71 旅立ち
軽めの夕食を終え、自室へ戻ろうとしたところで肩を叩かれる。
「よっすマコト! 元気してるか?」
「ローレンツさん」
僕が会釈すると、ローレンツさんはニカッと歯を見せて笑った。相変わらず年齢不詳だ。笑ってるときは20代前半くらいに見えるけど、じっと考え込んでるようなときには40代後半くらいにも見える。
……魔界に行くとなると、ローレンツさんとも暫く会えなくなるんだ。
基礎的な短剣の扱いから戦闘の心得まで、色々なことを教わった。だけど全然教わり足りない。僕はまだ戦闘に関してはヒヨっ子だし、龍牙だってそうだ。なんだか不安になってきた。龍牙のが伝染ったかな。
「暗い顔してんなぁ、まーた心配事か? ほれ笑顔笑顔!」
「え、あ、僕暗い顔してましたか?」
「そりゃもうこの世の終わりみたいな顔よ。リョーガと喧嘩でもしたか? それとも魔物にボロ負け?」
まぁ元気出せよ、とローレンツさんは僕の頭をわしゃわしゃ撫でる。僕が落ち込んでいるときなんかは、いつもわざわざ篭手を外してこうしてくれた。
「……実は、予定を早めて明日にでも魔界に向かう予定なんです。龍牙も弱気だし、少し不安で」
「なるほどな。確かに二人は魔界に行くには早すぎる。魔物は強いし魔族は敵だ。何故そんな予定に?」
「騎士団長のアナ……ちゃん? が、そうした方が良いと」
ローレンツさんはニヤ、と笑う。
「アナ''ちゃん''ねえ。確かに彼女はまだ若い。団長になったのも最近だし、部下でもない勇者の実力なんざ一目じゃわからんだろうな」
「やっぱりその、今の僕らじゃ厳しいですよね」
「恐らくは即死だ。攻撃役のリョーガもまだ適切な魔術の選択ができないし、マコトも補助役には足りない。回復魔術も使えないしな」
グッサリ刺さる。本当に僕は魔術が苦手だ。解析士なんてサポートがメインなのに、加速ですら未だに龍牙以上のものを使えない。回復に至っては龍牙が自分で治癒している。
「だがそうだな、あと一人知識のある指南役でもいれば可能性は十分にある。俺がついて行ければそれが一番いいんだが……」
多分無理だ、とローレンツさんは首を横に振る。そういえばこの人結構偉い人なんだっけ。
「魔王の軍勢が攻め入ってきたとき、俺はこの国を、国民を、そして王を護らなきゃならない。だがいつ来るかがわからん。魔界に派遣した部隊からの報告だってそう多くないからな」
「そう、ですよね」
「だーかーらー、んな暗い顔すんなって! 俺の同僚は実力あるやつばっかだ。心配いらねーよ」
ローレンツさんは、僕の背中を強めに叩き「じゃな!」と去っていった。
シエルは街で、天界での友人の匂いがしたと言っていた。つまりそれは、その天使を連れた勇者がこの世界に来ている可能性があるということ。
明日になれば、もしかしたら……。
*
「誠、起きてるかー? 王様んとこ行くぞ!」
「ん……龍牙か」
ノックもせずに部屋に入ってきていた龍牙は、既にいつもの服装に着替え終わっていた。
あの不安げな顔はどこへやら、すっかり元の龍牙だ。シエルに元気づけられたとかだろうけど。
「ほら、早くしないと置いてくぜ!」
「いや、待ってよ。今起きたとこなんだから……」
眠い目をこすりながらベッドから這い出し、寝巻きを脱ぐ。あれ、謁見のアポとか取らなくていいんだっけ。それとももう取ってある?
