70 盗賊
「……ね、リョーガ。これも食べないの? 冷めちゃうよ? ボク貰っていい?」
「ああ、うん。やっぱ気分じゃねーや。これ全部シエルにあげるよ」
「えーホント!? 嬉しいけど、大丈夫? 心配事なら言ってよ?」
龍牙は焼肉串好きだったはずだけど。それすら食べないとなると少し心配になってくる。
「いや……なんつーか、さ。今の俺らじゃ魔王になんて勝てっこないだろ? 今日の聖龍もまるで歯が立たなかった。こんなんじゃ魔界行っても死ぬだけだ、って思うとな」
「……うん。ボクもその通りだと思う。急すぎるよね。勇者だって一人足りないみたいだし」
そして僕は戦力外。本来なら勇者三人と天使三人のところを、勇者一人天使二人で戦おうとしている。大物との戦闘経験はほとんどないし、格上相手に至っては聖龍だけだ。
「なあ、やっぱり魔界へ行くのを遅らせるっていうのは――」
「どうした、弱音とは勇者らしくもない」
げ、ルイン。ていうか龍牙にもそういうこと言うんだ。僕だけに厳しいのかと思ってた。
「けどルインちゃん、実際今のままだと負けちゃうよ? 死んだら元も子もないじゃん?」
「ならば三人目の勇者に代わる者を探して、共に行けば良い。恐らく王もそう言うだろう」
「んー、そうかなぁ……」
確かにその通りかもしれないけど、そんな人いるかな。王の側近に強そうな騎士が何人かいたし、選ばれるならその中からとか?
「ん、あれ? レルアちゃんの匂い……いや、ちょっと違う?」
「シエル、どうかした?」
シエルは路地裏の方を見つめてむぅ、と唸る。仕草が一々可愛すぎる。
「ルインちゃんは何も感じなかった?」
「天使、か。ふん……私は死体の山のような臭いだと思ったがな」
「し、死体の山って……。でも、言われてみればそうかも。レルアちゃんとは別の天使かな? 天使っぽいけど、何か気味の悪い匂いだねぇ」
「興味ない」
ルインは不機嫌そうな表情で消えていった。そんな変な匂いなのかな。僕にはわからないけど。
「ねねリョーガ、ちょっと見てきていい?」
「ん、俺も行く。シエルがそこまで言うなら何かあるんだろうしな」
シエル曰く「天使の勘は当たる」らしい。実際彼女の直感みたいなものはよく当たる。
「多分こっちの方だと思うんだけど……」
シエルはどんどん灯りの少ない方――貧民街に向かって歩いていく。流石に今回ばかりは不安になってきた。本当に合ってるのかな。
王様たちにもあまり貧民街の方には近寄らないように言われてる。こんな遅い時間なら尚更だ。僕以外は強いし危険はないかもしれないけど、多分勇者がこういう場所にいるっていうのがダメなんだと思う。
「あ! あれ!」
シエルの指さす方向を見る。木で隠れてよく見えなかったけど明るい。もしや炎が上がってるとか?
