↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
80/93

第27話 魔王、有給を取る(後編)

翌朝、ヴァルグレイヴは、いつもの時刻に目を覚ました。

夜明けの一刻前。

三百年、一日も変わらなかった時刻だった。

身支度を整え、黒いマントを羽織り、いつものように、執務室の扉を開けた。

執務室の机に、リリエラが座っていた。

魔王の椅子に。


「おはようございます、陛下」


秘書官は、羽ペンを走らせる手を止めずに言った。


「本日は、お休みです。お引き取りください」

「……少しだけ、昨日の陳情書の続きを」

「お休みです」

「北の砦の改修の件だけでも」

「お休みです」


リリエラは、顔も上げなかった。

ヴァルグレイヴは、しばらく、扉の前で立ち尽くしていた。

三百年で、初めて、自分の執務室から追い出された。


◆ ◆ ◆


廊下を、当てもなく歩いた。

どこへ行けばいいのか、分からなかった。

何をすればいいのか、分からなかった。

角を曲がったところに、伝令の兵が、陳情書の束を抱えて立っていた。

執務室に届けるところらしい。


「……それを、見せてみろ」

「へ、陛下!? いえ、しかし、秘書官様から、今日は陛下にお渡ししてはならないと――」

「一枚だけだ」


伝令の兵が、困り果てた顔で、陳情書の束を差し出しかけた、その時。


「ヴァルさん」


背後から、声がした。

振り返ると、紺色の作業着ではなく、白いシャツに麻のスカートという、

見慣れない格好の白石が、腕を組んで立っていた。

隣で、同じく私服のネフィが、にやにやと笑っている。

足元で、シロが、尻尾を振っていた。


「お休みの日ですよね」

「……少しだけ、と思った」

「だめです」


白石は、伝令の兵に、にっこり笑いかけた。


「それ、リリエラさんのところに持っていってください。お願いします」

「は、はいっ!」


兵が駆けていくと、白石は、魔王の袖を、くいと引っ張った。


「行きましょう、ヴァルさん」

「……どこへ」

「お休みの日に、行くところです」


◆ ◆ ◆


転移の光が、湖畔に瞬いた。

勇者の湖。

朝の光を受けて、湖面が、きらきらと光っていた。

岸辺には、柔らかな草が青々と茂り、その向こうに、小さな村の屋根が並んでいる。

湖の南側には、新しく開いたばかりの水田が、来年の田植えを待って、整然と区切られていた。

三百年、腐泥の湿原だった場所だ。


「……ここに、来たことはなかった」


ヴァルグレイヴは、湖を見渡して、呟いた。


「報告書でしか、知らなかった」

「でしょうね」


白石は、くすりと笑った。


「ヴァルさん、全部、報告書と帳簿で知ってるんですもん。たまには、実物を見ないと」

「現場主義、か」

「はい。現場主義です」

「――まおうさまだ!」


村の方から、甲高い声が響いた。

子どもたちが、わあっと、駆けてきた。

十人、二十人。

先頭に、あの、咳をしていた子がいた。


「ほんとに、まおうさまだ!」

「つのがある!」

「おっきい!」


あっという間に、魔王は、子どもたちに取り囲まれた。

マントの裾を引っ張られ、角を指さされ、足元にしがみつかれる。

ヴァルグレイヴは、どうしていいか分からず、固まっていた。

咳をしていた子が、魔王の前に立って、まっすぐに見上げた。


「まおうさま。ひもの、たべた?」


――まおうさま ありがとう。

藁の結び目に挟まっていた、あの札を、思い出した。


「……ああ。食べた。うまかった」


子どもは、ぱあっと、顔を輝かせた。


◆ ◆ ◆


【休日】魔王さんの初めての有給を見守るスレ Part4


1:白石

ヴァルさんの代わりに、スレを立てます。

今日は、ヴァルさんの、三百年で初めてのお休みの日です。

朝、執務室に行こうとして、リリエラさんに追い出されていました。

それから、廊下で陳情書をもらおうとしていたので、捕まえて、勇者の湖に連れてきました。

今、村の子どもたちに、囲まれています。


2:名無しさん

初手で執務室行ってて草


3:名無しさん

予想通りすぎる


4:名無しさん

白石さん、見張りおつかれ


5:白石

ヴァルさん、子どもたちに、釣りを教わっています。

全然、釣れていません。

子どもたちに、「まおうさま、へた!」って言われて、

すごく真剣な顔で、もう一回、竿を振っています。


6:名無しさん

かわいいかよ


7:名無しさん

世界の八割を支配する魔王、釣りが下手


8:名無しさん

子どもに「へた!」って言われる魔王


9:◆PDCAおじさん

仕事と関係ないことに、真剣になる。

それが、一番の休息です。


10:白石

釣れました!

