第19話 強制イベント(前編)
「陛下。襟が、曲がっております」
「……三度目だ」
「四度目です」
魔王城、魔王の私室。
ヴァルグレイヴは、姿見の前に立っていた。
黒いマントは、昨夜のうちに二度、ブラシをかけた。
角は、リリエラが磨いた。
胃薬は、朝食の前に一包、後に一包飲んだ。
それでも、落ち着かなかった。
「リリエラ」
「はい」
「最初に、何と言えばいい」
秘書官は、襟を直す手を止めずに答えた。
「よく来た、で、よろしいかと」
「……尊大に聞こえんか」
「陛下は、魔王です。多少は尊大でないと、勇者が困ります」
「そういうものか」
「そういうものです」
リリエラは、最後に襟をぴんと伸ばして、一歩下がった。
主の姿を、上から下まで、じっくりと眺める。
「……完璧です、陛下」
◆ ◆ ◆
謁見の間には、城中の者が集まっていた。
玉座の左右に、四天王が並ぶ。
氷姫セルシアは、まだ少し赤い目で、背筋を伸ばして立っていた。
屍霊のモルドは、柱の陰に、ひっそりと佇んでいる。
炎獄のイグニスは、まだ眠ったままで来ていない。
四天王の最後の一人、黒騎士ヴォルフは、南の国境の守りについていて、城にはいなかった。
広間の壁際には、ミラージュが手鏡を抱いて浮かび、
ドルガンが腕組みをして立ち、バルドが北方守備軍の主だった者たちと控えていた。
誰もが、今日という日を、固唾をのんで待っていた。
玉座の前、広間の中央。何もない床が、朝日に照らされていた。
あそこに、勇者が立つ。
ヴァルグレイヴは、玉座に座らなかった。
立ったまま、広間の扉を見つめていた。
目の前に、異界掲示板の板を浮かべて。
◆ ◆ ◆
【実況】例の方、来城 Part17
1:魔王 ◆VaLgRaVe
例の方が、城門に着いた。
今、城の者たちが、門から謁見の間まで、案内している。
実況する。
2:名無しさん
きたああああああ
3:名無しさん
ついに!!!
4:名無しさん
17スレかけてやっとここまで来た
5:名無しさん
魔王さん、緊張してる?
6:魔王 ◆VaLgRaVe
>>5
している。
胃薬を、朝から二包飲んだ。
7:名無しさん
正直で草
8:名無しさん
最初になんて言うか決めた?
9:魔王 ◆VaLgRaVe
>>8
秘書官に相談して、「よく来た」にした。
10:名無しさん
無難!
11:名無しさん
魔王っぽくていいと思う
12:◆PDCAおじさん
魔王さん、おはようございます。
昨日お話しした、リスク対策を確認させてください。
一、例の方との距離は、最初は十歩以上あけること。
二、工作員の方と、白い狼の方には、例の方の両脇についてもらうこと。
三、元・最初の勇者の方には、例の方の紋を見張ってもらうこと。
四、何が起きても、魔王さんは、例の方に手を出さないこと。
13:魔王 ◆VaLgRaVe
>>12
全て、手配した。
14:名無しさん
課長、リスク管理完璧
15:名無しさん
これで何も起きなかったら最高なんだけどな
16:名無しさん
>>15
やめろ、フラグ立てるな
17:魔王 ◆VaLgRaVe
扉の向こうから、足音が聞こえる。
鎧の音。それと、軽い足音と、四つ足の足音。
18:名無しさん
うおおお
19:名無しさん
心臓バクバクしてきた
20:名無しさん
俺らまで緊張してる
21:魔王 ◆VaLgRaVe
扉が、開いた。
◆ ◆ ◆
謁見の間の大扉が、ゆっくりと開いた。
朝の光が、広間に差し込む。
その光の中に、勇者が立っていた。
全身鎧。兜。左の手首に、青い石の腕輪。
右に、紫の髪の夢魔。左に、白銀の狼。
広間中の視線が、一斉に、勇者に注がれた。
勇者は、少しだけ、たじろいだように見えた。
それから、背筋を伸ばして、一歩、広間に足を踏み入れた。
二歩。三歩。
広間の中央で、勇者は立ち止まった。
玉座の前に立つ、黒いマントの巨躯から、十二歩の距離。
勇者が、顔を上げた。
兜の奥から、こちらを見ているのが分かった。
ヴァルグレイヴは、息を吸った。
「――よく」
その瞬間だった。
広間の空気が、凍りついた。
――――――――――
【強制イベント】
【予言の成就を、開始します】
――――――――――
板が、浮かんでいた。
ヴァルグレイヴの前にだけではなかった。
広間にいる、全ての者の目の前に。
セルシアの前にも、バルドの前にも、ネフィの前にも。
三百年、魔王にしか見えなかったシステムの板が、初めて、全ての者の前に、姿を現していた。
そして、勇者の右手が、光った。
籠手の隙間から、まばゆい光が溢れ出す。
指輪で焼かれた時とは、比べものにならない光。
広間全体を、白く塗りつぶすほどの。
勇者の体が、びくりと震えた。
「――勇者さんっ!」
ネフィが、勇者の腕にしがみついた。
シロが、勇者の前に回り込んだ。
柱の陰から、モルドが飛び出した。
光が、すうっと、勇者の右手に吸い込まれていった。
静寂。
勇者は、動かなかった。
それから、ゆっくりと、右手を、腰の剣の柄にかけた。
召喚されてから、一度も抜かれたことのない剣の柄に。
22:名無しさん
え
23:名無しさん
魔王さん、「よく」で止まってる
24:名無しさん
どうした!?
25:◆PDCAおじさん
魔王さん! 状況を教えてください!
26:魔王 ◆VaLgRaVe
いたが みんなの まえに
ゆうしゃが つるぎを
27:名無しさん
は
28:名無しさん
検閲されてない……?
29:名無しさん
システムが検閲する余裕もなくなってる……?
30:名無しさん
やばいやばいやばい




