第1話 毒殺作戦(後編)
その夜。
執務室に一人残ったヴァルグレイヴは、自分のステータス画面を開いていた。
魔王に任じられた時、システムから与えられたスキルの一覧。その末尾に、三百年間一度も使ったことのないものがある。
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【異界掲示板】
異なる世界の、知恵ある者たちに問いかけることができる。
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説明はそれだけだった。
得体が知れない。システムが寄越したものだ、何か裏があるかもしれない。そう警戒して、
これまで封印してきた。
だが、今は藁にもすがりたい。
「……異なる世界、か」
今回の勇者も、異世界から来た。ならば異世界の知恵者に聞けば、何か分かるかもしれない。
ヴァルグレイヴは、意を決してスキルを発動した。
目の前に、見慣れぬ文字が並ぶ板が現れる。上部に「スレッド作成」とあり、題名と本文を書く欄があった。不思議なことに、知らないはずの文字が自然と読め、指でなぞれば書くこともできた。
魔王はしばし悩み、題名を打ち込んだ。
◆ ◆ ◆
【悲報】勇者が殺せない件
1:魔王 ◆VaLgRaVe
突然すまない。我は異世界で魔王をしている者だ。
現在、勇者の討伐に難儀している。最高級の毒を二度、それも規定の三倍盛ったが効かなかった。
これまで十一人の勇者を退けてきたが、このようなことは初めてだ。知恵を借りたい。
2:名無しさん
なりきり乙
3:名無しさん
設定凝ってて草
4:名無しさん
毒効かないなら毒耐性持ちだろ。ステータス見ろ
5:魔王 ◆VaLgRaVe
>>4
鑑定が通らんのだ。兜も決して外さない。
6:名無しさん
魔王なのに文章が丁寧すぎて草
7:名無しさん
てかなんで魔王って毎回弱い部下から順番に出すの?
レベル1のうちに一番強いやつぶつければ終わりじゃん
8:名無しさん
>>7
それな。RPGの魔王が最初の村にスライム置くの意味わからん
9:名無しさん
毒は量より種類だろ。複数混ぜろ
10:名無しさん
そもそも宿の飯食ってないんじゃね? 自炊してるとか
11:魔王 ◆VaLgRaVe
>>10
完食したうえに、おかわりを要求したと報告を受けている。
12:名無しさん
おかわりは草
13:名無しさん
勇者が通ったあと、なんか変わったことなかった?
ヒントあるかもよ
14:魔王 ◆VaLgRaVe
>>13
泊まった部屋が来た時より綺麗だったとか、厨房の鍋が光っていたとか、
どうでもいい報告しか上がってこない。
15:名無しさん
めっちゃ礼儀正しい勇者で草
16:名無しさん
いい奴じゃん。倒すのやめたら?
17:魔王 ◆VaLgRaVe
>>16
倒さねば我が死ぬのだ。そういう予言がある。
18:名無しさん
急に重い
19:名無しさん
設定が重い
20:名無しさん
まあ真面目に答えると、>>7が正解だと思う
毒が効かない系の加護持ちでも、物理で殴れば死ぬだろ
21:魔王 ◆VaLgRaVe
>>7、>>20
なるほど。確かに道理だ。
我が軍で四天王に次ぐ実力を持つ魔獣を、街道に配置しよう。
結果は追って報告する。礼を言う。
22:名無しさん
律儀で草
23:名無しさん
報告待ってる
24:名無しさん
これ続くの? スレ保存した
25:魔王 ◆VaLgRaVe
最後に一つ、聞きたい。
先ほどから、皆がやたらと書いている「草」とは、なんだ。
26:名無しさん
草
27:名無しさん
>>25
それを聞くのが一番草
28:名無しさん
そのうち分かるよ魔王さん
◆ ◆ ◆
ヴァルグレイヴは板を閉じ、椅子の背にもたれた。
異世界の者たちは、口は悪いが、存外まともな意見を出す。弱い部下から順番に出すな。
言われてみれば当然のことだ。
「……なぜ我は、今まで思いつかなかったのだ」
いや、正確には歴代の勇者にも強敵をぶつけたことはある。ただ、毒で片付くことが多かったので、
最初から全力を出す必要がなかっただけだ。
今回は違う。出し惜しみはしない。
「リリエラ」
扉の向こうに控えていた秘書官が、すぐに顔を出す。
「はっ」
「闇牙のガルムを呼べ。勇者の進路に配置する」
リリエラの眉が、わずかに動いた。
「ガルムを、ですか。四天王に次ぐ、あの」
「そうだ。毒が効かぬなら、牙で噛み砕くまでだ」
「……承知しました。ところで陛下、先ほどから何をなさっていたのですか。板に向かって、
たまに『草とはなんだ』と呟いておられましたが」
「気にするな」
リリエラが下がると、また目の前にシステムの板が浮かんだ。
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【通知】スキル「異界掲示板」の使用を確認しました。
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それだけだった。評価も、警告もない。
だが、三百年使わなかったスキルの使用を、わざわざ通知してくることに、
ヴァルグレイヴは小さな引っかかりを覚えた。
「……まあいい」
今は勇者だ。
魔王は、五包目の胃薬に手を伸ばしかけて、やめた。明日には良い報告が届くはずだ。
そう自分に言い聞かせて。
この時、彼はまだ知らない。
この掲示板が、彼の胃痛を何倍にも膨らませることになるということを。




