069.魔力酔い
突如、どこから沸いて出たのか、正面から無数の影が押し寄せる。
それは、この巣穴に収まるとは到底思えない岩鼠の大群。
岩鼠の首領は、これまでの威力偵察と平行して援軍を召集していた。
ネズミ算と言う言葉があるように、無数に増殖していた仲間達が一斉に発起する。
恐れていた数の暴力が、予想を超えた大群となって目の前に出現してしまった。
「くっ、『燕麦』」
ハツカの背後から、自身を守るように包み込む防御障壁を展開する。
ここに至り、ハツカは温存していた燕麦による防御障壁で侵入路の封鎖を実行する。
洞穴の出入り口は、もうこの一つしかない。
「ここさえ封じてしまえば、岩鼠が何匹いようとも問題ありません」
ハツカは、入り口から少し後退した通路で燕麦を展開して障壁を張る。
岩鼠達の退路は、彼らの仲間が追従している事で封鎖されている。
半端に洞穴に侵入した岩鼠達は、これによって身動きを封じられた。
あとは燕麦の障壁と大群による圧殺。そして菟糸による地中から強襲で順次仕留める。
時間はかかるが、これで問題は無い。
「ルネ、コウヤ、起きなさい。岩鼠の大群に攻め込まれました」
これで問題は無いと思うも、不測の事態を想定して二人を起こす。
「ああ、さすがに、これだけ騒がしいと、嫌でも起こされている」
「そ、そうですね、岩鼠の叫び声が怖かったです」
「うるさいのにゃ!(あせあせ)」
ハツカの声以上に騒がしく反響している岩鼠の絶叫が、二人を目覚めさせていた。
そんな中、睡眠を邪魔されたアニィが、ご立腹となっていたのが大問題だった。
アニィは目を血走らせて、殺る気満々である。
場所が違えば頼もしかったのだが、洞穴内で暴れられては困る。
下手にアニィの強力な魔法が放たれれば、それこそ崩落の危機であった。
【ゴロッ……】
不測の未来が頭を過ぎったと同時に、壁面の一部が崩れ、岩が転がり落ちる。
視線を向けた次の瞬間、壁面に入っていた亀裂が広がり、大きく崩れ始めた。
「コウヤさん、これは!」
「やつら、別の入り口を開通させやがった!」
岩鼠は、巣穴に続く侵入路を新たに開通させて、そこから顔を出してきた。
事前に岩鼠が穴掘りを得意とする魔物だと知らされてはいたが、これは早すぎる。
岩鼠との初戦は数時間前。
それから新たな通路を開通させたと言うのであれば、その掘削能力は驚異的である。
「事前に途中まで掘っていた物を利用したのだろう。目にした現象を鵜呑みにするな」
それは手品を趣味とするコウヤらしい見解。
少なくとも、この侵入路の登場にはタネも仕掛けもある、とコウヤは言った。
それは、必ずしも真実ではなかったかもしれない。
しかし、突然の事態に動揺していたハツカ達を多少は落ち着かせる効果を発揮した。
だが、開通された通路は一つでは収まらない。
新設された最初の通路から枝分かれしたと思われる穴が、次々と壁面に開いていく。
そこから、また別の岩鼠が姿を現し、巣穴への侵入が謀られる。
次々と増えていく侵入路。
そこから押し寄せて来る岩鼠の姿を想像し、蹂躙される未来に恐怖する。
結局は、事態は悪化の一途を辿っていた。
ハツカは、燕麦の障壁越しに押し寄せて来る岩鼠を、菟糸の奇襲で減らしていく。
いまハツカにやれる事、やらなければならない事。それは、結局はコレしかないのだ。
ハツカは、グダグダと考える事を止め、別働隊の対処は、コウヤ達に託す。
そうしてハツカは、無心となって岩鼠の駆逐作業に入った。
◇◇◇◇◇
気づけば周囲が静かになっていた。
燕麦で封鎖した先にいた岩鼠の動く気配も、いつしか消えている。
ハツカは燕麦の一部を開閉して視界を確保する。
その先に見えたのは、おびただしい岩鼠の亡骸。
必死だったとは言え、これはさすがに、いろいろとくるものがあった。