「あそこって確か教会だよね、大変! 助けに行かなきゃ」
「ああ、走るぞ誠――加速!」
ええ、僕らだけで消火できるのかな。大人しく騎士団とかに連絡入れた方が……って、もう走り始めてるし。仕方ない、僕も走ろう。
*
「あれ、火は……?」
「ね、おかしいよね、今の今まで燃えてたのに! 窓とか少し割れてるけど、燃えた様子が一切ないんだ」
僕が追い付くと、二人は揃って首を傾げていた。僕の目にも火は見えない。狐か狸あたりに化かされた気分だ。
「……でも、血の臭いがする。何か事件があったのは間違いない」
「さっきの死体の山とかいう臭いとはちげーのか?」
「うん。まだ乾いてもないような血――誰?」
シエルはすぐ側の茂みをじっと見つめる。さて狐か狸か……
「素直に出てこないと、少し痛い目に遭ってもらうことになるよ」
「……チッ。あのクソ神父共、死ぬ前にでっけぇ幻影なんか撒きやがって」
「全くでありやす。お陰で人が寄ってきやがった」
茂みから出てきたのは人だった。しかもなんか物騒なこと言ってる。
「お前らが殺したのか?」
「あ? そうに決まって――ああクソ、面倒くせえぞギード!」
「あっしに言われやしても。悪いのは神父共でありやす」
やっぱり人殺しだ。片方は血濡れの大斧持ってるし。怖い。なんで大したお金にもならなそうな教会を襲ったんだろう。ていうかここには孤児院も併設されてたはず。子供たちは無事なのかな。
「……思い出した。お前ら、お尋ね者の盗賊だろ。また人を殺したのか。許せねえ――シエル」
「任せて! ボクだって許せない――土鎖!」
「面倒だ、っつってんだろうが――衝撃波ォ!」
髭の大男が、斧の一振りでシエルが放った鎖を吹き飛ばす。シエルだって天使だし、並の冒険者じゃこんなことできないはずだ。
「龍牙、シエル、気をつけて! 多分そいつら強い!」
「勇者の俺が負けるかよ――土壁、炎弾!」
「うぁちち! なんであっしが」
壁で追い込んだ先への炎弾。僕も負けてられない。
「――解析」
意識を集中させる。少しずつ見えてきた。名前……斧持った髭面がローラン。もう片方の小っちゃいのがギード。
もう少しいける……称号……? 称号……どっちも天使の子。つまりなんの役にも立たない情報。ハズレだ。
「っ……」
ここで限界みたいだ。頭が痛い。まぁ、冒険者ギルドに貼り出してあったお尋ね者の名前と一致したし良しとしよう。前までなら名前すら怪しいくらいだったし。
「どうしやすお頭。勇者とか言ってやがりますぜ」
「チッ、なんだって勇者サマがこんなとこに来てやがんだ畜生……」
やっぱり戦闘の腕は確かなようで、シエルと龍牙の息の合った攻撃を上手く躱している。
「――魔影短剣」
ちょくちょく挟んでくる投げナイフも中々嫌らしい位置を突いてくる。僕の方に飛んでくるのは少ないから辛うじて避けてるけど、これが多くなったらいよいよ足を引っ張っちゃいそうだ。
「お頭ぁ……もう限界でありやす。このままじゃ死にかねやせん。あれ使っちまって下せえ」
「盗賊共、俺はお前らを殺すつもりはない。この世界の法でしっかり裁かれればいい」
「とことんイライラさせやがるガキだなぁオイ。どうせこの辺りに人はいねえ。やってやろうじゃねえかよ――解放!」
ローランの斧が眩い光を放つ。視界が真っ白になった。次いで爆発音。何が起こってるのかわからない。なんで僕が無事なのかもわからない。凄い風だ。
「手間をかけさせるな、無能」
「え、ああ、ごめん……」
無事なのはルインのお陰だったみたいだ。まぁ嫌味一つで命が無事なら安いものかな。
徐々に視界が元に戻り始める。パッと見、盗賊たちの姿はなかった。立っていた場所が深く抉れているだけだ。どっちに行ったのかの検討もつかない。
「龍牙ー! 大丈夫?」
「ゲホ、ゲホッ。くそっ、あいつら煙玉かなんか隠し持ってたみたいで、ゴホッ。逃げられた……!」
「けほ、爆発は見掛け倒しだったみたい。必死に結界張らずに、もっと盗賊の方に意識を向けとくべきだったかも」
シエルまで少し咳き込んでいる。最初から煙玉で逃げるのが狙いで、あの斧の爆発は本命じゃなかったってことか。
「人殺しを……逃がしちまった……! 俺は、勇者なのに……っ」
龍牙はかなり――多分この世界に来てから一番――悔しがっていた。でも、勇者の仕事は魔王倒すことだし、気に病む必要はないんじゃないかな。
まぁ変な慰めはやめておこう。僕はそもそも……勇者として欠陥品だし。




