第12話 兜の下の秘密(後編)
目を覚ますと、小屋の窓から朝日が差し込んでいた。
白石は、ゆっくりと体を起こした。頭が重い。
けれど、昨日までの、体の芯が溶けるような熱は消えていた。
左腕の痛みも、ずいぶん楽になっている。
暖炉の火は、埋み火になっていた。
そのそばで、ネフィが膝を抱えたまま、こくりこくりと船を漕いでいた。
シロは戸口の前に寝そべり、片目だけ開けて白石を見た。
鎧が、外されていた。胸当ても、籠手も、脛当ても。
きちんと揃えて、壁際に並べてある。
兜だけが、白石の頭の上にあった。
白石は、兜の中で、小さく瞬きをした。
髪が、昨日と違う向きに流れていた。
汗で額に張りついていたはずの前髪が、誰かの指で、そっと払われたように整っている。
(……ああ)
白石は、全部、分かった気がした。
◆ ◆ ◆
「あ……勇者さん! 起きたんですかぁ!」
ネフィが、ばっと顔を上げた。目の下に、くっきりと隈ができていた。
「うん。ネフィ、一晩中看てくれたんだね」
「あ、当たり前ですぅ! 勇者さん、熱すごかったんですからぁ!
腕も膿んでてぇ、なんで言ってくれないんですかぁ!」
「ごめん」
「ごめんじゃないですぅ!」
ネフィは怒りながら、白石の額に手を当てた。
兜の上からなので、分かるはずもないのに。
白石は、ネフィの目を見た。ネフィは、一瞬だけ、目を泳がせた。
それから、何かを決めたように、まっすぐ白石を見返した。
「勇者さん」
「うん」
「わたし、何も見てないですぅ」
白石は、黙っていた。
「何も見てないし、誰にも、何も言ってないですぅ。
陛下にも。これからも、絶対に言わないですぅ」
ネフィの声が、少しだけ震えていた。
「だから……勇者さんが、自分で言いたくなる時まで、その兜、ずっと被っててくださいねぇ」
小屋の中が、静かになった。
白石は、しばらく黙っていた。それから、右手を伸ばして、ネフィの頭を、そっと撫でた。
「……ありがとう、ネフィ」
それ以上は、何も言わなかった。
言わなくても、伝わる気がした。
ネフィは、白石の手の下で、ぐしゃぐしゃの顔をして笑った。
戸口のシロが、満足そうに、ふん、と鼻を鳴らした。
◆ ◆ ◆
同じ頃、魔王城の執務室。
ヴァルグレイヴは、ネフィの報告をまとめた羊皮紙を前に、異界掲示板を開いていた。
◆ ◆ ◆
【情報共有】勇者が殺せない件 Part13
1:魔王 ◆VaLgRaVe
前スレの課長の案に従い、工作員に、勇者のことを調べてもらった。
攻撃のためではなく、知るために。
分かったことを、共有する。
・勇者は、峠の嵐で熱を出したが、回復した。工作員が一晩中看病した
・素顔は、黒い髪で、若く、とても優しそうな顔をしているそうだ
・好きな食べ物は甘いもの。特に、ダイフクという白い菓子
・嫌いなものは虫。特に黒くて素早いもの
・故郷には両親がいる。年に一度しか帰れなかったらしい
・元の世界での仕事は、人の家や仕事場に行って、困りごとを片付ける何でも屋のようなもの
・故郷は、ニホンという島国。春になると、サクラという花が一斉に咲くそうだ
2:名無しさん
え
3:名無しさん
は?
4:名無しさん
ちょっと待て
5:名無しさん
ニホン?
6:名無しさん
日本!?
7:名無しさん
サクラって桜?
8:名無しさん
ダイフクって大福だよな
9:名無しさん
黒くて素早い虫ってGだろ
10:名無しさん
おいおいおいおい
11:名無しさん
勇者、日本人じゃん!!!
12:名無しさん
俺らと同じ国の人じゃん!!!
