第10話 拝啓、魔王様(前編)
返書が届いたのは、勧誘状を送ってから五日後のことだった。
「陛下。勇者からです」
リリエラが差し出した封筒は、驚くほど丁寧に折られていた。
宿の便箋なのだろう、紙は安物だ。
けれど、四隅がぴたりと揃い、折り目には一分の歪みもない。
宛名には、きっちりとした字で、こう書かれていた。
「魔王ヴァルグレイヴ様 机下」
「……キカ、とは何だ」
「存じません。異界の敬称かと」
ヴァルグレイヴは、封を切る手が、わずかに震えているのに気づいた。
受けるか。
断るか。
もし受けるなら、勇者は魔王領の民となる。
予言も、システムも、どうにかなるかもしれない。
三百年続いた、殺し合いの輪が終わる。
便箋を広げた。
◆ ◆ ◆
拝啓
時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
このたびは、魔王領環境整備局局長という過分なお役目のお話をいただき、誠にありがとうございます。また、勇者の湖の件、町々の井戸や鐘の修繕のご手配など、私が手を入れきれなかった部分まで行き届かせてくださったと伺いました。重ねて御礼申し上げます。
さて、ご提示いただいたお話につきまして、慎重に検討させていただきましたが、誠に恐縮ながら、
今回はお断りさせていただきたく存じます。
理由は、二つございます。
一つ目。
私は、現場の仕事が好きです。自分の手で、目の前のものが綺麗になっていくのを見るのが好きです。
局長というお立場になれば、部下の方々をまとめ、予算を管理し、書類と向き合うお仕事が
中心になるものと拝察いたします。
以前の職場で、現場から管理職に上がった先輩が、一年で胃を壊したのを見ております。
加えて、こちらの世界の管理職の方も、大変胃を悪くされやすいと、噂に聞きました。
私には、到底務まりそうにありません。
二つ目。
私は今、ある仕事の途中です。一度お引き受けした仕事は、最後までやり遂げるよう、
以前の職場で教わりました。
もっとも、その仕事の中身が何なのか、今の私には、少し分からなくなっております。
召喚された時に言われたことと、この国を歩いて見てきたことが、あまりにも違うからです。
ですので、こう考えることにいたしました。
今の私の仕事は、魔王様にお会いすることです。
お会いして、直接、お話を伺いたいと思っております。書状ではなく、お顔を見て。
お会いした上で、自分が何をすべきか、改めて考えたく存じます。
局長のお話は、その時にもう一度、ご相談させていただけましたら幸いです。
つきましては、このまま北へ向かい、魔王城へお伺いいたします。
道中、ご迷惑をおかけすることがあるかもしれませんが、何卒ご容赦ください。
末筆ながら、魔王様のご健康を心よりお祈り申し上げます。
特に、胃をお大事になさってください。
敬具
白石
追伸
同行のネフィとシロは、大変よくしてくれています。
ネフィの揚げパンの好みは、砂糖が多めのものです。
◆ ◆ ◆
執務室に、長い沈黙が落ちた。
ヴァルグレイヴは、便箋を三度、読み返した。
「……リリエラ」
「はい」
「断られた」
「はい」
「理由が、管理職は胃を壊すから、だそうだ」
「はい。拝見しておりました」
リリエラは、表情一つ変えずに答えた。ただ、肩がほんのわずかに震えていた。
ヴァルグレイヴは、自分の胃のあたりに手を当てた。
反論できなかった。何一つ。
「それと、この、胃をお大事に、というのは」
「ネフィが、何か話したのでしょう」
「あれは、勇者に我のことを何と話しているのだ……」
魔王は額を押さえ、それから、もう一度便箋の後半に目を落とした。
今の私の仕事は、魔王様にお会いすることです。
お会いして、直接、お話を伺いたいと思っております。
「……会いに来る、と言っている」
「はい」
「剣を持ってではなく、話をしに」
「そのように読めます」
ヴァルグレイヴは、便箋を机に置き、両手を組んだ。
三百年前、システムは告げた。魔王は、勇者によって討たれる。
勇者が魔王城に来る。それは、予言が成就する舞台が整う、ということだ。
勇者にその気がなくとも、何が起きるか分からない。
勇者自身が知らない力が、勇者の中にあるのだから。
だが。
「……字が、綺麗だな」
「はい。とても丁寧な方なのでしょう」
リリエラは、静かに言った。
「陛下。お会いになりますか」
ヴァルグレイヴは、答えなかった。
答えられなかった。
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【報告】勇者の進行度:58%
【警告】勇者は、魔王を討つ者です。
【警告】勇者との対話は、予言の成就を早めます。
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板の文字は、いつもより、少しだけ大きかった。




