69 団長
「シャルレさーん!」
「勇者様! おかえりなさい、依頼はどうでしたか?」
「いや、それが……」
龍牙がボスを殺せなかったことを話すと、受付嬢――シャルレさんは意外にも驚かなかった。
「やっぱりあの魔力波は勘違いじゃなかったみたいですね。騎士団から、報告が終わり次第詰所まで来ていただくようにとの連絡がありました」
「えっ……と、騎士団? っすか?」
「はい。あ、騎士団と言ってもシレンシア騎士団の方ですよ」
まるで別に騎士団があるような言い方だ。聖騎士とか言われてるやつかな。
っていうか、なんで呼び出されてるんだろう。聖龍は予想より珍しい存在だったとか?
「とりあえず、素材の換金は完了です! 首領の討伐は元々必須ではなかったので、依頼自体も完了扱いにしておきますね」
「あざっす! で、詰所ってどこに――」
そういえば、ボスの存在はハッキリとは確認できていないとか言ってたっけ。討伐数指定も結構緩い感じだったし、困るようであればまた依頼を貼り出すって感じなのかな。
それにしても、狩りすぎ注意っていうのには驚いた。魔物とは言っても、精々僕らの世界でいう害獣くらいの認識なのかもしれない。
「おーいマコト! いつまでボーッとしてんだ?」
「あ、ごめんごめん。今行くよ」
詰所の場所も聞きそびれちゃったな。ま、龍牙について行けばいいか。
「ねえ、なんか嫌な感じしない?」
「うわっシエル! だから出てくるなって」
「大丈夫だって、羽隠してるし。むしろこんだけ人いれば天使の一人二人三人四人、紛れ込んでたってバレないよー」
「いやいや、流石にそんないたら気付く……ってそうじゃなくてだなあ!」
視界の中心に、少し目立つ橙色のショートボブが映る。ふわっ、とした陽だまりのような温かさと同時に、ほのかな甘い香り。
ルインからは冷たい――刺々しい印象しか受けないし、同じ天使なのにえらい違いだ。こんないい香りもしない。確か。
「まぁまぁいいじゃないか。シエルもこう言ってるんだしさ」
「んなこと言ったってなぁ……」
「で、シエル。嫌な感じってのは?」
街に戻ってきてからも特に何も感じなかった。ステータス低いし、そういうのにも鈍感なだけかもしれないけど。
「うーん、なんて言えばいいんだろ。大罪ともなんか違うしー、んー、なんかの歯車がズレちゃって、歪みが大きくなりかけてる感じ?」
「それヤバいんじゃねーのか?」
「んんーこれは勘みたいなものだし。二人が何も感じてないなら、ボクの勘違いかも?」
勘違いでもなんでもいいから、もっとここにいてほしい。笑っていてほしい。その温かさに触れていたい。
「多分勘違いだろ。この街もパッと見平和の極み、って感じだしな」
「ん、そうだねー。何か隠れてる気もするけど、この明るい雰囲気は好き!」
えへへ、と微笑むシエル。
「ほら、もう詰所着くから姿消してくれよ」
「ええー? しょーがないなー、もう――」
ああ、シエルが消える。詰所がもっと遠ければ良かったのに。ずっと話してたいなんて贅沢は言わないから、せめてずっと眺めさせていてほしい。
「――マコトもまたね!」
「え!? あ、ああ、うんまたね!」
咄嗟のことで挨拶の一つも満足に返せなかった。それに多分、僕かなり気持ち悪い顔してた気がする。はあ。
……まぁ、龍牙と一緒にいればまたすぐ会えるかな。
「あのー、すいません。勇者っすけど……」
「勇者様! ようこそお越しくださいました。ささ、こちらへ。団長は奥の部屋におります」
強面の騎士に誘導されて中へ入ると、なんというか……学校の旧校舎のような場所が広がっていた。ちょっと懐かしい。
訓練所が近いのか、歩いている途中で運動部のような掛け声も聞こえた。もうほぼ学校って感じだ。ってことはこれから行くところは校長室かな?
「団長、勇者様をお連れ致しました!」
「ご苦労。勇者様方も、お疲れのところわざわざありがとうございます。私はアナ――この騎士団の団長を務めております」
少し豪華な椅子に座っていたのは、小中学生くらいの女の子だった。肩より少し下までのポニーテールが可愛らしい。
けど、どうも雰囲気と見た目が一致してない……妙に落ち着いてるし。団長やってるみたいだし。長命の種族とかかな。
女の子――アナが合図すると、強面の騎士は一礼して去っていった。僕らは座るように促される。
「……さて、単刀直入にお聞きしましょう。一体何に会いましたか?」
「龍――聖龍っす。名は確か、ルスティエ?」
アナの表情が険しくなった。もしや聖龍を騙った邪龍だったとかか?
「一応お聞きします――戦闘に、なりましたか? それとも友好的に?」
「戦闘になりました。それも、友好というよりむしろ人間に強い敵意を抱いているような……」
アナは頭を抱え、ることはなかったけど抱えたように見えた。険しかった表情は、最早絶望と呼んだ方がいいようなものになっている。
「っと……僕たち、何かまずいことしちゃったんでしょうか」
「あ、でも俺らすぐ逃げたんで大丈夫だと思いますよ。追っかけられたのもなんとか撒きましたし」
そうそう。シエルが吹き飛ばされて勝ち目もなさそうだったしね。
けど、アナは苦々しげに首を横に振った。
「――『異界より現れし三人の勇者、古の聖龍より力を賜る』」
「それは……?」
「古くからの伝説の一節です。三人目の召喚に失敗したようなのでもしやとは思いましたが、これでは既に魔王を打ち倒せる可能性が……いやしかし、伝説が全てというわけでも……」
シエルが感じたのはこれのことかもしれない。ちょっと遅すぎたような気もするけど。
そもそも三人目の召喚に失敗してるのが悪いんだ。そのせいで歯車がズレたに違いない。
王宮の召喚術士? は既に召喚済みとか言い始めてたし、なんとなくダメな気がする。この前大臣に聞いたときも、半ば諦めてるっぽかったし。
「とにかく聖龍と敵対した以上、一刻も早く魔界へ向けて発った方が良いと思われます」
「で、でも今のままじゃ普通に負けるんじゃ?」
「ええ。だからこそです。魔界の魔力、瘴気は魔物をより強力にしています。どうせ伝説から外れているなら、わざわざそれに沿おうとする必要もない」
つまり、さっさと魔界に行っちゃって強い魔物でレベリングしろってことかな。確かに今まで難しい依頼は(今日のを除いて)なかったし、魔界の魔物も龍牙ならなんとかなりそうだけど。
「今日はもう遅いですが、明日にでも王に謁見し、魔界へ渡る旨を伝えると良いかと」
「わかり……ました、そうしてみます」
窓からは薄く月明かりが差し込んでいた。アナと別れて外に出ると、屋台からのいい匂い。
「龍牙、少し屋台通りに寄っていかない?」
「あ……おう、そうだな! 軽くなんか食ってくか!」
龍牙は何か思い詰めたような顔をしていた。すぐいつもの表情に戻ったけど。
魔界云々で緊張してるのかな。ちょっと意外だ。




