幕間⑬ 白石、返事をもらう
魔王からの返事は、上等な紙に書かれていた。
厚くて、なめらかで、ほんのり良い香りがする。
白石の安物の便箋とは、比べものにならなかった。
なのに、字は、驚くほど不器用だった。
大きくて、角ばっていて、ところどころ、力を入れすぎてインクが滲んでいる。
書き損じを削った跡が、三か所あった。
「陛下、字を書くの、あんまり得意じゃないんですぅ」
ネフィが、横から覗き込みながら、くすくす笑った。
「いつもは、もっと速く書くんですけどぉ。これ、すっごく、ゆっくり書いてますぅ。一字一字」
白石は、便箋に目を落とした。
会おう。
たった三文字が、便箋の真ん中に、他のどの行よりも大きく書かれていた。
魔王城にて、待つ。
日取りは、貴殿の足の向くままで構わぬ。
急ぐ必要はない。道中、無理をするな。
我の胃のことは、気にせずともよい。……いや、気遣いには、礼を言う。
白石は、最後の一行を読んで、思わず笑ってしまった。
「……不器用な人だね」
「はいぃ。陛下、すっごく不器用ですぅ」
ネフィは、自分のことのように嬉しそうだった。
シロが、便箋の匂いをくんくんと嗅いで、懐かしそうに目を細めた。
◆ ◆ ◆
その夜、白石は、宿の窓辺で、もう一度返事を読み返した。
会おう。
召喚されてから、ずっと、誰かに何かを命じられてきた。
魔王を倒せ。
剣を取れ。
城を出ろ。
「会おう」は、命令ではなかった。
約束だった。
白石は、便箋を丁寧に畳み、荷物の一番奥の、布の隣にしまった。
それから、何気なく、自分の右手の甲を見た。
召喚された日から、そこには、小さな紋様がある。
円と線を組み合わせた、複雑な模様。
召喚の儀の時に、神官が何かを唱えながら、白石の手に刻んだものだ。
勇者の証だと、言われた。
白石は、この紋様が、少しだけ苦手だった。
どんなに拭いても、これだけは、落ちなかったからだ。
城を出て、最初に泊まった宿で、こっそり試してみたことがある。
いつもの布で、いつものように。気になったので、手を入れた。
けれど、紋様は、うっすらと色を変えることすらなかった。
そういうものなのだろう、と思っていた。
異世界の、勇者の証。刺青みたいなものだと。
その紋様が、今、かすかに光っていた。
「……え?」
白石は、右手を窓の月明かりにかざした。
見間違いではなかった。
紋様の線が、心臓の鼓動に合わせるように、ぼう、ぼう、と淡く明滅している。
ほんの少しだけ、熱を持っていた。
痛くはない。
けれど、誰かに、遠くから手首をつかまれているような、嫌な感じがした。
「ネフィ」
振り返ると、ネフィは寝台で丸くなって、すうすうと寝息を立てていた。
シロは、戸口の前で、耳をぴんと立てて、南の方角を見ていた。
低く、唸っていた。
白石は、もう一度、右手の紋様を見た。
光は、もう消えかけていた。
(……気のせい、かな)
白石は、右手を左手で包み込むようにして、寝台に戻った。
◆ ◆ ◆
同じ夜。
魔王領の南の国境を、白いマントの一団が、音もなく越えていった。
先頭を行く騎士の右手には、銀の指輪が光っていた。
騎士は、馬上で、懐から小さな水晶を取り出した。
水晶の中で、北の方角を指す光の線が、ぼう、ぼう、と明滅していた。
「――見つけた」
聖騎士団長ディートリヒは、感情のない声で、そう呟いた。