「キャハハ、キャハハ!」
次第に、何やら楽しげに笑うアニィの声が聞こえてくる。
と同時に、冷たい空気が漂っている事に気づき、思わず腕を組んで身体を摩る。
耳に届いた笑い声。
それは、ずっと前から発せられていた雑音。
だが、直前までのハツカは、必要がないものとして無意識に、それを遮断していた。
その雑音が、やっとハツカに届き、意識が戦闘から日常へと移行したのであった。
「(そう言えば、あの別働隊は、どのようにして食い止めたのでしょう)」
ハツカは、思い出した最後の状況を振り返って、その顛末と経緯の確認に向かう。
視線を向けた先で目に付いたのは、二つに分類される亡骸の状態。
一つは、壁面の近くで頭をカチ割られた岩鼠の亡骸。
もう一つは、壁面と同化するように氷漬けにされている岩鼠の氷像。
「これは、どう言う状況ですか?」
ハツカは、この状態となっている経緯をコウヤ達に求めた。
「ハツカさん、お疲れさまです」
「お疲れ、あと、こんな体勢で悪いが、動けないんで許せ」
ルネは疲労困憊となっているも、マジックバックに岩鼠を回収していた。
対してコウヤは、力尽きた感じで壁に背を預けてグッタリとしている。
それは、夕刻に見た疲労感とは違った異常な疲弊感を見せていた。
「コウヤが、かなり危険なように見えますが大丈夫ですか?」
「一応は……な」
コウヤは、言葉少なく答える。
それは、可能な限り回復に専念しようとした無意識の現れ。
それを受けてルネが、コウヤの言葉を引き継いで現状を補足した。
「ただ、魔力の枯渇とマナポーションの使いすぎによる魔力酔いを併発させています」
「魔力が尽きた状態なのは分かりますが、それなのに魔力に酔っているのですか?」
魔法の事に疎いハツカが、相反する意味に感じる言葉と症状に疑問を持つ。
「要するに、マナポーションのガブのみで、下痢になっているようなものだ」
するとコウヤが、たった一言で、実に分かりやすい例を出して説明してくれた。
急な魔力補充の繰り返しによって、身体が対応しきれなくなった状態。
つまりは、食べ過ぎや飲みすぎで腹がパンパンになって、気分が悪くなっている感覚。
そこから胃の中の物を全て排出したが、失った体力によって倦怠感が拭えない。
そんな感じの魔力版なのだろう、とハツカは、コウヤに起きている症状を読み解いた。
「慣れない魔法で、ペース配分を見誤った」
コウヤは、マナポーションによる回復の落とし穴を甘く見ていた、と苦笑する。
「まぁ、岩鼠の撃退の代償が、これくらいで済んだのなら安いもの──だ」
最後の方は、アクビを挟んで言葉が切れる。
それは、魔力を使い果たした身体が、休眠状態に入ろうと出している安全機能だった。
「安静にしていれば回復するんですが、横になってもらおうにも……」
そう言ってルネは、さんさんたる周囲の状況に視線を向けた。
こうして、ルネが最初に岩鼠の亡骸を回収していた事に繋がる。
ルネはコウヤが休める場所を作ろうと、疲弊した身体を顧みずに働いていたのだった。
「そうですね、岩鼠の亡骸が目に入っては気が休まらないでしょう。手伝います」
コウヤの回復が最優先。それがルネの中で確立されている事にハツカは安堵する。
現状は自分も含め、体力と魔力、そして精神が著しく消耗させられている。
それは、シロウの安否を最優先にしていたルネに、その事を考えさせないほどに……
ただこの場合、ルネの思考が正常に戻った、と喜ぶべき事だった。
ここで再び、あのような妄執に駆られていたなら、それこそ目も当てられなかった。
ゆえにハツカも、休眠状態に入りたがている身体を誤魔化してルネを手伝う。
コウヤが復調しない限り、ハツカが不測の事態に対応しなければならないのだから……




