第24話 対面(後編)
その日の午後、魔王城の中庭に、皆が集まった。
魔王と、白石。ネフィとシロ。リリエラ。
ヴォルフ、セルシア、イグニス、ミラージュ。
バルドとドルガン。ピッチは、中庭の木の枝に、ちょこんと止まっていた。
中庭の真ん中に、一本の木があった。
白い花を、枝いっぱいに咲かせた木。
三百年前、魔王が城を建てた時に、誰かが植えたものだという。
その木の下に、骸骨が、座っていた。
骨のひびを留めていた氷は、もう、セルシアに溶かしてもらっていた。
襤褸の外套が、風に揺れていた。
「……よく、似ている」
モルドは、白い花を見上げて、言った。
「我の国の、桜という花に。
三百年、この城にいて、一度も、ちゃんと見上げたことがなかった」
「この木は、春と秋に、二度咲く。
……我の国にも、そういう桜があった。
十月桜、と呼んでいたか。冬の手前に、ひっそりと咲く桜だ」
骸骨は、少しだけ、眼窩の炎を細めた。
「春にも、また咲く。……見られぬのは、惜しいがな」
白石は、骸骨の前に、膝をついた。
手には、くたくたの布。
「森戸さん」
「ああ」
「……本当に、いいんですか」
骸骨の眼窩の炎が、穏やかに揺れた。
「三百年、この骨に縛りつけていたのは、怒りと、悔しさと、果たせなかったことだ。
……怒りは、そなたが、紋と一緒に拭ってくれた。
果たせなかったことは、果たした」
モルドは、周りに集まった者たちを、ゆっくりと見回した。
「残っているのは、未練だけだ。……だが、それも、もう、いい」
◆ ◆ ◆
「ヴォルフ」
黒騎士が、骸骨の前に、片膝をついた。
「生きよ。そなたの剣は、そなたの好きなもののために、振るえ」
「……はい」
黒騎士の声が、かすれた。
「イグニス。セルシア。ミラージュ。……世話になった」
炎の四天王が、鼻をすすって、そっぽを向いた。
セルシアは、二百年ぶりに流せるようになった涙を、隠そうともしなかった。
ミラージュは、手鏡を胸に抱いて、静かに頭を下げた。
「魔王」
ヴァルグレイヴは、骸骨の前に、立った。
「……すまなかった」
魔王は、言った。
「三百年、気づかなかった。
お前が、あの平原の勇者だったことに。
我が軍の矢に当たったのだと、思い込んでいた。
お前が何を背負っていたのか、一度も、聞かなかった」
モルドの顎の骨が、かたかたと鳴った。
笑っていた。
「聞かれても、答えなかったろうよ。我は、頑固だからな」
「……そうだな」
「魔王よ。我は、そなたを、恨んではおらぬ」
骸骨は、静かに言った。
「我らは皆、同じ板に、踊らされていた。
……その板を、これから、この娘と一緒に、拭ってやれ」
ヴァルグレイヴは、深く、頷いた。
◆ ◆ ◆
最後に、モルドは、白石を見た。
「白石殿」
「はい」
「頼みが、もう一つ、増えた」
「……何ですか」
「いつか、帰り道が見つかって、あの国に帰ったら。……桜を、見てくれ」
骸骨の眼窩の炎が、白い花の向こうの、空を見ていた。
「我の分も。江戸の桜は、もう、ないだろうが。今の、そなたの国の桜を」
白石は、唇を噛んだ。
泣かないと決めていた。
森戸さんが、笑って行けるように。
「……はい。約束します。満開のやつ、見ます。お弁当、持って」
「……そうか」
モルドの声が、ほどけるように、柔らかくなった。
「それは、いい」
白石は、布を、骸骨の額に、そっと当てた。
気になったので、手を入れた。
額の骨。眼窩の縁。頬骨。顎。三百年分の、
煤と、埃と、もっと深いところに染み込んだ、黒いもの。
一つ一つ、丁寧に。
骨が、白くなっていった。
眼窩の奥の、青白い炎が、ろうそくの灯りのような、柔らかな金色に変わった。
古戦場の、千の亡者と、同じ色だった。
「……ああ」
モルドが、小さく、息をつくように言った。
「軽い。……三百年ぶりに、体が、軽い」
骸骨は、ゆっくりと、頭を下げた。
白石に。魔王に。中庭に集まった、全ての者に。
「白石殿。……ありがとう」
それが、最後の言葉だった。
骸骨の体が、光の粒になって、ほどけていった。
白い花びらと一緒に、風に乗って、空へ。
高く、高く。
中庭に残ったのは、錆びた指輪が一つと、襤褸の外套だけだった。
ヴォルフが、その指輪を、拾い上げた。
そして、白い花の木の根元に、そっと埋めた。
白石は、空を見上げたまま、布を胸に抱いて、泣いていた。
泣かないと決めていたのに。
ネフィが、白石の肩に、こつんと頭を乗せた。
シロが、白石の足元に、ぴたりと寄り添った。
ヴァルグレイヴは、白石の隣に立って、同じ空を見上げていた。
◆ ◆ ◆
その夜。
魔王の執務室で、ヴァルグレイヴは、異界掲示板を開いた。
隣の椅子に、白石が座っていた。兜は、もう被っていなかった。
【報告】勇者と、ちゃんと会った件 Part23
1:魔王 ◆VaLgRaVe
報告する。
今朝、東の客間の露台で、勇者と会った。
同じ高さの椅子で、茶を飲み、大福を食べた。
勇者は、兜を外して、顔を見せてくれた。
報告すべきことが、二つある。
一つ目。
勇者は、女性だった。
2:名無しさん
3:名無しさん
4:名無しさん
は??????
