第29話 帰らなくていい(後編)
翌朝、白石は、詰所に出勤しなかった。
ネフィによれば、部屋で、作業着に着替えたまま、ずっと座っているという。
ヴァルグレイヴは、執務室で、書類を前に、羽ペンを持ったまま、動けずにいた。
リリエラが、何も言わずに、茶を置いて、下がった。
昼過ぎ、魔王は、異界掲示板を開いた。
◆ ◆ ◆
【相談】喧嘩をした件 Part6
1:魔王 ◆VaLgRaVe
相談がある。
白石と、喧嘩をした。
我は、帰り道が開いたら帰れ、我が消えるのは構わない、と言った。
白石は、帰らない、この世界に残って、一生かけて黒い染みを拭いて回る、と言った。
我は、それは我が三百年やってきたことと同じだ、
そなたにそんなことをさせるくらいなら消えた方がましだ、と言った。
白石は、泣いて、「ヴァルさんの、そういうところが、嫌いです」と言って、走っていった。
今朝から、詰所に来ていない。
どうすればいい。
2:名無しさん
あー……
3:名無しさん
それは喧嘩になるわ
4:名無しさん
「嫌いです」はきつい
5:名無しさん
魔王さん、ダメージ受けてて草……いや草じゃない
6:◆PDCAおじさん
魔王さん。
少し、お時間をください。もう一人のお話も、伺いたいので。
7:名無しさん
もう一人?
8:白石
すみません。私も、相談させてください。
ヴァルさんと、喧嘩しました。
9:名無しさん
え
10:名無しさん
本人きた
11:名無しさん
ちょっと待って、白石さんどうやって書き込んでるの?
12:白石
>>11
ヴァルさんの執務室に、掲示板を借りに来ました。
13:名無しさん
同じ部屋にいるじゃねーか!!!
14:名無しさん
同じ部屋で、口きかずに、スレで喧嘩の相談してるの!?
15:名無しさん
気まずすぎるだろ
16:名無しさん
想像したら面白すぎる
17:魔王 ◆VaLgRaVe
>>13
……白石が、扉を叩いて、入ってきた。掲示板を貸してくれ、と言った。目を合わせない。
今、我の机の端で、書き込んでいる。我は、反対の端にいる。
18:名無しさん
机の端と端www
19:名無しさん
小学生の喧嘩か
20:白石
>>17
余計なこと書かないでください。
21:魔王 ◆VaLgRaVe
>>20
……すまん。
22:名無しさん
スレで謝ってて草
23:名無しさん
口で言え口で
24:◆PDCAおじさん
お二人とも、ありがとうございます。
では、白石さん。白石さんのお考えを、聞かせてください。
25:白石
>>24
私は、ヴァルさんに消えてほしくないです。
帰れば、ヴァルさんが消える。だから、帰らない。
残って、黒い染みは私が拭く。そうすれば、誰も消えないで済むって、思いました。
でも、ネフィに、それはヴァルさんが三百年やってきたことと同じだって言われて。
ヴァルさんにも、同じことを言われて。
分かってるんです。
分かってるけど、じゃあ、どうすればいいのか、分からなくて。
26:◆PDCAおじさん
>>25
ありがとうございます。
では、整理しますね。
魔王さんのゴールは、「白石さんが、家族のもとに帰れること」。
手段は、「自分が消えること」。
白石さんのゴールは、「魔王さんが、消えないこと」。
手段は、「自分が帰らずに、一人で拭き続けること」。
お二人とも、ゴールは、相手のため。
そして、手段は、自分一人が犠牲になること。
同じ間違いを、しています。
27:名無しさん
課長……
28:名無しさん
的確すぎる
29:名無しさん
どっちも相手のことしか考えてないから喧嘩になるやつ
30:◆ビルメン二十年
白石さん。
同業者として、一つだけ、言わせてください。
一人で、世界中を拭いて回る。
それは、掃除のプロのやり方じゃありません。
ビルの清掃は、チームでやります。
広い現場を、一人で全部やろうとする作業員は、必ず、どこかで倒れます。
倒れたら、その現場は、誰も拭かなくなる。
あなたは、それを、誰よりも知っているはずです。
先輩さんが、胃に穴を開けたのを、見てきたんでしょう。
31:白石
>>30
……はい。
32:◆ビルメン二十年
>>31
汚れは、毎日出ます。だから、毎日、みんなで、少しずつ拭く。
一人に押しつけない。
それが、掃除の基本です。
システムが三百年やってきたのは、魔王さん一人に、全部押しつけることでした。
それに対して、あなたが同じことを、自分一人でやろうとしてどうするんですか。
33:名無しさん
ビルメンさん……
34:名無しさん
今日の名言
35:名無しさん
なあ、もう素直に言おうぜ
白石さんも帰って、魔王さんも消えない。どっちもやる方法を、みんなで探す。
それ以外の答え、ある?
36:名無しさん
>>35
それな
37:名無しさん
二択にしてるのはシステムだけだろ。俺らが乗る必要ない
38:名無しさん
第一部だって、「勇者が魔王を倒す」か「魔王が勇者を倒す」かの二択だったのを、
全部ひっくり返したじゃん
39:◆PDCAおじさん
>>35、>>38
その通りです。
魔王さん、白石さん。
システムが出した二択に、答える必要はありません。
ゴールは、私たちで決めましょう。
ただ、その前に。
お二人とも、今、同じ部屋にいますよね。
顔を上げて、話してください。スレではなく、口で。
40:名無しさん
課長、さすが
41:名無しさん
頼むから口で話して
42:名無しさん
見守ってる
◆ ◆ ◆
執務室の机の、端と端。
ヴァルグレイヴは、板から、顔を上げた。
机の反対の端で、白石も、顔を上げていた。
目が、合った。
白石の目は、真っ赤に腫れていた。
一晩中、泣いていたのだろう。
ヴァルグレイヴは、立ち上がった。
机を回り込んで、白石の前まで歩いていった。
白石も、立ち上がった。
「……白石」
「……はい」
「帰れと、命じて、すまなかった」
魔王は、頭を下げた。
「我が消えればいいと、言って、すまなかった。そなたが、泣くとは、思わなかった」
「……私も」
白石は、作業着の裾を、ぎゅっと握った。
「嫌いって言って、ごめんなさい」
声が、震えた。
「嫌いじゃ、ないです。全然。
……ヴァルさんが、一人で全部背負っちゃうところが、見てられなくて」
「……ああ。分かっている」
魔王は、顔を上げた。
「我も、そなたが一人で全部背負おうとするのを、見ていられなかった」
二人は、しばらく、黙って、向かい合っていた。
やがて、白石が、くすりと笑った。
泣き腫らした目のまま。
「……同じですね、私たち」
「ああ。同じだ」
魔王も、口元をゆるめた。
執務室の扉の向こうで、ネフィとシロとリリエラが、
聞き耳を立てていたことに、二人は、気づかなかった。
◆ ◆ ◆
43:魔王 ◆VaLgRaVe
口で、話した。
仲直りした。
44:白石
しました。
45:名無しさん
よかった!!
46:名無しさん
おめでとう!!
47:名無しさん
こっちまでほっとした
48:魔王 ◆VaLgRaVe
明日、作戦会議をしたい。
帰るか、消えるか、ではなく。
白石も帰って、我も消えない。その方法を、探す。
皆、手を貸してくれ。
49:白石
お願いします。
50:◆PDCAおじさん
承りました。
明日、第二部の、ゴール設定をしましょう。
51:名無しさん
きた
52:名無しさん
全員集合だ
53:◆ビルメン二十年
現場は、チームでやるものです。
明日、お待ちしています。




