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第14話 守るための結界(後編)

聖騎士団がルーメンの町に入ったのは、日が沈んだ直後だった。

白いマントの騎士たちが、石畳に蹄の音を響かせて、大通りを進んでいく。

町の人々が、窓の隙間から怯えた目で見ていた。

魔王領の町に、聖王国の騎士が入ってきたのは、三百年ぶりのことだった。

騎士たちは、宿屋『銀の匙亭』の前で馬を止めた。

宿の中庭に、勇者が立っていた。

時計塔から降りてきたばかりらしく、手にはまだ、いつもの布を握っている。

その両脇に、紫の髪の夢魔と、白銀の狼。

星見の塔で、ヴァルグレイヴは、水晶玉にかじりつくように見ていた。

魔力を使い果たした体が、鉛のように重い。それでも、目を逸らすことはできなかった。


◆ ◆ ◆


先頭の騎士が、馬を降りた。

兜を脇に抱えた、整った顔の男だった。

年の頃は三十前後。

その顔には、何の感情も浮かんでいない。


「勇者殿。お久しゅうございます。聖騎士団長、ディートリヒです」


騎士は、形ばかりの礼をした。


「召喚の儀の折、陛下のお側に控えておりました。覚えておいででしょうか」

『勇者さん、覚えてないって顔してますぅ』


ネフィの念話が、小声で届いた。


「……すみません。あの日は、いろいろあったので」


勇者の声は、兜の中で、少しこもっていた。


「構いません。本日は、国王陛下の命により参上いたしました」


ディートリヒは、淡々と続けた。


「勇者殿の、魔王討伐の督戦に」

「督戦……」

「勇者殿は、召喚されてから、一度も剣を振るっておられない。

魔王の手先を、一人も討っておられない。

それどころか、魔王と書状を交わしていると聞き及んでおります」


騎士の目が、初めて、わずかに細められた。


「勇者の務めは、魔王を討つことです。お忘れではありますまいな」


中庭に、沈黙が落ちた。

勇者は、しばらく黙っていた。それから、静かに口を開いた。


「私は、魔王に会いに行きます」

「左様。それは結構」

「でも、倒しに行くんじゃありません。話をしに行くんです」


ディートリヒの顔から、作り物の礼儀が、すっと消えた。


「話、ですか」

「はい。この国を歩いてきて、分からなくなったことがたくさんあるので。

魔王本人に会って、ちゃんと聞いてから、自分が何をするか決めます」

「勇者殿」


騎士の声が、低くなった。


「あなたに、それを決める権利はございません」


ディートリヒは、右手を持ち上げた。

指にはまった銀の指輪が、白く光った。

その瞬間、勇者が、右手を押さえて膝をついた。


◆ ◆ ◆


『勇者さん!』


ネフィの悲鳴が、念話を貫いた。

水晶玉の中で、勇者の右手の甲が、籠手の隙間から、まばゆく光っていた。

勇者は声を上げなかった。

ただ、歯を食いしばるように、体を丸めていた。


「勇者殿の右手の紋は、召喚の儀で刻まれたもの。勇者が勇者の務めを果たすための、導きの印です」


ディートリヒは、指輪を光らせたまま、淡々と言った。


「そして、務めを果たさぬ勇者を、罰するための印でもある」


ネフィが、紫の光弾を放った。

ディートリヒは、それを長剣の一振りで、事もなげに払い落とした。

返す刃の柄頭で、ネフィの肩を打つ。

小柄な夢魔は、中庭の石畳に叩きつけられた。

シロが、唸り声を上げて飛びかかった。

だが、十数人の騎士が一斉に剣を構え、白い狼の前に、刃の壁を作った。


「七日です」


ディートリヒは、膝をついた勇者を見下ろして言った。


「七日のうちに、魔王城に入り、魔王に剣を向けていただく。

我らは、勇者殿のすぐ後ろで、それを見届けます」


指輪の光が、すっと消えた。

勇者の右手の光も、消えた。

勇者は、荒い息をつきながら、それでも顔を上げた。


「……もし、向けなかったら?」


ディートリヒは、初めて、ほんの少しだけ、笑った。


「勇者殿の代わりは、いくらでもおりますので」


騎士は踵を返し、馬に跨った。白いマントの一団は、宿の中庭を出ていった。

