でたとこクエスト 日常パート①
日常パートです。
いつもの集合場所である文芸部の部室棟は、木造の旧校舎を無理やりリノベーションして作られただけあって、あちこちガタがきており、和式ホーンテッドマンションといった風情がある。
それでも住めば都とは良くいったもので、最初、どうにも落ち着かなかったボロボロの部室も今では俺達にとって、最早、なくてはならない場所になっていた。
まぁ、だからと言って、部室の居心地が良いかというと、俺は「そうでもない」と答えるだろう。
何せ、この部室、夏は茹だるように暑く、冬は凍えるほどに寒いのだ。
昔の日本家屋を見習え。と俺は言いたい。
この校舎自体は昭和の初めからあったらしいが、ここが部室棟に改装されたのは、ここ30年ほどの話だという。
しかも、この学校にかつて在籍していた、学生達によるお手製なのだそうだ。
言ってみればこの部室棟、素人による突貫工事の賜物なのである。
30年保っている方が奇跡なのだ。
ちなみに、外にいるのとあまり変わらない環境に耐えかねた俺達は、部費でエアコンを購入しようとして、顧問のセンセイに、こっぴどく怒られた。
その代わりにセンセイからは「これで我慢しろ」と、見るからに古い冷蔵庫とカラカラ異音の鳴る扇風機を一台、進呈してくれた。
多分、粗大ゴミに出す予定のものを押し付けられたんだろうけど、今も両方とも現役で活躍してくれている。
今だって、扇風機は緩慢に首を振りながら、生温い風を送ってくれている。
ま、ないよりはマシか。
そんな昭和テイスト満載の部室にあって、ひときわ昭和臭を放っているのは部屋の中央に「でん」と置かれた、昭和の代名詞たるちゃぶ台の存在だろう。
そのちゃぶ台を囲み、夏休みの宿題に頭を悩ませているのは、俺を含めた3人である。
いや、正確に言えば、まともに宿題に取り組んでいるのは俺だけだったりするが。
ともかく、その3人の内の一人、スヤスヤと気持ち良さそうな寝息を立てている女子の名を深山雪乃と言う。
雪乃は名前の通り、透けるような白い肌と女子なら誰もが羨むようなスレンダーな体型に、不釣合いな巨乳を装備している。
彼女の纏う雰囲気はどこまでも柔和で、聖母のような慈愛を滲ませており、雪乃の少し垂れた目が彼女へとのんびりとした印象を加味していた。
そんな雪乃は今、ちゃぶ台にうつ伏せに、自分の巨乳を枕にして、寝息を立てていた。
そして、もう一人は石動憲吾。
180センチを超える長身に、精悍と言っていい顔立ち。鍛え抜かれた肉体は鋼のようで、趣味は筋トレという絵に描いたような脳筋野郎だ。
憲吾は今夜の夏祭りに備え、すでに甚平へと身を包んでおり、腰の後ろには団扇を差している。
しかも、気が早いことに、ちゃぶ台の上へと広げているのは、昼頃に出だした屋台で買って来た戦利品だ。
水滴の浮いたラムネやタコ焼き、手にはすでに半ばまでが齧られたフランクフルトを握っており、早くもお祭り気分で浮かれている。
しかもすでに小遣いを使い切っている辺り、脳筋の脳筋たる所以だろう。
そして、畳に寝転がっているもう一人。
マンガ雑誌を読みつつ「にゃははは」と笑っている女児、いや女子が一人。
この見た目、小学生にしか見えない哀れな女の名を佐伯一縷という。
一縷の身長は150センチに届かず、同じ年代の女子と比べても、あちこち見劣りするお子様体型がかなりの残念感を漂わせている。
雪乃と比べると、その体たらくに思わず憐憫の情を抱かずにいられないが、それでも心を鬼にして比較するのなら、雪乃が「ばいーん」なら一縷は「ちょいーん」である。
どこが、とは敢て言うまい。
一縷の顔立ちは実年齢より、4歳はあどけなく見え、頬にはソバカスが浮いており、何のつもりか、背中の中ほどにまで伸びた髪をツインテールにしていた。
しかも成長することを期待してか、かなり大き目の制服を身に着けていて、指先は袖にほとんど隠れており、いわゆる「萌えソデ」になってる。
これがもし、狙ってやっているのなら、かなりあざとい。
最後は俺、火臣儀一だ。
俺は自分で言うのも何だが、黒髪黒目、中肉中背、フツメンの『特徴がないのが特徴』を地で行く量産型高2男子だ。
基本ボッチ体質な俺は、幼馴染であるこの3人としかツルまない。
クラスでは大人しくしており、広く浅い付き合い、つまりは挨拶されたら返す程度の付き合いで済ましている。
時刻は夕方の6時になろうとしていた。
外はまだ凶悪なまでの陽射しが照りつけ、未だ蝉が狂ったように喚き散らしている。
降ろし立ての夏服は、ゴワゴワと肌に馴染まず、汗が背筋をツツーと伝う不快な感触。
「暑っちーな、もぅ」
俺はほぼ無意識に呟いていた。
――――と。
「ニャハハハハ」
という笑い声と同時に俺の脇腹へと蹴りが入る。
汗だくになりながら、日本文を必死に英訳している俺は、蹴られた拍子に歪んだアルファベットを消しゴムで消しつつ、怒りをグッと抑える。
「ニャハハハハ」
今度は連続して、ゲシゲシと2発。
ピキッと、俺の額へと青筋が走った。
このヤロウ。一度ならず二度までも。
「イチル! お前。いい加減にしとけよ。今日だけで一体、何度俺の脇腹を蹴ったら気が済むんだコンニャロー!?」
「何よ? ギー」
一縷が上体を捩り、勝気そうな顔をこちらへと向ける。
一縷は一応、俺より1歳年下のはずだが、幼馴染ということもあり、俺に対する遠慮は一切無い。
ちなみに、憲吾と雪乃の二人は俺と同い歳である。
「そんなの数えてる訳ないでしょ? それともギーは、気まぐれに蹴っ飛ばした路傍の石くれの数をいちいち覚えているって言うの?」
一縷が真顔でどっかの悪役みたいなセリフを吐く。
「いや、覚えてねーけど。お前にしたら、俺の脇腹はそこら辺に落ちてる石コロと同列か?
つーか手前ぇ、部室の中でゴロゴロしてんじゃねーよ。狭いんだから。
・・・・・・・パンツ見えるぞ?」
実際、一縷のヤツ、足を不用意にバタバタさせるもんだから、かなりキワドイとこまで、スカートが捲れ上がっていて、思いの外、白い太ももが露になっている。
一縷は「なっ!」と声を上げると、慌てて寝転んだまま、スカートの裾を押さえる。
頬にサッと赤味が差し、俺を「キッ」と睨み付けた。
「何だよ? 俺が悪いのか?」
思わずたじろぐ俺に「このヘンタイ」というシンプルな罵声と共に、一縷は手にしていた分厚い雑誌を俺へと投げつけた。
顔面へと飛んで来たそれを「危ね!」と声を上げて避ける俺。
「誰がヘンタイだ! 今さらお前のパンツなんかみても、いっこも嬉しかねーっての!」
俺は唸るように悪態を吐くと、素早く立ち上がって「オラオラー掛かってこんかい!」と、アゴをしゃくらせつつ、一縷を挑発する。
どうせなら、雪乃のパンツのが良いとは口が裂けても言えなかったが。
まだ続きます。




