第28話 新たな予言(後編)
空に、板が浮かんでいた。
魔王城の上空だけではなかった。
勇者の湖の上に。
沼地の村の子どもたちが、釣り竿を握ったまま、空を見上げていた。
灰岩の渓谷の上に。
ドルガンの工兵隊が、石畳を磨く手を止めて、空を見上げていた。
北の砦の上に。
バルドが、斧を担いだまま、空を見上げていた。
聖王国の王都の上に。
ディートリヒが、肖像画の廊下の窓から、空を見上げていた。
王の間で、国王ルドルフ十三世が、布を握ったまま、空を見上げていた。
地下牢の格子の奥で、大神官オルヴェンが、天井の向こうを見上げて、目を閉じていた。
世界中の空に、同じ板が、浮かんでいた。
◆ ◆ ◆
そして、異界掲示板にも。
27:システム
【通知】再計算が、完了しました。
28:名無しさん
は?
29:名無しさん
え???
30:名無しさん
システムが書き込んできた!?
31:名無しさん
こわいこわいこわい
32:システム
【通知】瘴気の集積先を、失いました。
【通知】集積先を失った瘴気は、世界に、溢れ続けます。
33:名無しさん
集積先を失った……
34:システム
【予言】
勇者が、元の世界へ帰る時、魔王は、消える。
35:名無しさん
36:名無しさん
37:名無しさん
は
38:システム
【通知】予言の成就により、魔王は、集積した全ての瘴気と共に、消滅します。
【通知】新たな魔王を任命し、新たな集積先とします。
【通知】世界は、元に戻ります。
【通知】以上です。
39:名無しさん
ふざけんな
40:名無しさん
何が「以上です」だ
41:名無しさん
事務連絡みたいに言うな
◆ ◆ ◆
執務室は、静まり返っていた。
空の板が、ゆっくりと、薄れていく。
異界掲示板の上の、システムの書き込みだけが、残っていた。
ヴァルグレイヴは、板を見つめたまま、動かなかった。
「……そうか」
やがて、低い声で、呟いた。
「集積先、か」
白石が、魔王を見た。
「ヴァルさん……?」
「白石。そなたの、言った通りだ」
魔王は、自分の胃のあたりに、そっと手を当てた。
「三百年、我の胃は、痛み続けてきた。
我は、ずっと、責任の重さのせいだと思っていた。
民の暮らし。勇者の脅威。システムの圧力。
それが、胃に来ているのだと」
魔王は、静かに笑った。
「違ったのだな。我の中に、溜まっていたのだ。世界中の、瘴気が」
◆ ◆ ◆
42:◆PDCAおじさん
魔王さん。
私が、さっき書こうとしたのは、それでした。
システムが瘴気を集めていた場所。
それは、魔王さんご自身だった。
魔王という役職は、世界中の瘴気を溜め込むための、器だった。
そして、器が一杯になる頃に、勇者を召喚して、器ごと、壊す。
勇者が魔王を討つ。予言とは、つまり、器の交換のことだった。
43:名無しさん
うそだろ
44:名無しさん
魔王さんの胃痛って、そういうことだったの……
45:名無しさん
三百年、世界中のゴミを、一人で胃に溜め込んでたってこと?
46:◆ビルメン二十年
……清掃業者として、言わせてください。
それは、掃除ではありません。
ゴミを、誰か一人の部屋に押し込んで、部屋ごと燃やしているだけです。
47:名無しさん
ビルメンさん、怒ってる
48:名無しさん
そりゃ怒るわ
49:◆PDCAおじさん
満月の夜、白石さんが紋を拭い取って、システムの予言は成就しなくなりました。
器の交換が、止まった。
システムは、集積先を、失った。
正確には、魔王さんという器に、瘴気を流し込むことができなくなった。
だから、魔王さんの胃痛は、ましになった。
そして、行き場を失った瘴気が、世界中に、漏れ出し始めた。
50:名無しさん
全部、繋がった
51:名無しさん
繋がってほしくなかった
52:魔王 ◆VaLgRaVe
皆。
今、分かったことを、書いておく。
三百年前、我は、システムに、魔王に任じられた。
その時から、我は、器だったのだろう。
先代の魔王も、その前の魔王も。
歴代の魔王は、皆、器だった。そして、勇者に討たれて、溜め込んだ瘴気ごと、消えていった。
我が三百年、生き延びたのは、勇者を殺し続けたからだ。
器が壊されないように。……その代わりに、十一人の勇者が、死んだ。
53:名無しさん
魔王さん……
54:名無しさん
それは、魔王さんのせいじゃない
55:名無しさん
システムのせいだろ
56:魔王 ◆VaLgRaVe
そして、今、システムは言った。
勇者が元の世界へ帰る時、魔王は消える、と。
白石が帰る道を開けば、我は、溜め込んだ瘴気と一緒に、消える。
新たな魔王が任じられ、全てが、元に戻る。
白石が帰らなければ、瘴気は、世界中に溢れ続ける。
57:名無しさん
なんだよそれ
58:名無しさん
どっちも地獄じゃん
59:名無しさん
白石さんに、魔王さんを犠牲にして帰るか、世界を汚して残るかを選ばせるのか
60:名無しさん
システム、最低すぎる
◆ ◆ ◆
白石は、何も言わなかった。
執務室の、魔王の机の隣で、立ち尽くしていた。
手の中で、くたくたの布を、握りしめていた。
三百年。
ヴァルさんの胃が、ずっと痛かった。
胃薬を、何包も、何包も飲んで。
血を吐いて、倒れて。
それでも、毎日、書類と向き合って。
世界中の汚れを、一人で、体の中に溜め込んで。
誰にも、拭いてもらえずに。
「……白石」
魔王が、静かに、白石を見た。
「顔色が、悪い」
「……ヴァルさんこそ」
声が、かすれた。
「ヴァルさんこそ、三百年、ずっと、顔色、悪かったんですよ」
魔王は、わずかに、目を見開いた。
それから、困ったように、笑った。
「……そうか。気づかなかった」
白石は、唇を噛んだ。
何か、言わなければいけないと思った。
何を言えばいいのか、分からなかった。
帰りたい。
そう言った。
露台で。
お母さんに会いたい、と。
帰れば、この人が、消える。
白石は、布を握りしめたまま、執務室を、出ていった。
「白石!」
背中で、魔王の声がした。
白石は、振り返らなかった。
振り返ったら、きっと、泣いてしまうから。
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【予言】勇者が、元の世界へ帰る時、魔王は、消える。
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魔王の机の上に、板が、一枚だけ、残っていた。




