幕間③ 白石、荒れた道に呆れる
灰岩の渓谷に入って、十歩ほど歩いたところで、白石は足を止めた。
(……なに、この道)
しゃがみ込んで、石畳を見る。
ひどかった。
道の真ん中に、薄汚れた布が何枚も敷かれ、その上に雑に土がかぶせてある。
布の端がめくれているところを覗くと、下は深い穴だった。
底で、緑色のどろどろしたものが、ぶくぶくと泡を立てている。
(穴を布で隠してるだけ? 危なすぎる)
誰がこんな工事をしたのか知らないが、これでは通行人が落ちる。
せめて、穴があると分かるようにしておかないと。
白石は布を一枚ずつ剥がし、土を払い、穴の口がちゃんと見えるようにした。
隣で、シロが妙な声を出していた。
「くぅん……くぅぅん……」
穴に近づくたびに、耳を伏せて、何か言いたげに鳴く。
「危ないって教えてくれてるの? えらいね」
頭を撫でると、シロはなぜか、ものすごく複雑な顔をした。
◆ ◆ ◆
少し進むと、今度は顔に何かがかかった。
細い糸だ。蜘蛛の巣らしい。目を凝らすと、道を横切るように何本も張られている。
(この谷、ずっと誰も手入れしてないんだな)
顔の前で手を払って、巣を取った。
いちいち手で払うのは面倒なので、道端の枝を何本か折って束ね、
それで前を払いながら歩くことにした。
シロが、また「くぅぅぅん」と鳴いた。さっきより切実な声だった。
「大丈夫、蜘蛛はいないみたい」
シロは、天を仰いだ。
◆ ◆ ◆
石畳の区間に入ると、白石は思わずため息をついた。
落書きだらけだった。
赤黒い塗料で、ぐにゃぐにゃした模様が石の一枚一枚に描かれている。
上から灰色の粉まで撒かれていて、汚れが汚れを呼んでいた。
(せっかくの石畳なのに)
元はきっと、綺麗な道だったはずだ。誰かが丁寧に石を切り出して、敷き詰めて。
それがこんなふうに荒らされているのが、白石にはどうにも我慢ならなかった。
気になったので、手を入れた。
一枚ずつ、丁寧に。シロは途中から鳴くのをやめて、遠い目をして座り込んでいた。
出口の手前では、ベタベタする床に靴底を取られかけた。こちらも放っておけなかった。
結局、渓谷を抜けるのに半日かかった。
◆ ◆ ◆
渓谷の出口で、荷馬車を引いた行商人のおじさんとすれ違った。
「おや、旅の人。谷を抜けてきたのかい。あそこは最近、物騒な噂があってねえ」
「道はひどかったですけど、通れるようにしておきました。穴には気をつけてください」
「通れるように?」
おじさんは首を傾げながら谷へ入っていき、しばらくして、ものすごい勢いで戻ってきた。
「あんた! あの道、どうやったんだい! 石畳がぴかぴかで、まるで王都の大通りだ!」
「いえ、気になったところを少し」
「少しってもんじゃないよ! ありがとうなあ、これで隣町まで半日早く着ける!」
おじさんは白石の手を握ってぶんぶん振り、干し果物を一袋押しつけて、上機嫌で谷へ戻っていった。
白石は、もらった干し果物をシロと分けながら歩いた。
誰かの通る道が、少しでも歩きやすくなるなら。それは、悪くない気分だった。
ただ、ひとつだけ。
「ねえ、シロ」
「わふ」
「話し相手がシロだけっていうのも、ちょっと寂しいね」
シロは不満そうに鼻を鳴らした。
次の町で、一緒に旅をしてくれる人が見つかるといい。
白石は、そんなことを考えていた。
まさかその願いが、翌日すぐに叶うことになるとは、思いもせずに。