小さいお魚です。手のひらくらい。

ヴァルさん、子どもたちと一緒に、すごく喜んでいます。

三百年で一番の戦果だ、って言ってました。


11:名無しさん

wwwwww


12:名無しさん

三百年で一番の戦果が小魚


13:名無しさん

世界征服より嬉しそう


14:白石

お昼に、釣ったお魚を、村の人が焼いてくれました。

ヴァルさんと、子どもたちと、湖のほとりで食べました。

ヴァルさん、湖を見ながら、

「報告書には、こんなに綺麗だとは書いていなかった」って言っていました。


15:名無しさん

いい休日だ……


16:名無しさん

泣ける要素ないのに、なんか泣ける


17:白石

ヴァルさん、寝ました。

湖のほとりの、木の下で。お昼ご飯の後、座っていたら、こくこくし始めて、そのまま。

リリエラさんいわく、陛下が昼寝をしているところは、一度も見たことがないそうです。


18:名無しさん

うおおおお


19:名無しさん

昼寝できた!


20:名無しさん

三百年分の睡眠不足……


21:白石

子どもたちが、寝ているヴァルさんの角に、花の冠をかけています。

起こした方がいいでしょうか。


22:名無しさん

>>21

起こすな


23:名無しさん

>>21

そのままにしておいて


24:◆ビルメン二十年

>>21

休憩中の作業員は、起こさないのが鉄則です。


25:◆PDCAおじさん

>>21

寝かせてあげてください。

……私も、こんな休日が欲しいです。


◆ ◆ ◆


ヴァルグレイヴが目を覚ました時、湖は、夕焼けに染まっていた。

頭が、妙に重かった。

手をやると、角に、何かが引っかかっていた。

花の冠だった。

白と黄色の小さな花を、子どもたちが器用に編んだもの。


「……」

「おはようございます、ヴァルさん」


隣で、白石が、膝を抱えて座っていた。


「よく寝てましたね。三刻くらい」

「……三刻」

「すごく、気持ちよさそうでした」


ヴァルグレイヴは、花の冠を、そっと外した。

手のひらの上で、しばらく眺めていた。

不思議だった。

胃が、痛くなかった。

朝、目を覚ましてから、一度も。


「……白石」

「はい」

「休むというのは、こういうことか」


白石は、少し考えてから、笑った。


「たぶん、そうです」


◆ ◆ ◆


帰る前に、白石は、一人で、湖の岸辺を歩いた。

夕焼けの湖は、本当に綺麗だった。

水は澄んで、底の小石まで見える。

三週間かけて、この湖にしたのだと思うと、少しだけ、誇らしかった。

岸辺の、葦の根元で、白石は、足を止めた。

水面に、小さな、黒い染みがあった。

指先ほどの大きさ。

墨を一滴、垂らしたような。

それが、水の中で、ゆらりと揺れていた。

白石は、しゃがみ込んで、布で、それを拭った。

染みは、すうっと、消えた。

ほっとして、立ち上がろうとした時。

少し離れた水面に、また、同じ染みが、浮かんでいた。

白石は、それも拭った。

消えた。

顔を上げると、また、別のところに。

小さな、小さな、黒い染み。

拭けば消える。

けれど、拭いた端から、どこか別の場所に、滲み出してくる。


(……どこから、来てるんだろう)


白石は、葦の根元に、しゃがみ込んだまま、湖を見渡した。

湖は、夕焼けに染まって、変わらず、綺麗だった。

黒い染みは、目を凝らさなければ分からないほど、小さかった。

けれど、確かに、そこにあった。


「白石?」


背後で、魔王の声がした。

白石は、立ち上がって、振り返った。

笑顔を作った。


「何でもないです。帰りましょう、ヴァルさん」


今日は、ヴァルさんの、初めてのお休みの日だから。

話すのは、明日にしよう、と思った。

ヴァルグレイヴは、白石の顔を、じっと見た。

それから、何も言わずに、頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。