第28話 新たな予言(前編)
「――黒い、染み?」
翌朝の執務室で、白石の報告を聞いたヴァルグレイヴは、眉をひそめた。
「はい。湖の岸辺に。墨を一滴、垂らしたみたいな、小さいのが」
白石は、指先で、豆粒ほどの大きさを作ってみせた。
「拭けば消えるんです。でも、拭いた端から、別の場所に、また出てくるんです。
どこから来てるのか、分からなくて」
「……なぜ、昨日のうちに言わなかった」
白石は、ふっと、目を逸らした。
「ヴァルさんの、お休みの日だったので」
ヴァルグレイヴは、何か言いかけて、やめた。
昨日の夕方、湖の岸辺から戻ってきた白石の顔を、思い出していた。
何でもない、と笑っていた顔。
「……気を遣わせたな」
「いえ」
その時、執務室の扉が、叩かれた。
入ってきたリリエラの腕には、羊皮紙の束が抱えられていた。
「陛下。各地から、報告が上がっております」
秘書官の声は、いつもより、少しだけ硬かった。
「黒い染みが、出ている、と」
◆ ◆ ◆
報告は、魔王領中から届いていた。
灰岩の渓谷の街道。
白く磨かれた石畳の隙間に。
北の砦の井戸。
澄んだ水面に。
ルーメンの町の、時計塔の窓ガラスに。
魔王城の中庭の、桜に似た白い花の木の根元に。
そして、聖王国からも。
ディートリヒの、几帳面な字で。
白石殿が掃除してくれた共同の井戸の水面に、黒い染みが浮かんでいる、と。
どれも、小さかった。
指先ほどの、墨の一滴。
拭けば、消える。
だが、拭いた端から、どこか別の場所に、また滲み出してくる。
「……増えている」
ヴァルグレイヴは、羊皮紙の日付を、一枚ずつ確かめた。
最初の報告は、満月の夜から、十日ほど後。
それから、日を追うごとに、報告の数が、少しずつ増えていた。
「陛下」
リリエラが、静かに言った。
「聖王国の大神官が、ディートリヒ殿に、こう言ったそうです。
『集める者のいなくなった汚れが、どこへ向かうのか』と」
執務室に、沈黙が落ちた。
◆ ◆ ◆
【反省会】黒い染みについて Part5
1:魔王 ◆VaLgRaVe
相談がある。
魔王領と聖王国の各地に、小さな黒い染みが現れ始めた。
墨の一滴ほどの大きさだ。
白石が拭けば消えるが、拭いた端から、別の場所に滲み出してくる。
満月の夜から十日ほど後に始まり、日ごとに増えている。
聖王国の大神官は、こう言っていたそうだ。
「神は、汚れを集めておられた。
世界中の瘴気を一か所に集め、勇者と魔王をぶつけることで、まとめて消しておられた。
あの娘は、神の掃除を止めた。
いずれ分かる。
集める者のいなくなった汚れが、どこへ向かうのか」
2:名無しさん
うわ
3:名無しさん
不穏すぎる
4:名無しさん
第二部、日常回だけじゃなかった
5:◆PDCAおじさん
魔王さん。情報を整理させてください。
一。システムは、世界中の瘴気を、一か所に「集めて」いた。
二。集めた瘴気は、勇者と魔王を戦わせることで、「まとめて消して」いた。
三。満月の夜、白石さんが紋を拭い取り、システムは「再計算中」になった。
四。その十日後から、黒い染みが、各地に現れ始めた。
つまり、システムが瘴気を「集める」のを、止めた。
行き場を失った瘴気が、少しずつ、世界中に漏れ出している。
そう考えるのが、自然だと思います。
6:名無しさん
なるほど
7:名無しさん
ゴミ収集車が来なくなったら、ゴミが街中に溢れる、みたいな
8:◆ビルメン二十年
>>7
まさに、それです。
ビルの清掃でも、ゴミを一か所に集める集積所がなくなったら、各フロアにゴミが溜まり始めます。
一つ一つは小さくても、放っておけば、必ず、手に負えなくなる。
9:◆PDCAおじさん
そして、一番の疑問は、ここです。
システムは、瘴気を、「どこに」集めていたのか。
10:名無しさん
たしかに
11:名無しさん
どこかに瘴気の集積所があったってこと?
12:名無しさん
第一部で、システムが「瘴気濃度が規定値を下回りました」って警告してたよな
瘴気が減ると困る理由があったんだ
13:魔王 ◆VaLgRaVe
>>9
……分からん。
三百年、システムの言うことに従ってきたが、システムが何をしているのか、
我は、ほとんど知らなかった。
14:白石
横から、すみません。
一つ、気になってることがあるんですけど、書いてもいいですか。
15:魔王 ◆VaLgRaVe
>>14
……白石。我の隣にいるのだから、口で言えばいいだろう。
16:名無しさん
wwww
17:名無しさん
隣にいるのにスレで会話してて草
18:白石
>>15
あ、そうでした。でも、課長さんたちにも聞いてほしくて。
ヴァルさん。最近、胃、痛くないですよね。
19:魔王 ◆VaLgRaVe
>>18
……言われてみれば。
露台でそなたと会った日から、三包目の胃薬を飲んでいない。
昨日の休みの日は、一度も痛まなかった。
20:白石
>>19
それ、休みを取ったからとか、悩みが減ったからとか、そういうのもあると思うんです。
でも。
ヴァルさんの胃痛が、ましになり始めたのって、いつからですか。
21:魔王 ◆VaLgRaVe
>>20
……
満月の夜から、だ。
22:名無しさん
え
23:名無しさん
ちょっと待って
24:名無しさん
黒い染みが出始めたのも、満月の夜の後
25:◆PDCAおじさん
>>21
……魔王さん。
私も、今、同じことを考えています。
システムが、瘴気を「集めていた場所」。それは――
26:魔王 ◆VaLgRaVe
――すまん。板が。
◆ ◆ ◆
執務室の空気が、ふっと、冷たくなった。
ヴァルグレイヴの目の前に、半透明の板が浮かび上がった。
システムの板だった。
白石と露台で会った日の夜、
「新たな予言を、生成します」と告げたきり、文字を途切れさせて、沈黙していた板。
板は、白石の目の前にも、浮かんでいた。
リリエラの前にも。
そして、執務室の窓の外に、もう一枚。
空に。
魔王城の上空いっぱいに、巨大な半透明の板が、広がっていた。