13:魔王 ◆VaLgRaVe
>>6、>>11、>>12
……どういうことだ。
お前たちの国も、ニホンというのか。
14:名無しさん
言ってなかったっけ?
15:名無しさん
いやそもそも魔王さん、この掲示板どこに繋がってると思ってたの
16:魔王 ◆VaLgRaVe
>>15
「異なる世界の、知恵ある者たち」としか、説明されていなかった。
お前たちが、どこの国の者かなど、考えたこともなかった。
17:名無しさん
まじか
18:名無しさん
つまり、魔王さんが相談してたのは、勇者と同じ国の人間だったってこと?
19:名無しさん
やばい、鳥肌立った
20:名無しさん
待って、ってことは俺ら、同郷の人を殺す作戦をずっと考えてたってこと……?
21:名無しさん
>>20
やめろ、考えたくない
22:名無しさん
毒とか罠とか呪いとか、全部俺らが提案したやつ……
23:名無しさん
胃が痛くなってきた
24:◆PDCAおじさん
皆さん、落ち着いてください。
魔王さん。今の情報を、冷静に整理させてください。
一。魔王さんの「異界掲示板」というスキルは、私たちの世界、日本に繋がっている。
二。勇者は、日本から召喚されている。
三。そのどちらも、魔王さんが「システム」と呼ぶ存在が関わっている。
掲示板のスキルを与えたのはシステムで、勇者の召喚を通知してくるのもシステムです。
これは、偶然でしょうか。
25:名無しさん
偶然なわけない
26:名無しさん
絶対仕組まれてる
27:◆PDCAおじさん
もう一つ、気になる点があります。
魔王さんは、このスキルを三百年、使わずに封印していた。
そして、今回の勇者が召喚されたまさにその時に、初めて使った。
魔王さん。このスキルを使ったのは、本当に、魔王さんご自身の意思でしたか。
28:魔王 ◆VaLgRaVe
>>27
……我は、藁にもすがる思いで
29:名無しさん
どうした
30:名無しさん
魔王さん?
31:名無しさん
書き込み途中で止まった?
32:魔王 ◆VaLgRaVe
いた が ひらいて
33:名無しさん
え
34:名無しさん
魔王さん!?
35:◆PDCAおじさん
魔王さん、大丈夫ですか。
36:名無しさん
おい
37:名無しさん
なんか起きてる
◆ ◆ ◆
ヴァルグレイヴの目の前で、異界掲示板の板が、ちらちらと揺れていた。
文字が、乱れる。書き込みが、途中で途切れる。指を動かしても、文字にならない。
そしてその上に、もう一枚の板が、覆いかぶさるように浮かび上がっていた。
見慣れた、システムの板だった。
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【警告】異界掲示板の接続先と、勇者召喚の接続先の一致が、魔王に認識されました。
【警告】この情報は、魔王の閲覧権限外です。
【通知】異界掲示板の機能を、一時的に制限します。
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「……待て」
ヴァルグレイヴは、板に手を伸ばした。
「待て。それは、どういう意味だ。我の閲覧権限外とは、何だ。
掲示板と勇者が、同じところから来ているとは――」
板は、答えなかった。
異界掲示板の板が、ふつりと、消えた。
執務室に、静寂が落ちた。
「陛下」
リリエラが、珍しく、声を硬くしていた。
「今のは」
「……分からん」
ヴァルグレイヴは、何もない空間を見つめていた。
三百年、システムの言うことに従ってきた。
魔王に任じられ、予言を告げられ、勇者を殺し、世界を征服した。
それが、自分の意思だと思っていた。
本当に、そうだったのか。
掲示板を開いたのは、本当に、自分の意思だったのか。
三百年前、魔王になったのは。
胃が、痛まなかった。痛むことさえ忘れるほど、背筋が冷えていた。
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【報告】勇者の進行度:70%
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システムの板だけが、何事もなかったかのように、いつもの数字を告げていた。
(第一部・前半 完)




