幕間⑤ 白石、贈り物をもらう
プレゼントをもらうのは、いつ以来だろう。
噴水の縁に座ったまま、白石は手のひらの腕輪を眺めていた。
銀色の蔦が絡み合う、細かい細工。真ん中に、涙の形をした青い石。
こういうものの値段は分からないが、少なくとも、揚げパン一個のお礼にしては
釣り合わないことくらいは分かる。
「……こんな高そうなの、いいの?」
「い、いいんですぅ。勇者さんに、似合うと思ってぇ」
ネフィは、膝の上で指をもじもじと組んでいた。目が合わない。耳の先まで赤い。
(照れてるのかな)
前の職場では、誕生日も、異動の時も、誰かから何かをもらうことはなかった。
忙しすぎて、そういう職場ではなかった。
だから、素直に嬉しかった。
籠手を外して、左の手首にはめた。かちり、と留め金が鳴った。
次の瞬間、足元がふっと消えたような感じがした。
◆ ◆ ◆
気がつくと、ネフィに腕をつかまれていた。シロが背中を鼻で押し上げてくれている。
「勇者さんっ! 勇者さんっ!」
「……大丈夫。ちょっと、立ちくらみ」
嘘ではなかった。少なくとも、白石はそう思っていた。
召喚されてから、ずっと歩きっぱなしだ。
峠ではシロ――あの時はまだ黒かった――に何度も吹っ飛ばされたし、
渓谷では半日しゃがみっぱなしだった。疲れが溜まっていても、おかしくはない。
宿に戻って、横になった。
体が重かった。鉛を詰め込まれたみたいに、指一本動かすのも億劫だった。
熱があるわけではない。ただ、体の中から何かが、少しずつ、少しずつ、抜けていくような感じがした。
ネフィは、ずっとそばにいてくれた。濡れた布で額を拭いてくれたり、水を飲ませてくれたり。
そのたびに、なぜか泣きそうな顔をしていた。
「ネフィ、心配しすぎ。寝てれば治るよ」
「……はい、ですぅ」
シロは、白石の左手首のあたりに鼻を寄せて、低く唸っていた。
腕輪を睨みつけるように。
「シロ、それネフィからのプレゼントだよ。噛んじゃだめ」
シロは、白石を見て、腕輪を見て、ネフィを見た。
それから、深々とため息をつくように鼻を鳴らした。
◆ ◆ ◆
夕方。
少しだけ体を起こせるようになって、白石は何気なく左手を持ち上げた。
腕輪の青い石が、朝より暗くなっていた。
濁っている、と言った方が正しい。
石の奥で、黒っぽい何かがゆっくりと渦を巻いている。
銀の細工も、心なしか、くすんで見えた。
(あれ。もうくすんできちゃった)
もらったばかりなのに。
白石は、ちょっとだけむっとした。
ネフィが選んでくれた、せっかくのプレゼントなのに。
こんなふうにくすませておくわけにはいかない。
枕元の荷物から、いつもの布を取り出した。
気になったので、手を入れた。
石を拭き、細工の溝をなぞり、裏側まで丁寧に。
しばらくすると、青い石は、空の色を閉じ込めたように透き通った。
銀の蔦が、夕日を受けてきらきらと光った。
それと同時に、体がふっと軽くなった。
重たかったものが、すとんと落ちたような感覚。
指先まで、血が通い始める。
(あ、治った)
寝たら治る、と言ったのは本当だったらしい。
途端に、お腹がぐうと鳴った。
「ネフィ、お腹すいた。下でご飯食べよう」
振り返ると、ネフィが、部屋の隅で固まっていた。
透き通った青い石を見つめたまま、大きな目から、ぼろぼろと涙をこぼしていた。
「ネフィ!? どうしたの、どこか痛い?」
「ちが……違うんですぅ……」
ネフィは首を横に振りながら、泣いて、それから、泣きながら笑った。
「勇者さん……それ、外れないんですけどぉ……」
「うん。留め金、固いね。でも、ずっとつけてられるからいいよ」
白石は、左手首の腕輪を、ネフィに見えるように持ち上げた。
「気に入った。大事にするね」
ネフィは、それきり何も言えなくなって、両手で顔を覆った。
シロが、のそのそとネフィのそばに寄っていき、その背中に、ぽすんと鼻先をくっつけた。
珍しいこともあるものだ、と白石は思った。
人見知りのシロが、ネフィに自分から寄っていくなんて。
◆ ◆ ◆
その夜、宿の食堂で、白石は二人前の夕食をたいらげた。
ネフィはほとんど食べず、ずっと白石の左手首を見ていた。
寝る前、ネフィが小さな声で言った。
「勇者さん」
「ん?」
「……ごめんなさい、ですぅ」
何に対しての謝罪なのか、白石には分からなかった。
心配をかけたことを謝るなら、こちらの方だ。
「なんでネフィが謝るの。ありがとう、でしょ」
暗がりの中で、ネフィがしばらく黙っていた。
やがて、毛布の向こうから、消え入るような声がした。
「……ありがとう、ございますぅ」
白石は、腕輪の冷たい感触を確かめながら、目を閉じた。
良い一日だった、と思った。