「何をもたついている。早くしろ。勇者を待たせるな」
「はいはいはいはい。わかったから黙っててよもう」
もう最近は僕も勇者だから、とか反論する気もなくなった。ルインはどうやら僕に散々に言えば満足らしいし。我慢我慢。シエル見て癒されたい。
「龍牙、行けるよ」
ボタンをかけ終わって振り向くと、龍牙はいなくなっていた。全く、せっかちにも程がある。
「貴様が遅すぎるのが悪い」
「いやいや、急いだ方でしょ。ルインはボタンかける服着たことないから知らないとかじゃないの?」
あ、黙り込んだ。もしや本当に着たことないのかな。いつもあの白いローブみたいなの着てるもんね。シエルは街でミニスカみたいなの買ってたけど。
「誠ぉー! 悪い! 先に朝飯食おう! 謁見、すぐには無理だってさ!」
「ああ、はいはい。やっぱりね」
当然だ。アポ取ってないのに謁見できるほど、王様は暇じゃない。逆に暇だったら怖い。
朝食を摂るくらいの時間で何とかなるのは、多分かなり調整してくれたからだろうな。
「おっ、今日は二人揃ってんな! 今から飯か?」
「ローレンツさん! そっすよ、今から飯っす!」
「おうおう、リョーガも元気そうでなによりだ。一緒に行こうぜ、俺も丁度朝飯食いに行くとこでな」
三人で他愛もないことを話しながら食堂へ向かう。僕はいつも通りパン(らしきもの)と野菜スープ。
龍牙は何やらステーキみたいなものを頼んでいた。朝からよく入るなとつくづく思う。
「いただっきまーす!」
「いただきます」
「やっぱ面白い掛け声だよな、それ。んじゃ俺もいただきます、と」
パンの質は正直あまり良くない。パサパサだし硬いし。だけど、こんな場所で出されるんだから多分この世界では最高級のものなんだろう。
反面、スープはかなり美味しい。独特な風味の香辛料がいいアクセントになってる。屋台のものもそうだけど、このあたりには香辛料が効いてる料理が多いみたいだ。僕らが日本で接してた数十倍は種類がありそう。
この世界に来てから雨が降ったことはほとんどないけど、もしや雨季と乾季とかあるのかな。香辛料がよく採れる地域にはそういう気候の場所もあったはず。でもこっちの香辛料が向こうと同じようなものとも限らないし、なんとも言えないか。
なんとなく四季はなさそう。ずっと春の陽気みたいな日が続いてるし。過ごしやすいから好きだけど。
「……誠! おい誠ってば!」
「……あ、ごめん。考え事してた」
「だろうと思ったぜ。ほら、これ」
龍牙から一冊の本……冊子のようなものを手渡された。
「これは?」
「おうマコト、俺が昨日徹夜でまとめた魔界の魔物一覧だ。資料から魔術で複写した部分もあるからちょっとした弱点も載ってる。心強いだろ?」
「僕たちのために……!? あ、ありがとうございます!!」
「いいってことよ。もう一度言うが、指南役がいれば可能性は十分にある。魔界の魔物だって少しでも知ってりゃ楽勝だ」
だから、とローレンツさんは僕らの肩に手を置く。
「頑張れよ、勇者」
「「はい!!」」
僕がスープを飲み終えると、大体十時くらいを指す鐘が鳴った。丁度いいくらいの時間だ。貰った冊子を小脇に抱え、謁見の間に急ぐ。
なんだか緊張してきた。王様と話すのは半分寝ぼけていた転生直後と同じだ。あれ、僕ってなんで死んだんだっけ。って今はそれどころじゃないか。
扉を騎士が開けると、正面の椅子には既に王様が座っていた。龍牙が片膝をついて頭を垂れたので、僕もそれに倣う。
「勇者よ、頭を上げるが良い。して、何用か」
「はい、実は……」
龍牙が、アナちゃんに魔界へ行けと言われたこと、やっぱりもう一人いないと厳しそうなことなどを伝える。
王様はふむ、と言ったきり黙り込んだ。重々しい空気が流れる。こんなに緊張するものだったっけ。龍牙とかもっとカジュアルな感じだったような気がするんだけど。転生直後は。
「エリッツ!」
「はっ」
「勇者に同行し、魔界へと向かえ。そして魔王を打ち倒してまいれ」
「御心のままに」
エリッツさんは、女性だった。例の鈍色の鎧に、髪は薄桃色のセミディ。
柔らかい雰囲気で、シエルとかと気が合いそうだ。でも、こんな優しそうな声で強いのかな。やっぱり国に戦力を残しておきたいとか?
「よろしくお願いしますね、勇者殿」
「よろしくお願いします!」
「よ、よろしく……お願いします」
軽く挨拶を交わすと、王様が口を開く。
「出発は刻十四、東門からとする!」
刻十四……大体四時間後くらいだ。旅の準備を含めても、お世話になった人にお礼を言うのと、少し食べ歩きをするくらいの時間はあるかな。
ああ、緊張してきた。これから僕らは、魔界に行くんだ。
次回から第3章です。




