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068.岩鼠

 ハツカ達は洞穴を発見し、岩鼠(ロックチャック)が出かけていた所を奪った略奪者となっていた。

 道徳的観念から正邪を判断するなら、ハツカ達こそ悪。

 しかし自然界では、弱肉強食こそ唯一普遍の原理である。

 それは、洞穴に残されていた野鳥のヒナの残骸からも言えた。

 岩鼠は、草食系の雑食とされる魔物ではあったが、肉を食べない訳ではない。

 敵対すれば人間も襲うし、胃に収める事もある魔物であった。


 ハツカは、焚き火の煙が程よく外に流れて行く通気性に感謝しながら(まき)をくべる。


「クシュン」


 ハツカは、不意に吹き込んできた冷気に晒され、くしゃみが出る。

 気温の変化に(ともな)い、毛布を取り出し、就寝中のルネとアニィに一枚上に掛けて回る。

 そしてハツカ自身は、沸かしていた湯で野草茶を入れて一息ついた。


「すまないな、挟撃を防ぐ為に、他の出入り口を塞いだ関係で、少し冷えるぞ」

「構いません、数の暴力で攻められるよりはマシです」


 コウヤは、焚き火に追加で薪をくべる。

 そして、通気口となる一部を除いて、出入り口を塞いで来た、と伝えた。


 コウヤは、ルネが仮眠に入る前に用意していったスープで(だん)を取りながら一息つく。

 洞穴を夜営地として選んで、最初の岩鼠の襲撃以降、コウヤは、この穴埋めをしていた。


 最初は、炎の魔法で壁面を崩して埋めるのかと思ってルネと二人で反対した。

 下手な事をすれば崩落の危険がある。だが、コウヤは別の方法で穴を塞ぐ、と言った。


 その答えが、先程から吹き込んで来ている冷気。

 コウヤは『氷壁(アイスウォール)』の魔法で穴を塞ぐ、と言った。


「コウヤさんが使える魔法って、火属性の魔法ですよね?」


 その時ルネが思ったのは、当然の疑問。

 この世界の魔法の主流は火属性の魔法。そして氷属性の魔法の適正者は極めて少ない。

 それに(なら)うようにコウヤも炎の魔法を使っていた。

 ゆえに氷の魔法が使えるとは思っても見なかったのだ。

 だからこそ、ルネはコウヤが氷の魔法が使える、と言った事に驚いていた。


「おれが炎の魔法を使うのは、それが主流で、力を相手に理解させやすいからだ」


 つまりは、相手を黙らせる威力誇示に使える、と言う理由だったらしい。


 コウヤの固有能力『気炎万丈(きえんばんじょう)』。

 それは、燃え上がる炎のように、他を圧倒するほどの意気込みを表わす言葉。

 その固有能力名に『炎』とある事から、炎への適正を表わしているように思われる。

 しかし、その実態は少し違う。

 最も重要な点は『丈』が表わす意味。


 それは、ちょうどの数量・程度・範囲を計る、と言う意味を持つ言葉。

 すなわち『制御』を意味する言葉。


 そして、コウヤがシロウの捜索に使用した探知方法は、熱探知。


 そう、コウヤの固有能力『気炎万丈(きえんばんじょう)』とは、正確には『熱制御能力』。

 つまり、炎のみではなく冷気をも制御し得る能力であった。


「だが、どちらかと言うと、冷気を扱うのは得意じゃない。時間が掛かるんでな」


 コウヤは、自身の怠慢(たいまん)」で、実践レベルでは使えない事を告白する。

 それでも時間を掛けられる現状なら、穴埋めには使えると、この作業をこなした。


 こうして夜営地の拠点化を終えたコウヤは、食事を取り、早々に仮眠に入る。

 これは、この作業をするに当たって決めていた見張りの取り決め。


 コウヤは魔力の回復を促進させる為に睡眠(すいみん)に入る必要があった。

 その間、岩鼠から拠点を守るのがハツカの役割となる。

 しかし、四つも侵入路があったのでは、到底守りきれるものではない。

 ゆえにコウヤが、そのうちの三つを塞いだのだ。


 だがこれも、コウヤの魔力が作業を完遂させるまで持つかが懸念材料であった。

 マナポーションを使うと言う選択肢もあったが、こちらは本当に最後の切り札である。

 その為、コウヤもギリギリまで温存しておく気でいた。


 こうして時間との戦いの様相が強かった洞穴の拠点化を乗り越える。

 見張りとして残ったハツカは、一点に絞られた侵入路から、再び外界に視線を向けた。


 そこには、後ろ足で直立して、ジッと、こちらを(うかが)っている一匹の岩鼠がいる。