5:名無しさん
え?
6:名無しさん
えええええええええ
7:名無しさん
女性!?!?
8:名無しさん
ちょっと待って情報が処理できない
9:名無しさん
2と3、絶句してて草
10:名無しさん
待て待て待て
スパイちゃんの色仕掛けが効かなかったの、そういうこと!?
11:名無しさん
窓の桟に負けたの、そういうことかよ!!
12:名無しさん
絶対一緒にお風呂入ってくれないって、そういう!!
13:名無しさん
「若い男か」「……若い、ですぅ」のとこ!!!
スパイちゃん、嘘ついてなかった!!男とは言ってない!!
14:名無しさん
伏線が全部回収されていく……
15:名無しさん
今読み返してきたけど、勇者のこと「彼」って一回も書いてないの怖い
16:魔王 ◆VaLgRaVe
>>10、>>11、>>12、>>13
我も、今朝、全く同じことを思った。
工作員は、嵐の山小屋の夜から知っていた。
秘書官は、最初の報告書の時から、疑っていた。
狼も、知っていたらしい。
知らなかったのは、我だけだ。
17:名無しさん
魔王さん……
18:名無しさん
上司だけ知らされてないやつ
19:名無しさん
中間管理職あるある
20:◆PDCAおじさん
……魔王さん。
私も、全く気づきませんでした。
データを全部並べていたのに。
「歴代の勇者は全員男性」という前提を、一度も、疑いませんでした。
……Check漏れです。完全に。
21:名無しさん
課長まで負けてて草
22:名無しさん
で、二つ目は!?
23:魔王 ◆VaLgRaVe
二つ目。
勇者の力の正体だ。
毒を消し、瘴気を消し、呪いを消し、幻を消し、亡者を成仏させ、
湿原を湖にし、結界を消し、紋まで消した、あの力。
本人に、聞いた。
「ただ、掃除してただけです」と言われた。
24:名無しさん
25:名無しさん
そうじ
26:名無しさん
掃除???
27:名無しさん
掃除!?!?!?
28:魔王 ◆VaLgRaVe
元の世界で、清掃会社に勤めていたそうだ。
人の家や仕事場に行って、掃除をする仕事だと。
汚れているものを見ると、放っておけない。
気になったら、つい、手を入れてしまう。
職業病だそうだ。
あの布は、ヒャクエンショップという店で買った、普通の布らしい。
29:名無しさん
百均のマイクロファイバークロス!?
30:名無しさん
wwwwwwwwwwwwwwww
31:名無しさん
聖遺物(百均)
32:名無しさん
ちょっと待って、全部繋がった
Part2のレモンの匂い→洗剤の匂い
Part3の枝の束→ほうき
Part4の窓の桟→掃除のプロ
Part6のループごとに町が綺麗に→掃除してた
33:名無しさん
Part2で「トイレの芳香剤かな?」って書いた奴、ほぼ正解だったじゃねーか!
34:名無しさん
Part3で「ただの潔癖説」って書いた奴も惜しかった
35:名無しさん
あと誰か「浄化じゃなくて掃除じゃね?」って書いてなかった!?
36:名無しさん
>>35
書いてない。誰も書いてない。みんな浄化とか聖遺物とか言ってた
37:名無しさん
俺らの推理、全部カッコよく外してたんだな……
38:◆PDCAおじさん
……私は、「触れたものの悪いものだけを取り除き、本体は残す」と分析していました。
それは、つまり、掃除の定義そのものでした。
正解のすぐ隣にいながら、「掃除」という言葉を、一度も思いつきませんでした。
プロの仕事は、魔法と見分けがつかないのですね。
39:名無しさん
課長の名言きた
40:名無しさん
プロの掃除は魔法と見分けがつかない
41:名無しさん
日本の清掃業の人たち、全員勇者じゃん
42:魔王 ◆VaLgRaVe
我は、三百年で、一番笑った。
それから、勇者に、帰りたいかと聞いた。
帰りたい、と言った。だが、今ではない、と。
システムが止まっておらず、また新しい勇者が呼ばれるかもしれない。
汚れの元を断たないと、きりがない。それが掃除の基本だ、と。
帰り道が見つかるまで、我が国の環境整備局の、現場担当として働いてくれることになった。
局長ではなく、現場担当だ。管理職は胃を壊すから、と。
43:名無しさん
wwwwwwwwwww
44:名無しさん
Part10の伏線がここで!