町の外れに陣を張り、勇者を見張るのだろう。


◆ ◆ ◆


星見の塔で、ヴァルグレイヴは、立ち上がっていた。

魔力は、底をついていた。足が震えていた。

それでも、気がつくと、立ち上がっていた。


「……陛下」


リリエラが、主の腕を支えた。


「今、陛下が出ていかれても、何もできません。魔力が戻るまで、少なくとも三日は」

「分かっている」


ヴァルグレイヴの声は、低く、震えていた。怒りで。

三百年、聖王国は勇者を送り込んできた。

魔王を倒させるために。

そして、勇者が倒れれば、また次を呼んだ。

それが当たり前だと思っていた。勇者とは、そういうものだと。

違った。

勇者もまた、首に縄をかけられて、送り込まれていたのだ。


――――――――――


【通知】聖王国の督戦を確認しました。

【通知】予言の成就が、近づいています。


――――――――――


ヴァルグレイヴは、板を睨みつけた。


「……お前か」


板は、答えなかった。


「聖王国に、あの指輪を与えたのも。勇者に、あの紋を刻ませたのも。お前なのか」


板は、静かに消えた。

いつもと同じように。何も答えずに。


◆ ◆ ◆


同じ頃。

異なる世界。日本の、とある匿名掲示板。


【保守】魔王さんが戻ってくるまで待つスレ


1:名無しさん

前スレ(Part13)で魔王さんの書き込みが途中で途切れてから、一週間。

新スレ立てられないみたいなので、こっちで待とう。


2:名無しさん

保守


3:名無しさん

保守


4:名無しさん

「いた が ひらいて」が最後の書き込みなの怖すぎるんだよ


5:名無しさん

魔王さん無事かな……


6:名無しさん

なりきりだと思ってた頃が懐かしい


7:名無しさん

>>6

いやまだ分からんぞ。壮大な創作の可能性も


8:名無しさん

>>7

創作だとしても続きが気になりすぎる


9:◆PDCAおじさん

皆さん、保守ありがとうございます。

魔王さんが戻ってこられた時に、すぐ相談に乗れるよう、ここまでの情報を整理しておきました。

過去スレのまとめを作っています。


10:名無しさん

課長、仕事早い


11:名無しさん

課長、本業大丈夫?


12:◆PDCAおじさん

>>11

昼休みと、終電の電車の中でやっています。


13:名無しさん

社畜の鑑


14:名無しさん

なあ、ちょっと気になったこと書いていい?

去年の秋ごろ、都内の駅で会社員が行方不明になったってニュースなかったっけ。

終電近くのホームで、防犯カメラに一瞬だけ強い光が映って、そのあと姿が消えてたってやつ


15:名無しさん

あったな。ネットでちょっと話題になってた


16:名無しさん

え、まさか


17:名無しさん

それが勇者ってこと?


18:名無しさん

名前とか出てた?


19:◆PDCAおじさん

>>18

申し訳ありませんが、そこは、詮索しないでおきませんか。

もし本当にその方なら、日本には、ご家族がいらっしゃいます。

年に一度しか帰れなかったという、ご両親が。

私たちが、ここで好き勝手に名前を探るべきではないと思います。


20:名無しさん

……そうだな


21:名無しさん

ごめん、軽率だった


22:名無しさん

課長が正しい


23:名無しさん

でもさ、もし本当に日本から連れて行かれた人なら、帰してあげたいよな


24:名無しさん

>>23

それな


25:名無しさん

魔王さんも勇者も、どっちも無事でいてほしい


26:◆PDCAおじさん

>>23、>>25

同感です。

魔王さんが戻ってこられたら、新しいゴールを提案しようと思っています。

「魔王さんも、勇者さんも、生き延びること」です。


27:名無しさん

いいね


28:名無しさん

それだ


29:名無しさん

保守


30:名無しさん

保守。魔王さん、待ってるからな



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