第27話 魔王、有給を取る(前編)
聖王国から戻った翌朝、白石は、詰所に行く前に、魔王の執務室に寄った。
出張の報告をするためだった。
扉を叩くと、中から、くぐもった声で「入れ」と聞こえた。
執務室の机の上には、書類が、山になっていた。
三日分。
白石が聖王国に行っていた間に、溜まったものだ。
その山の向こうで、魔王が、羽ペンを走らせていた。
胃のあたりを、押さえながら。
「……ヴァルさん」
「ああ、白石。戻ったか。聖王国の件は、ヴォルフから聞いた。よくやって――」
「昨日、寝ました?」
魔王の羽ペンが、止まった。
「……少しは」
「どのくらい」
「……一刻ほど」
「一刻って、二時間くらいですよね」
魔王は、答えなかった。
白石は、執務室の隅に控えていたリリエラを見た。
秘書官は、無表情のまま、そっと目を逸らした。
「リリエラさん。ヴァルさん、最後にお休みを取ったのって、いつですか」
リリエラは、しばらく黙っていた。
それから、静かに答えた。
「私が秘書官になってから、三百年。一日も、ございません」
◆ ◆ ◆
「三百年」
白石は、思わず繰り返した。
「三百年、一日も、休んでないんですか」
「休む必要がなかった」
魔王は、少し居心地悪そうに言った。
「我が休めば、政務が滞る。陳情書が溜まる。民が困る」
「でも、ヴァルさんが倒れたら、もっと困りますよね」
「……倒れていない」
「この前、胃に穴、開きかけましたよね」
魔王は、また、黙った。
白石は、山積みの書類を見て、それから、魔王の顔を見た。
目の下に、深い隈があった。
初めて露台で会った時より、濃くなっている気がした。
「ヴァルさん。有給、取ってください」
「……ユウキュウ?」
「有給休暇です。お給料をもらいながら、仕事を休める日のことです」
魔王は、怪訝そうに眉をひそめた。
「給料をもらいながら、働かない。……それは、怠慢ではないのか」
「違います」
白石は、きっぱりと言った。
「休むのも、仕事のうちです。
休まないで働き続けると、体を壊して、判断を間違えて、
結局、もっとたくさんの人に迷惑をかけるんです。
私の前の会社でも、それで、何人も倒れました」
先輩の顔が、頭をよぎった。
病院のベッドで、「現場に戻りたいなあ」と呟いていた顔が。
「ヴァルさんに、そうなってほしくないんです」
魔王は、羽ペンを置いた。
◆ ◆ ◆
【相談】有給休暇というものについて Part3
1:魔王 ◆VaLgRaVe
相談がある。
白石に、「有給」を取れと言われた。給料をもらいながら、働かずに休む日のことだそうだ。
我は、三百年、一日も休んだことがない。休み方が分からん。
そもそも、休むことは、怠慢ではないのか。
2:名無しさん
三百年無休!?
3:名無しさん
ブラックすぎる
4:名無しさん
自分で自分をブラック労働させてる魔王
5:名無しさん
そりゃ胃に穴も開くわ
6:◆PDCAおじさん
>>1
魔王さん。白石さんが、正しいです。
休むことは、怠慢ではありません。休息は、Planの一部です。
人は、休まずに働き続けると、判断力が落ちます。
判断力が落ちた上司は、部下を守れません。
……私も、最近、ようやく、それが分かりました。
先月、十年ぶりに、有給を取りました。
7:名無しさん
課長も十年ぶりかよ
8:名無しさん
胃弱同盟の二人、どっちも休めてなかった
9:◆ビルメン二十年
>>1
清掃の現場でも、同じです。
疲れた作業員は、必ず事故を起こします。
脚立から落ちる。薬剤を間違える。
だから、休憩と休日は、安全管理の一部です。
10:魔王 ◆VaLgRaVe
>>6、>>9
……休息は、仕事の一部。
分かった。一日、休んでみる。
だが、その間の政務は、どうすればいい。
11:名無しさん
秘書官さんに任せればいいじゃん
12:名無しさん
前に城を任せた時、完璧だったじゃん
13:◆PDCAおじさん
>>10
秘書官さんに、代理をお願いしましょう。
それから、魔王さん。休みの日は、一つだけ、守ってください。
仕事のことを、考えないこと。
14:魔王 ◆VaLgRaVe
>>13
……それが、一番、難しそうだ。
15:名無しさん
ですよね
16:名無しさん
絶対こっそり執務室に戻るやつ
17:名無しさん
白石さん、魔王さんを見張ってて
18:白石
>>17
任せてください。
明日、ヴァルさんを、外に連れ出します。
19:名無しさん
頼もしい
20:名無しさん
明日、魔王さんの休日実況、楽しみにしてる
21:魔王 ◆VaLgRaVe
>>20
休日に、掲示板は、仕事に入るのか?
22:名無しさん
>>21
入らない! 趣味!
23:名無しさん
むしろ休日の楽しみ
24:魔王 ◆VaLgRaVe
……そうか。
なら、明日も、書き込もう。