45:名無しさん
最高の結末じゃん
46:名無しさん
いや、まだ結末じゃないだろ。システム掃除するんだろ?
47:名無しさん
>>46
世界の汚れの元を掃除する勇者、熱すぎる
48:魔王 ◆VaLgRaVe
それと、勇者が、皆に一言、書きたいと言っている。
今、隣にいる。我が、書き込みを代わる。
49:白石
はじめまして。白石です。
魔王さんの掲示板を、お借りしています。
皆さんのことは、ヴァルさんから、全部聞きました。
毒の作戦も、罠の作戦も、呪いの腕輪の作戦も、皆さんが考えてくれたって。
……正直、ちょっと、笑いました。
でも、その後、皆さんが、ヴァルさんの相談に乗ってくれて、
ヴァルさんが私を殺すんじゃなくて、知ろうとしてくれるようになったのも、
皆さんのおかげだって聞きました。
私が、ここまで来られたのは、皆さんのおかげでもあります。
本当に、ありがとうございました。
50:名無しさん
51:名無しさん
本人きた
52:名無しさん
白石さん!!!
53:名無しさん
こちらこそごめんなさい毒とか罠とか
54:名無しさん
Part1で「なりきり乙」って書いてすみませんでした
55:名無しさん
>>54
お前いつも謝ってんな
56:白石
それから、一つだけ、お願いがあります。
私、日本に、両親がいます。
年に一度しか、帰れなかった両親です。
突然いなくなって、たぶん、すごく心配させていると思います。
もし、私が元気でいることを、伝える方法があったら。
……ほんの一言でいいので、伝えてもらえないでしょうか。
57:名無しさん
……
58:名無しさん
そうだよな
59:名無しさん
ご両親、心配してるよな
60:◆PDCAおじさん
白石さん。
以前、このスレで、私は「ご家族がいらっしゃるから、詮索はやめましょう」と申し上げました。
ですが、ご本人のお許しがあるのなら、話は別です。
承りました。
どうやって伝えるか、どうすれば信じてもらえるか。
このスレの皆さんと、一緒に考えます。
現場担当同士、どうぞ、よろしくお願いいたします。
61:白石
>>60
ありがとうございます、課長さん。
胃、お大事にしてください。
62:名無しさん
wwwwwwwwww
63:名無しさん
白石さん、誰にでも胃の心配してて草
64:名無しさん
胃弱同盟に優しい勇者
65:魔王 ◆VaLgRaVe
皆。
これで、ひとまず、一区切りだ。
だが、終わりではない。
帰り道を探す。システムの正体を突き止める。
勇者が、ちゃんと帰れるように。もう二度と、誰も、使い捨てにされないように。
また、相談させてくれ。
66:名無しさん
当たり前だろ
67:名無しさん
次スレも待ってる
68:名無しさん
次スレも待ってる
69:◆PDCAおじさん
次スレも、お待ちしています。
◆ ◆ ◆
ヴァルグレイヴは、板を閉じた。
隣で、白石が、大きく伸びをしていた。
「……いい人たちですね」
「ああ。口は悪いがな」
「草、っていうのは、笑ってるって意味ですよ」
「……そうだったのか」
三百年と、二十余りのスレッドを経て、魔王は、ようやく、その意味を知った。
白石が、声を上げて笑った。
執務室の扉の向こうで、リリエラが、二人分の茶を淹れていた。ネフィとシロの、楽しそうな声が、廊下から聞こえていた。
窓の外に、満月から少し欠けた月が、浮かんでいた。
――――――――――
【通知】再計算が、完了しました。
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執務室の空気が、ふっと、冷たくなった。
ヴァルグレイヴと白石は、同時に、顔を上げた。
二人の目の前に、半透明の板が、浮かんでいた。
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【通知】新たな予言を、生成します。
【予言】
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板の文字は、そこで、途切れていた。
白石は、腰の布に、そっと手をかけた。
ヴァルグレイヴは、胃のあたりを、押さえた。
それから、二人は、顔を見合わせて、小さく笑った。
「……汚れの元、ですね」
「ああ。どうやら、掃除のしがいがありそうだ」
前後編の前編部24話がここまでになります。次回から後編を始めます。




