第26話 聖王国の大掃除(後編)
【現場】環境整備局・現場担当の仕事を見守るスレ Part2
1:魔王 ◆VaLgRaVe
白石が、聖王国に出張している。
聖騎士団長から、依頼があった。聖王国は、神の恩寵を失い、井戸が涸れ、
王は閉じこもり、民は途方に暮れている。何から手をつければいいか、見てほしい、と。
白石は、涸れた井戸を見て、
「涸れたのではなく、三百年分の泥と苔で、水の道が詰まっているだけ」と言った。
今から、井戸の底に降りて、掃除をするそうだ。
ビルメンどの。井戸の底に降りるのは、危険はないか。
白石が、先輩に聞いてほしい、と。
2:◆ビルメン二十年
>>1
あります。大いにあります。
白石さんに、すぐ伝えてください。
長年放置された井戸の底は、酸素が薄くなっていたり、
有毒なガスが溜まっていたりすることがあります。
こちらの世界でも、毎年のように、井戸やマンホールの中で作業員が倒れる事故が起きています。
一、いきなり降りないこと。まず、底の空気を入れ替えること。
二、命綱をつけること。上で、必ず誰かが綱を持っていること。
三、一人で降りないこと。具合が悪くなったら、すぐに引き上げてもらえるように。
3:名無しさん
ガチの安全指導きた
4:名無しさん
酸欠は怖い
5:名無しさん
ビルメンさん、頼りになる
6:魔王 ◆VaLgRaVe
>>2
伝えた。
白石が、「さすが先輩、ありがとうございます。基本、忘れるとこでした」と言って、
縄を一度ほどいた。
工作員が、翼で風を起こして、井戸の底に新しい空気を送り込んでいる。
白い狼が、井戸の縁に鼻を突っ込んで、匂いを嗅いでいる。
悪い匂いがしなくなるまで、待つそうだ。
黒騎士と、聖騎士団長が、二人で命綱を握っている。
7:名無しさん
ネフィちゃんが送風機になってる
8:名無しさん
シロがガス検知器
9:名無しさん
命綱持ってるのが元敵同士の騎士二人なの熱い
10:◆ビルメン二十年
>>6
完璧です。安全第一。これが一番大事です。
11:魔王 ◆VaLgRaVe
白い狼が、尻尾を振った。もう大丈夫だという合図らしい。
白石が、降りていった。
12:名無しさん
がんばれ白石さん
13:名無しさん
ドキドキする
14:魔王 ◆VaLgRaVe
半刻ほど、井戸の底から、泥をかき出す音と、ブラシで石を擦る音が、聞こえていたそうだ。
それから。
水の音がした。
15:名無しさん
きた!
16:名無しさん
うおおお
17:魔王 ◆VaLgRaVe
白石が、引き上げられた。泥だらけだった。
その後ろから、水が、湧き上がってきた。
井戸の底から、ごぼごぼと音を立てて。
三百年分の泥の下に、詰まっていた水の道が、開いたのだ。
澄んだ水が、井戸の縁まで、満ちた。
周りで見ていた女たちが、桶を放り出して、泣き出したそうだ。
18:名無しさん
やった!!!
19:名無しさん
恩寵なしで水が湧いた
20:名無しさん
いや、恩寵じゃなくて、もともと湧いてたんだよな。誰も手入れしてなかっただけで
21:◆PDCAおじさん
>>20
その通りですね。
三百年、恩寵という「仕組み」に頼りすぎて、自分たちで手入れをするという「習慣」が失われていた。仕組みが止まった途端に、全部が止まってしまった。
……どこかの会社でも、よく聞く話です。
22:名無しさん
課長、刺さることを言う
23:名無しさん
システムに頼りすぎた組織の末路
24:魔王 ◆VaLgRaVe
白石は、泥だらけのまま、女たちに、井戸の手入れの仕方を教えている。
年に一度は底の泥をさらうこと。縁の苔は、季節ごとに落とすこと。
降りる時は、必ず空気を入れ替えて、二人以上で。
ビルメンどのに教わったことも、そのまま伝えている。
25:◆ビルメン二十年
>>24
……教えたことが、異世界で、受け継がれていく。
清掃業をやっていて、こんなに嬉しい日はありません。
◆ ◆ ◆
井戸の後、白石は、王城の、王の間に向かった。
重い扉を開けると、中は、薄暗かった。
分厚いカーテンが閉め切られ、窓という窓に、煤と埃が、層になってこびりついている。
豪華な絨毯は黒ずみ、柱の彫刻の溝には綿埃が詰まっていた。
召喚された日に見た召喚の間と、同じだった。
広間の奥の、玉座に、痩せた男が、うずくまるように座っていた。
金の冠を、膝の上に置いたまま。
聖王国国王、ルドルフ十三世。
「……誰だ」
落ちくぼんだ目が、扉の方を見た。それから、白石の顔を見て、大きく見開かれた。
「そなた……勇者……」
国王の顔が、恐怖に歪んだ。
「何をしに来た。復讐か。我らは、そなたを、処理しようとした。……当然だ。好きにするがいい」
白石は、何も言わずに、広間を横切った。
国王が、身を固くした。
白石は、国王の前を、素通りした。
そして、玉座の後ろの、一番大きな窓のカーテンを、思い切り、引き開けた。
窓ガラスが、真っ黒だった。光は、ほとんど入ってこなかった。
白石は、氷蚕の布を取り出した。
気になったので、手を入れた。
◆ ◆ ◆
ひと拭きごとに、光が、差し込んできた。
