが使った魔法『真空吸引』とは、そんな危険な代物であった。
その組み合わせの妙によって、集団殲滅魔法と化す事が判明した最悪の魔法。
ただし、そこにはアニィのような膨大な魔力がある、と言う条件が加わる。
他の者が『吸引』をマネをしようとも、あそこまでの猛威は振るわない。
せいぜい近くの人間を一人、数メートル引き寄せる程度が関の山。
その実態をコウヤは未確認だったが、それもマイナー魔法ゆえに杞憂に終わる。
これが『魔空間収納』と『吸引』との間で成立していたなら、心底、危うかった。
なぜなら魔法使い達は、世間一般に認知されている『魔空間収納』の習得を目指す。
それは、マジックバックを擬似的に所有するに等しい魔法だったから。
冒険者が、その高難易度の入手手段によって実力の証明をするマジックバックの所持。
その魔法使い版が、この魔空間収納である以上、取得を目指す者は多い。
もちろん魔法使いの中には、魔空間収納を習得せずに、マジックバックを持つ者もいる。
しかしながら、似た効果を持つ『真空収納』を好んで習得する者はいなかった。
この関係性が、お手軽な集団殲滅魔法の流出に歯止めを掛けている結果となっていた。
世界に蔓延する英雄譚。
コウヤは、その中に潜む、この世界の巧妙な意識操作を垣間見た気がした。
「ともかく、もし今後、同じような場面に遭遇したら、一目散に効果範囲外に退避だ」
「他の人が、魔法を解除するなどの対応は出来ないのでしょうか?」
「使用者本人が解除するのならまだしも、他者が実態を解明して介入するのは難しいぞ」
「ルネ、それに加えて魔法を使ったアニィが、真っ先に吸い込まれていたのですよ」
「あっ、そうでしたね」
ルネが、可能性としての解決策を提示するも、コウヤとハツカが否定する。
現実的では無い対応方法は被害を拡大する。
コウヤは、その事を全員で共有すると、ひとまず今回の件から、そっと目を反らした。
どうせこれ以上は、対処のしようが無いのだから、と。
その後、コウヤ達は、周囲を警戒していた子猫達と合流して洞穴をあとにする。
そうしてハツカが目を覚ます前に、ルネと決めていた行程を進む。
それは、シロウの探索を一時保留とした、王都ポイポイキングダムへの進路であった。