 互いに監視をしながら、度重なる拠点攻防を観測している直立(ちょくりつ)くん。

 あれは単なる偵察兵か、はたまた群れを束ねる首領か……


 その素性は分からないが、岩鼠も情報戦の重要さを理解しているようだった。

 岩鼠との最初の戦闘は、互いに洞穴内での遭遇戦だった。

 しかしそれ以降、あの岩鼠が監視に立ち、単発の襲撃が重ねていた。


「要するに、これが威力偵察、と言うものなのでしょうね」


 岩鼠は、ハツカの撃退を許す代わりに、身内を利用して情報を得る事に終始している。

 そう感じるハツカは、コウヤの話を思い出す。

 それはコウヤが、これまでに(おこな)われた岩鼠の襲撃の傾向から想定した話。

 コウヤに、目の前に立っている岩鼠の事を話した際に出てきたのが、この話だった。


 偵察と言う行動には、二つのパターンがある。


 一つは、隠密偵察。もう一つが威力偵察または強行偵察と呼ばれるもの。


 隠密偵察とは、敵に察知される事なく行う偵察行動。

 威力偵察とは、部隊を展開して小規模な攻撃を行う事によって敵情を得る偵察行動。


 コウヤは、岩鼠の散発的な襲撃から、情報戦を仕掛けてきている可能性を導いていた。


「そうなると、奪われた情報は、菟糸の射程と展開数、と言った所でしょうか」


 岩鼠は、キー、キー、とホイッスルのような警戒音を上げる。

 その他にも、低い遠吠えや、歯を擦り合せて音を立てていた。

 振り返って考えれば、あれらは、こちらの攻撃を誘うものだったのかもしれない。

 ハツカは、あの(わずら)わしい音に釣られて、不用意に撃退を繰り返してしまった。


 岩鼠の攻撃で警戒すべきは、切歯と鉤爪。


 ズングリとした外見にも関わらずに、二本の切歯(せっし)と前足の鉤爪(かぎづめ)による攻撃は鋭い。

 そして、あの鉤爪があるからこそ、人が入れる程の大きな巣穴の構築が出来ている。

 ゆえにハツカは、巣穴の規模から、岩鼠の脅威の一つとなり得る数の暴力を警戒した。


 集団戦による乱戦を警戒して、岩鼠の早期発見からの各個撃破に専念する。

 不意打ちや挟撃にあわないように、接近戦を避け、遠距離戦を主軸として撃退する。


 後々の事を考えて、可能な限り岩鼠を逃さず、各個撃破して戦力を()いでおく。

 それが、最も有効な対処法だと判断して……


 ──が、いまとなっては後の祭りであった。


 ハツカの目の前に迫る岩鼠達との間合いが、徐々に詰まる。


 岩鼠のペースに付き合わされてしまった結果、いままでに無い苦戦を強いられる。


 岩鼠達の戦力を削っていたはずが、逆に体力と精神が削られていく。

 次第に一息つく事も許されない消耗戦へと突入し、数で押され、菟糸の反応が遅れる。


 対して岩鼠は、何匹いるかは分からないが、おそらく交代で襲撃を繰り返していた。


 その証拠に、菟糸の自動操鎖のパターンが読まれていく。

 岩鼠に手傷は負わせられても、仕留められなくなる。

 小規模の集団による多方向からの攻撃が増し、手数が不足していく。

 菟糸を増殖させて対応するも、能力の制限によって射程距離が低下する。

 その結果、落ちた射程外に逃れられるパターンが増え、その情報が持ち帰られる。


 岩鼠は、数時間を使った攻防によって、ハツカに対する優位性を確保した。


 ハツカ以上に菟糸の性能を分析し。学習した岩鼠。

 その後も、決して油断する事無く、ハツカに長期戦を仕掛ける狡猾さを見せる。

 岩鼠は、いままで支払った身内の犠牲(対価)に見合う必勝の体勢持ち込んでいった。


 互いに相手が崩れる時を待つ。

 ハツカは、いよいよとなれば、洞穴に引く事を視野に入れて、岩鼠の攻勢に耐える。

 しかし、そんなハツカの思惑とは別に、時の天秤は傾きだした。


 繰り返された岩鼠の攻勢が、不意に衰える

 死屍累々となっている地から、襲撃者の波が突如引いた。


 それは、何が切っ掛けだったのかは分からない。

 ただハツカは、岩鼠の襲撃を撃退し、ようやく訪れた一時(いっとき)の訪れを甘受する。

 疲弊した身体を(ねぎら)い、腰に下げていた水筒に手を伸ばし、ノドに流し込む。

 しかし、そこにスキが生じていた。


【キー、キー】


 甲高い鳴き声が響き、それに呼応(こおう)して次々と鳴き声が重なっていく。

 岩鼠は、弛緩したハツカの認識のスキを見逃さず、次弾を投入して来た。

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