窓ガラスの煤が落ち、埃が落ち、三百年分のくすみが、するすると拭い取られていく。
午後の陽射しが、薄暗かった王の間に、斜めに、まっすぐに、差し込んだ。
玉座の上に、光が落ちた。
国王は、眩しそうに、目を細めた。
白石は、次の窓に移った。そのまた次の窓に。
王の間の窓が、一枚ずつ、光を取り戻していく。
「……なぜだ」
国王が、かすれた声で言った。
「なぜ、そなたが、ここを」
白石は、窓を拭く手を止めずに、答えた。
「汚れてるところがあったので」
「……それだけか」
「はい。それだけです」
最後の窓を拭き終えて、白石は、国王を振り返った。
王の間は、光で満ちていた。
黒ずんだ絨毯も、埃まみれの柱も、光の下では、
ただ、手入れを待っているだけの、普通の部屋に見えた。
白石は、ポケットから、もう一枚、氷蚕の布を取り出した。
それを、国王に、差し出した。
「王様も、やってみますか」
国王は、差し出された布を、呆然と見つめた。
「自分の手で拭くと、ちょっと、すっきりしますよ」
長い、長い沈黙があった。
やがて、国王の痩せた手が、震えながら、布を受け取った。
国王は、自分が座っている玉座の、肘掛けを見下ろした。
金の装飾が、黒く、くすんでいた。
布を、当てた。
拭いた。
たどたどしい手つきだった。生まれてから一度も、自分の手で何かを拭いたことのない、王の手だった。
それでも、拭いた場所だけ、金の装飾が、わずかに、光を取り戻した。
国王は、その光を、じっと見つめていた。
それから、肘掛けに額を押しつけるようにして、肩を震わせ始めた。
白石は、何も言わずに、絨毯の端の埃を、払い始めた。
◆ ◆ ◆
日が暮れる前に、白石は、召喚の間に入った。
自分が、この世界に呼ばれた場所。満月の夜、紋を拭い取った場所。
埃まみれの柱。黒ずんだ絨毯。
そして、床一面に描かれた、光を失った召喚陣。
白石は、柱から、拭き始めた。
柱の彫刻の溝の綿埃。
召喚された日、真っ先に気になったものだった。
一年越しに、ようやく、手を入れられた。
絨毯の端を叩き、窓を拭き、壁の煤を落とした。
それから、床の、召喚陣の前で、手が止まった。
陣の線にも、埃が積もっていた。床の石と一緒に、拭こうと思えば、拭けそうだった。
でも。
(……これは、拭いちゃだめな線だ)
白石には、分かった。
この線は、汚れではない。
紋とは違う。
誰かに押しつけられたものでもない。
道、だった。
陣の中心から、細い、細い光の糸が、天井の天窓へ向かって、まっすぐに伸びていた。
目を凝らさないと見えないほど、細く、淡く。
白石は、陣の線を踏まないように、そっと中心まで歩いていった。
光の糸に、指先を、触れた。
ほんのりと、温かかった。
そして、匂いがした。
甘い、花の匂い。
秋の夕暮れ、実家の庭に咲いていた、小さな橙色の花の匂い。
(……金木犀)
白石は、光の糸に指を触れたまま、動けなくなった。
日本の、秋の匂いだった。
「白石殿……?」
入り口で、ディートリヒが、声をかけた。
白石は、振り返らなかった。振り返ったら、泣いているのが、ばれてしまうから。
「……大丈夫です」
白石は、そっと、光の糸から、指を離した。
「この線だけは、拭かないでください。……大事な、道なので」
◆ ◆ ◆
26:魔王 ◆VaLgRaVe
白石が、聖王国の王の間と、召喚の間を、掃除した。
王は、白石に渡された布で、自分の玉座の肘掛けを拭いて、泣いていたそうだ。
それから、白石は、召喚の間の陣の線だけは、拭かなかった。
陣の中心から伸びる光の糸に触れて、こう言ったそうだ。
ニホンの、秋の花の匂いがした、と。キンモクセイ、という花だと。
27:名無しさん
金木犀……
28:名無しさん
やめろ、それは泣く
29:名無しさん
光の糸、やっぱり日本に繋がってるんだ
30:◆PDCAおじさん
>>26
……大きな手がかりですね。
光の糸の先は、日本の、秋。今、こちらは、ちょうど金木犀の季節です。
31:名無しさん
まじで? こっちの季節とリンクしてるの?
32:名無しさん
うちの近所も今、金木犀めっちゃ匂ってる
33:魔王 ◆VaLgRaVe
>>30
こちらの世界に、キンモクセイという花は、ない。
白石も、ニホンを出てから、一度も嗅いでいない匂いだと言っている。
つまり、光の糸の先は、確かに、お前たちの世界の、今、につながっている。
34:◆PDCAおじさん
>>33
……帰り道は、ありますね。
確実に。
35:名無しさん
うおおおお
36:名無しさん
白石さん、帰れるよ!!
37:◆ビルメン二十年
白石さん。
今日は、井戸と、王の間と、召喚の間。三現場、お疲れさまでした。
それから、拭いてはいけないものを見極めたこと。それも、プロの仕事です。
38:白石
>>37
ありがとうございます、先輩。
今日、一番嬉しかったのは、王様が、自分で拭いてくれたことです。
それから、金木犀の匂い。
……帰り道、ちゃんと、あるんですね。
39:名無しさん
あるよ
40:名無しさん
俺らが絶対見つける




