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第11話 燃え尽きない炎(前編)

炎獄のイグニス。

赤銅色の肌に、燃えさかる髪。

身の丈は人間の倍。

胸の真ん中に、鉄の格子がはまった炉がある。

その奥で、三百年消えたことのない炎が、黒い煙を吐きながら燃え続けている。

四天王の中で、最も好戦的な男だった。

歩いた跡の草は焦げ、触れた岩は溶ける。

配下の火蜥蜴の兵団が、その後ろに赤い川のように続いていた。

南の空を赤く染めていたのは、この男が通り過ぎた森の火だった。


◆ ◆ ◆


執務室の水晶玉に、ピッチの視界が映し出されていた。

森を抜けた先の、なだらかな丘。

その頂上に、鎧の勇者と、白い狼と、紫の髪の夢魔が、並んで立っている。

逃げなかったのだ。

ヴァルグレイヴは、しばらく水晶玉を見つめていた。

それから、異界掲示板を開いた。

異界の課長の言葉が、頭にあった。

何が起きたのかを、その場で記録しておく。

それが、後で必ず分析の材料になる。

一人で見ているよりは、胃にも優しいはずです、とも。


◆ ◆ ◆


【実況】勇者vs四天王(炎) Part11


1:魔王 ◆VaLgRaVe

前スレで報告した、独断で出撃した四天王が、勇者のもとに着いた。

勇者は、我の「逃げろ」という伝言を受け取った上で、逃げなかった。

丘の上で待ち構えている。

前スレで勧められた通り、水晶玉で見ながら、ここで実況する。


2:名無しさん

まじか


3:名無しさん

実況スレきた


4:名無しさん

逃げなかったの勇者らしい


5:魔王 ◆VaLgRaVe

四天王が丘の麓に着いた。配下の火蜥蜴が、丘を囲んでいる。数は三百ほど。

四天王が叫んでいる。「腑抜けた魔王の代わりに、俺が貴様を焼き尽くす」と。


6:名無しさん

腑抜けた言われてて草


7:名無しさん

上司を公然と腑抜け呼ばわり


8:魔王 ◆VaLgRaVe

白い魔獣が、前に出た。

あれと四天王は、昔から仲が悪い。魔獣が唸り、四天王が笑っている。

始まった。


9:名無しさん

シロいけええええ


10:名無しさん

犬vs炎!


11:魔王 ◆VaLgRaVe

魔獣と四天王がぶつかった。丘の中腹が、炎で真っ赤だ。

工作員が、勇者の前に魔法の壁を張っている。火蜥蜴の吐く火を、防いでいる。


12:名無しさん

スパイちゃん完全に勇者パーティーの盾役じゃん


13:名無しさん

魔王軍同士で戦ってて草


14:魔王 ◆VaLgRaVe

魔獣が押されている。瘴気がなくなった分、昔より弱くなっているのかもしれん。

四天王の拳が、魔獣の脇腹に入った。魔獣が吹き飛んで、丘を転がり落ちた。


15:名無しさん

シロおおおお


16:名無しさん

やめろ


17:魔王 ◆VaLgRaVe

工作員の壁が、割れた。

炎が、勇者を包んだ。


18:名無しさん

え


19:名無しさん

おい


20:名無しさん

嘘だろ


21:名無しさん

魔王さん!?


22:魔王 ◆VaLgRaVe

……生きている。

工作員が勇者に覆いかぶさった。

勇者の鎧の左腕が、焼け焦げている。工作員の翼も焦げた。


23:名無しさん

よかった……


24:名無しさん

いや全然よくない


25:名無しさん

炎はやっぱ消せないのか


26:名無しさん

そりゃ物理だもんな


27:魔王 ◆VaLgRaVe

勇者が、立ち上がった。

左腕を押さえている。工作員を後ろに押しやって、四天王の方へ歩いていく。

剣は抜いていない。手に、布を持っている。


28:名無しさん

布!


29:名無しさん

いつものやつ!


30:名無しさん

いや炎相手に布は無理だろ!? 燃えるわ!


31:魔王 ◆VaLgRaVe

四天王が、笑いながら炎を放っている。

勇者は、避けない。炎の中を、まっすぐ歩いている。

鎧が赤く焼けている。それでも、止まらない。


32:名無しさん

やめて


33:名無しさん

見てられない


34:名無しさん

勇者なにしてんの


35:魔王 ◆VaLgRaVe

勇者が、四天王の目の前に着いた。

四天王が、拳を振り上げた。

勇者が、四天王の胸に手を伸ばした。

胸の、炉に。


36:名無しさん

え


37:名無しさん

炉?


38:魔王 ◆VaLgRaVe

四天王の胸には、鉄の格子のはまった炉がある。

あれの炎で生きている。三百年、ずっと黒い煙を吐き続けてきた炉だ。

勇者が、その格子を、布で拭いている。

四天王の拳が、止まった。


39:名無しさん

止まった!


40:名無しさん

なにが起きてる


41:魔王 ◆VaLgRaVe

炉から出ていた黒い煙が、消えた。

炎の色が、変わった。赤黒い炎が、青く、澄んだ色になった。

丘を覆っていた黒い煙が、晴れていく。空が、青い。

四天王が、膝をついた。


42:名無しさん

え、勝った?


43:名無しさん

どういうこと


44:魔王 ◆VaLgRaVe

分からん。

四天王が、何か言っている。工作員の念話越しに聞こえる。

「……息が、吸える」と。


45:名無しさん

息?

46:魔王 ◆VaLgRaVe

四天王が、笑っている。さっきまでの笑いとは違う。

大声で、空を仰いで、笑っている。

火蜥蜴たちが、炎を引っ込めている。森の火も、消えていく。

四天王が、自分の炎を呼び戻しているのだ。

四天王が、勇者に何か言って、背を向けた。

「この借りは、いつか返す」と。

帰っていく。配下を連れて。


47:名無しさん

帰った!?


48:名無しさん

なにこれ


49:名無しさん

勝ったのか負けたのかわからん


50:名無しさん

シロとスパイちゃんは!?


51:魔王 ◆VaLgRaVe

魔獣は、丘を這い上がってきて、勇者の隣に座った。

毛並みが煤だらけだが、無事だ。

工作員は、勇者にしがみついて泣いている。

勇者は、焼けた左腕を押さえたまま、工作員の頭を撫でている。


52:名無しさん

よかった……ほんとによかった……


53:名無しさん

実況スレで泣かせるな


54:名無しさん

魔王さん、大丈夫?


55:魔王 ◆VaLgRaVe

>>54

……ああ。

大丈夫だ。


56:名無しさん

絶対大丈夫じゃない


57:名無しさん

おつかれ魔王さん


◆ ◆ ◆


ヴァルグレイヴは、板を閉じた。

手が、震えていた。炎が勇者を包んだ瞬間から、ずっと。


「……リリエラ」

「はい」

「我は、勇者が焼かれた時、何を思ったと思う」


秘書官は、答えなかった。答えを、知っているようだった。


「予言が、成就しなくなる、と。……一瞬だけ、そう思った。それから」


魔王は、言葉を切った。


「それから、どうか生きていてくれ、と」


リリエラは、何も言わずに、温かい茶を机に置いた。


――――――――――


【報告】勇者の進行度:64%

【警告】四天王「炎獄のイグニス」が戦線を離脱しました。

【警告】魔王の心拍数が、規定値を超えています。


――――――――――


「……そんなものまで、見ているのか」

魔王は、板を睨みつけた。


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